一つの決着
「え、じゃあ、アヤさんに会ったんですか!?」
目を丸くしたヒカリに、オロとシンが二人で説明を続けた。
「おお。その、第五世代の女……あーっと、なんつったっけ?」
「リリちゃんだろ」
「そうそう、リリって奴が、勘違いして襲い掛かっちまったらしくってなぁ。まあ、一発で熨されて返り討ちにあったもんだから、別にどうってこともなかったんだが……」
「だが、一応はウチの身内の不始末だ。眷属の命を救ってもらったばかりか、その恩を徒で返すような真似をしたとあっちゃ、カルミラ様もお許しにはならねぇ」
「生憎今は手持ちがねえが、国に戻ればそれなりのもんを用意できると言ったんだが、そしたらその姉ちゃんに言われちまったんだわ」
『あっそ。じゃあ、ヨル君殺すの禁止ね』
「しくじったもんだぜ。しっかりこっちの目的聞き終わってから言うんだもんよ」
「んな訳でよ。俺たちゃ、ヨル君には手ぇ出せねえんだわ」
「だが、坊主が本当に眷属を作らずにのんびり田舎暮らしをしてるってんなら、別に殺す必要がねえのも本当だ。今までそんな選択をした真祖の話なんざ聞いたこともなかったが、まぁ、偶には変わった奴だっているだろうさ。こっちも殺しなんざ、やりたくてやるわけじゃねえからな」
「あ、あのぅ。でも……」
「あん?」
「その、サカキさんは、オロさんたちはヨル君と一緒にメリィ・ウィドウの街も滅ぼすつもりだって……」
「…………サカキ? 誰だ、そいつ??」
「ええ!?」
「オロさん……。あんた自分で脅してリリちゃんに血ぃ吸わせたんじゃねぇか。あいつだよ、ほら、俺らじゃ探し切れねぇ場所探しとけって、荷馬車と魔石くれてやった……」
「あ。あーあー。あいつか。そういや忘れてたな。ちょっと機嫌悪い時に指示出しちまったからなぁ。ビビらせすぎたか……」
「おい。あんたひょっとして、リリちゃんから連絡あったこと、あいつに伝えてねえんじゃ……」
「あん? いや、ほら。あいつ俺の系統じゃねえから。ほら……」
「部下使うの下手過ぎんだろ! あんたな、少しはギムリさん見習えよ!」
「うっせぇな。自分でやったほうが早えじゃねぇか……っだあ!!」
「あんたにも、ホントに悪かったなぁ、ヒカリさん。この人、気に入った相手にゃ、ちょっかいかけずにいられねぇんだ。まさかここまで派手にやり合うとは思わなかったが……」
「いえ、そんな。元はと言えば、私がろくに話も聞かずに武器を構えたせいで……」
「構えさせたのはこの人さ。あんたは何も悪かねぇ。このことは俺の口からも我らが真祖にきちんと報告させてもらう。今後、もし吸血鬼のことで何か困りごとがありゃぁ――」
「あ。あうあう。あの……。それじゃあ、その。これはご相談なんですが……」
「なんだね」
「サカキさんを、人間に戻してあげることはできないでしょうか?」
「「…………」」
「駄目……ですか? あの。サカキさん、本当に巻き込まれただけなんです。実験に協力しないと、自分の身が危なくって。それで……」
「悪いがヒカリ。そればっかりは無理だ」
「あう」
「ヒカリさん。これは道理の問題じゃねえ。世の中の節理ってやつさ。一度吸血鬼に血を吸われた人間が転化から逃れる方法は二つ。魔力が定着する前にその魔力を消し去るか、大元を断つか」
「え、ええっと……」
「分かりやすく言やぁ、聖気で祓うか、『親』の吸血鬼を殺すか、ってことだな。もう血を吸われて何日も経ってる。そいつは、人間には戻れねぇよ」
「うう……。そう、ですか」
「なに、吸血鬼っつっても、別に悪いもんじゃねぇさ。何なら魔国で仕事も紹介してやれる。生きるに困ることはねぇから、安心しな」
「あの。それでは、サカキさんがアタゴの街で暮らすことを許してはいただけないでしょうか?」
「アタゴ? 聖国の街か? いや、そりゃ難しいだろ。第六世代の吸血鬼じゃ大した魔法は使えねえ。一つ所に留まっちゃ、すぐに足が出て討伐されちまうぞ」
「いえ。その辺は大丈夫です。もう、街の皆さんには、吸血鬼だってことも含めて受け入れてもらってますから」
