断章

魔王先生の異世界講座3

「違う! もう一度だ。よく聞け。……水面に謳うは咎負う刃。連ねて萌ゆる立て。『剣菱積標』!!」

「…………」

「おい、どうした萄也。早く復唱せんか」

「やってられるか!!」

「なにぃ!?」

「やって! られるか! 何だよ。何で魔法使うたんびに一々そんなこっぱずかしい台詞言わなきゃいけねえんだよ!」

「こっぱずかしいだと!? 何を言ってる。最高にかっこいいではないか」

「恥ずかしいに決まってんだろ!? もっと、こう簡単に出来ねえのかよ。呪文とかなしで、ぱぱっと……」

「馬鹿め。呪文のおかげでぱぱっと出来ているのだ」

「ああん? どういうことだよ」


「全く、しようのない奴だな。いいだろう。よく聞くがいい」

「何だよ」

「お前、幾何学は知っているのだったな。ならば、平面上に直線を描くにはどうしたらいい」

「あん? んなもん定規使って……」

「ならば円はどうだ」

「そりゃコンパスだろ」

「ふむ。ならば五芒星を描くにはどうする?」

「五芒星? ええ、っと、あれだよな。星の……。ご、五角形を伸ばせばいいんだろ? 正五角形は、一角が……ええっと、108度だから、分度器使って……」

「ふん。そんなものを使わずとも定規とコンパスさえあれば簡単に描ける。まずは大きな円を一つ描き、その直径上に中心を持ち大円の半径を直径とする小円を二つ、互いに外接し、且つ大円に内接するように描く。その際使用した直径線に垂直に交わる直径と大円が交わる点を中心にした円が、小円の上下にそれぞれと接するよう……」

「全然簡単じゃねえよ!!」

「つまり、そういうことだ」

「…………はあ?」


「いいか。慣れた者ならフリーハンドでも大体の直線は描けよう。人によっては正円くらいなら描けるだろうさ。だが、それを反復して練習するくらいなら最初から定規なりコンパスなりを用意すればよい。そのためにそれらの道具はあるのだからな」

「まあ、そうだな」

「ましてやこれが五芒星や正十一角形のような複雑な図形を描こうというのなら、道具を用いてさえ面倒な手順が必要となる。しかし、一度覚えてしまいさえすればその後は簡単だ。

 つまりだな。魔法における詠唱とは、先人たちが残した最も効率の良い手順であり手段なのだ。萄也よ。恥ずかしいだのなんだのと贅沢なことを言っている暇があったら……」

「待てよ。じゃあ、よっぽど慣れちまえば魔法もフリーハンドで使えるってことか?」

「……………まあ、そうなるな。実際、五色の魔法使いは、“天”の魔法くらいならば無詠唱で行使することが多い」

「何だよ! じゃあやっぱ呪文なんか要らねえんじゃねえか」


「馬鹿。萄也。馬鹿。要らなくないわ。言っただろうが、複雑な図形ほど道具を用いても描くのは難しい、と。『這蕨』や『裂英』ならともかく、『剣菱積標』を無詠唱で使う吸血鬼など聞いたこともないわ」

「ふん。なら俺が一人目になってやるよ」

「いや、それは理論上は不可能ではないが……何というかこう、形式美というかだな」

「うっせえな。実用性だよ、実用性。誰が『二の腕で頸動脈を締めあげる!』って言いながらチョークスリーパーかけるんだよ」

「ふ、ふん! やれるものならばやってみるがいい! どうせ挫折するに決まっておる。その時は高らかに唱えてもらうぞ。……水面に謳うは咎負う刃! ただ一度牙を――」

「わかった。わかったって。一応覚えとくよ。ちゃんと詠唱した方が確実ってことなんだろ?」


「分かればいいのだ、分かれば。……ああ。そういえばまだアレを教えていなかったな」

「おいおい、まだ何かあんのか?」

「ふむ。そうだな。萄也よ。これだけは、一言一句違わずに呪文を覚えておくがいい」

「あん? 何だよ、また魔法か?」

「そうだ。この魔法だけは、実践に備えて練習するということが出来ん。使うなら、使うと決めたその一回限りだ。名を、『反魂魔法』という」

「はん、ごん……?」

「うむ。まあ、教えるには教えるが、使わんに越したことはない。記憶の片隅に置いておくぐらいでいいだろう。ただし、絶対に忘れるなよ」

「難しいよ、匙加減が……」


 ……。

 …………。


「ヒカリちゃんは、好きな男の子とかいなかったの?」

「ふえ?」

「聞きたいなー。ヒカリちゃんのコイバナ」

「も、勿論いましたよ。いましたとも。ええっと、……ですね。一人はちょっと俺様系というかですね。割と強引なんですけど、それだけこっちを大切に思ってくれてるのが分かるっていうか」

「ふんふん」

「後ですね。生徒会長役……いえ、生徒会長をやってる人なんですけど。クールでぶっきらぼうなんですけど、陰でこっそり主人こ……私のことを守ってくれて、それがばれた時のちょっと照れた表情が最高にかわいいキャ……人でして」

「ほうほう」

「あと、やっぱり天真爛漫なスポーツ少年も外せないですよね。笑顔がかわいいのもそうなんですけど、その分試合中の本気の表情とのギャップがもう最高に萌えるっていうか……」

「成程成程」

「いやあ、やっぱり悩みますよね。恋愛って難しいです」

「ううん。その言葉に何の重みも感じられないのが却って面白いわねえ」

「あうう。そ、そりゃ、ミツキさんとウルさんみたいな素敵な出会いはなかったですけど……」


「それがねえ、なかなか大変だったのよ、私たちも」

「え? ああ、そうですよね。敵同士なんですもんね」

「いえ、それは寧ろ燃える展開っていうか、最高のスパイスだったんだけど」

「は、はあ……」

「問題はね、私たち、お互いの魔力が強すぎたのよ」

「ふえ?」

「例えばね。あれは……そうねえ、いつだったかしら。……ああ。確か悪徳商人の取引を二人で協力して潰した時だったわねえ。ちょっとの間だけ二人っきりになれたから、私、彼にキスしたのよ」

「ひゃああ」

「あの、ヒカリちゃん。そこまで盛大に恥ずかしがられると流石に私も照れちゃうんだけど」

「そ、それで。それでどうなったんですか? わ、私が聞いちゃっても大丈夫な感じですか!?」


「それがねえ。彼、気絶しちゃったの」

「…………え?」

「ふぎゅ、とか変な声出して。ばたーん、って」

「そ、それは、その、ウルさんがすごい初心だった、とかじゃなくて」

「いえ。普通に聖気中毒で。ほら、彼、陰の魔力の塊みたいなところあるから。私の陽の魔力と反発しちゃってね。どうも、粘膜の接触っていうのが効いちゃったみたいなの」

「みみみミツキしゃん、そん、そんな、粘膜とか、そんな、生生しいことを」


「酷いと思わない? 女の子にキスされて気絶するとか、どんだけデリカシーに欠ければ気が済むのよ! あああ、思い出したらまた腹立ってきたわ」

「い、いやあ、それはデリカシーとはまた違う問題な気が……」

「とにかくね、ヒカリちゃん。こっちの世界に生まれ変わったら、恋愛する相手は選ばなきゃ駄目よ。特に吸血鬼はね、注意しないと」

「あはは。流石にそんなことはないと思いますけど」


「分からないわよ? ホント、難しいんだから。恋愛って」

「そうですねえ……私にもそんな人、見つかりますかねえ」


 ……。

 …………。

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