栄冠は君に輝く
「まずい……」
「ヨル君!!」
内臓を損傷したらしいヨルの、一目見て危険な状態と分かる姿を見て、ジンゴとアヤが顔色を変え、立ち上がった。
その間に挟まれて、ヒカリは呆然と、舞台を見ていた。
(どうして、ヨル君は……)
目に涙の膜が張り、視界が滲む。
倒れ込んで動かなくなったヨルの姿。
赤と黒の鮮烈なコントラスト。
沸騰するような歓声。
寒風。
(いつもいつも、誰かのために……)
あの夏の日の夜。
自分の頭に置かれた彼の掌が脳裏に浮かぶ。
大きな手。
傷だらけの手。
(自分が一番傷ついて……)
あの時も。
あの時も。
あの時も。
私を助けてくれた手。
その、地面に力なく倒れ込んだ体から伸びる掌が、未だに握り締められているのが見える。
まるで彼の魂の残り火のように。
血の海の中で、力強く握られている。
私が今すべきことは何だ。
決まってる。
今すぐ彼に駆け寄って、試合を終わらせて、アヤさんに赤魔法をかけてもらうのだ。
早くしないと、彼が死んでしまう。
分かってる。
分かってるのに。
ヒカリの手が、今にも舞台に降りてヨルの元に駆けつけようとしているジンゴとアヤの腕を掴んだ。
「ヒカリ?」「ヒカリちゃん?」
二人の目が困惑に見開かれる。
分かってる。
止めちゃだめだ。
今すぐみんなで駆けつけなきゃ。
けど。
だけど。
二人から聞いた話を思い出す。
ヒカリは実家に疎んじられていたのではない。
寧ろ何より大切に思われてきたのだと。
ヒカリのためを思って、聖騎士を辞めさせようとしていたのだと。
けれど、ヨルは、それを聞いて尚、ヒカリのためではなく、ヒカリの願いのために、自らが体を張ることを選んだのだと。
(ごめんね、ヨル君)
なら、今私がすべきことは――。
(私、わがまま、言います)
ヒカリの目が、涙の奥で熱く燃え。
大きく、息を吸った。
(だから後で、たくさん叱って下さい……!)
……。
…………。
深い闇の底に沈みこんだヨルの意識に、その声は聞こえてきた。
「――――――ぇ」
それは、聞こえるはずのない声だった。
「――――! ――――ん!!!」
会場中の大歓声に紛れ。
小さく。
細く。
消えそうな声。
「―――ええ!! ――おお―――う――!!!」
けれど、何よりも力強く、ヨルの魂を揺さぶる声だった。
「がんばれえええええ!! ヨルくうううううんんん!!!」
泥のように崩れた体。
消えかかる意識。
そこに、熱い火が灯っていく。
(ざけんなよ。血ぃ吐いてんだぞ、こっちゃあ)
胸の奥の熱が、血管を通り、四肢へ通っていく。
(体中ばっきばきに痛えし。つうか何か所か折れてるし)
「があああああん、ば!! れええええええええ!!!」
(相手はアホみてえに強えし。目は霞んで見えねえし)
「ヨおおおおおル、くうううううううううんんん!!!!」
(……ったく、しょうがねえなぁ)
それは、奇跡ではなかった。
それは、魔法ではなかった。
転生者としての技術でも、吸血鬼としての能力でもなかった。
それはただ一つだけ、ヨルがまだ夜ノ森萄也であった頃から、ただの一度も負けなかったもの。
魔王をすら打ち破った、ヨルだけの才能。
『最強の意地っ張り』
ヨルの膝が、立った。
……。
…………。
荒い息を吐くヘイシンが、振り返った。
その目に、ありありと驚愕の色が現れている。
「……馬鹿な」
今まで、数えきれない程の戦を潜り抜けてきた。
大陸中のあらゆる種族の戦士と戦い、生き残ってきた。
その莫大な経験値が告げている。
決まったはずだ。
立てるはずがない。
戦えるはずがない。
なのに何故、この男の瞳の火は、微塵も揺らいでいないのだ?
「一つ、がはっ……聞きてえんだけどよ」
咳と共に血痰を吐き捨て、ヨルが立ち上がる。
艶なしの黒髪と青白い肌を血糊で穢し。
「あんた、魔王より強えのか?」
赤く濁った瞳に、強い光が。
「何を言う。俺の拳など、あの方の足元にも及ばな――」
「だったらよぉ……」
闇の魔物が、嗤った。
「負けるわけにはいかねえなあ!!」
ずるり。
と、流体のような動きでヨルの体がヘイシンに迫る。
「う、うおおおお!!!」
その禍々しい気迫に、ヘイシンがたじろいだ。
滑るような動きで繰り出された掌底が、ヘイシンの
「ぬぐっ」
すかさず手刀を振り下ろす。
肩にヒット。
鎖骨が罅割れる感触。
次の瞬間。
ヨルの拳が深々と食い込んでいる。
逆の拳が次の一撃を用意しているのを見て、思わず腕を交差して下腹部を守る。
ぱあああん!!!
ローキックが膝裏に。
力が抜ける。
「ぐおおおお、ぶっ!!!」
猛る怒声を、
づむ!
空いた胴体に、再び
「ぬぅあ!!」
ごしゃ。
遮二無二繰り出した拳が、ヨルの顔面を捉える。
それでも、その勢いは止まらなかった。
すかさず、更に鋭さを増した一撃が
呼吸が詰まり、意識が遠のく。
ヨルの気迫に追い詰められたヘイシンの身体が咄嗟にとった行動は、自身の最も得意とする打撃だった。
右の中段突き。
拳を引き絞り。
重心が下がる。
その大地からの反発を受け止める脚が、がくりと崩れた。
「!!??」
ダメージの蓄積が、ついにヘイシンの膝を突かせたのだ。
傾く胴体に、ヨルの体が滑り込む。
襟を取られた。
(まずい……!!)
投げられる。
咄嗟に判断したヘイシンは、残った足に渾身の力を込め、
それを、柔術家は見逃さない。
力のベクトルが一瞬で切り替わる。
襟元を離れた右手がヘイシンの喉に食い込む。
左手は袖口を高く引き。
左足が大きく前へ。
「うおおおおおらあああああああ!!!!!」
「があああああああああああああ!!!!!」
全力の狩り足が、ヘイシンの膝裏を掬い上げた。
ずしゃあああん!!!!!
「かっ………は……」
脊髄と後頭部を強打したヘイシンの呼吸が止まる。
その、薄れゆく視界の中で、ヘイシンは幻を見た。
黒の薄衣。
青白い、それでいて鍛え上げられた彫刻のような体躯。
肩まで伸びる、墨を流したような黒髪。
深い夜の底から顕れたような。
(魔王…………様)
ヘイシンの腕が幻に延ばされ、がくりと、地に落ちた。
その傍らに、ヨルは立った。
気を抜けば今にも崩れ落ちそうな膝で、舞台を踏みしめ。
正中線に力の入らない体は、不安げに揺れ。
それでも、握り締めた拳を、高く掲げた。
赤い陽が、それを照らす。
歓声が爆発し。
試合終了を告げる鐘が鳴る。
コーガ皇室開催、大闘技大会。
優勝者――ヨル。
……。
…………。
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