「「はあ!?」」
「街には一人聖騎士が赴任してて、血を吸う時はきちんと聖水を用意してもらいます。その代わりに街の仕事を何か一つ任せてもらう約束で……」
「待て待て待て。なんでそんなとこまで話が纏まってんだ?」
「ご、ごめんなさい。私が、ヨル君のやり方を教えて。それで……」
「オロさん。どうする」
「んん。それなら構わねぇさ。好きにしな。一応後で話ぃ聞きに行かせて貰うがな。しかし、ヒカリ。お前さんはそれでいいのか?」
「ふえ?」
「お前さん、さっきから他人の話ばっかじゃねえか。俺らはよ、ヒカリ。
「いいんです」
「あん?」
「自分以外の誰かを笑顔にするのが、私の役目ですから」
「……そうかぃ」
……。
…………。
「オロ・トゥオルと取引したってのかい!?」
アヤの回想を聞いていたマーヤが、思わず口を挟んで叫んだ。
「んん?? 有名な人なの?」
「有名もなにも。『大戦鬼』オロと言えば、『鬼公子』ギムリと並んで、真祖カルミラ様の腹心と言われる伝説の吸血鬼だよ。アヤ。あんたよく無事だったね」
「あっはっは。大袈裟よ、マーヤさん。ふっつーの冴えない中年オヤジだったわよ? 大体そんな吸血鬼の話聞いたことないわ。お師匠、知ってる?」
「いえ。寡聞にして存じませんな。
「まあ、実際に戦陣に立ってたのは、先の大戦よりも前の時代だからね……。言っとくが、全盛期の実力は魔王と同等と言われた吸血鬼さ。あんた、何か失礼なことしなかっただろうね」
「え……。いや、お酒奢らせちゃったけど」
「あ・ん・た・って子は~」
「いたたたた大丈夫。大丈夫だって。怒ってなかったって。それにほら、一応こっちからも情報あげたから」
「情報?」
「どうもサイオンジ家に上手いこと使われちゃってたみたいなのよね。それも、最後はダイゴ家に罪おっかぶせてさ。一応、私がアズミちゃんから仕入れた話は全部くれてやったわ。念のため、サイオンジ家の領の場所も教えてやったから、万が一曖昧屋の奴が聖都でモンドを取り逃がしても大丈夫。ハズキには悪いけどね」
「あんたが上手いこと使ってどうすんだい……」
「しかし、お嬢様。それならば、今のこの現状。街の住人の大半が彼の眷属と化しているのは、いささか具合が悪いのでは……」
「……あ~。まあ、そうねえ。その辺はマーヤさんが上手いこと誤魔化してよ。知ってる人なんでしょ?」
「気軽に言ってくれる……」
「あれ? そういえばマーヤさん。なんか顔色良くなった?」
「…………え?」
その、何気ない一言がマーヤに齎した衝撃は、甚大であった。
「あ。……あ」
膝をつき、目を大きく見開いて、自分の体を掻き抱く。
その両腕が、がくがくと震えている。
「ちょ、マーヤさん!?」
「どうなされた!?」
すぐ傍にいたアヤとテンヤは勿論、他の女性たちもその異常に気づき、次々と集まってくる。
彼女たちの青白くなっていた顔も、残らず元の様相に戻っていた。
「吸血鬼化が……解けてる?」
誰かが、震える声でそう呟いた。
一度吸血鬼に血を吸われた者が、転化を逃れる方法は二つ。
この街の誰一人、聖水を口にしたものはいなかった。
つまり。
「ヨル……」
嗚咽混じりのマーヤの声が、虚空へと融けて消えた。
……。
…………。
そこから、遠く離れた地で。
荒れ果てた廃村の中に、巨大な縦穴が開いていた。
斜めに差す陽は、穴の底まで光を届けることが出来ず、その底を外から見通すこともまた出来ない。
いや。その深い暗渠の中に、ただ一つだけ、灯る光があった。
薄い金色の髪を靡かせて。
その身に、陽光の輝きを放つ羽衣を巻き付けたヤマト・サイオンジが、ゆっくりとその身を浮上させていく。
その背中の先に、赤黒い影が一つ。
焦げ臭い匂いを放つ灰色の煙を上げて。
身動き一つ取れずに這いつくばった、吸血鬼が一人。
昏い地の底へと、取り残されていった。
……。
…………。
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