死なず、されど消え去らず
大会の本選は午後から始まる。
午前の予選を勝ち残った16名の選手がトーナメント形式で戦い、4回の勝利を経て優勝となる。
勝敗の判定はノックアウトかギブアップ。
風にはためく黒の外套を脱ぎ捨て、舞台に上がったヨルに、野次と歓声が降り注ぐ。
その全てを背に負って、ヨルは対戦者と向かい合った。
「ほう。中々いい面構えをしておる。よかろう。久々に全力を出すに足る相手と認めよう。さあ、どこからでもかかってくるがい……ふぐぉ! きさ、貴様ぁぁ……。ぜっっってえ許さねえぶち殺してや……あ。待て。待て待て待て、ちょ、やめ…………ああああぎゅぶっ」
初戦。
虎型獣人の武人。
金的からのパワーボム。
「ひゃっはー! ひ弱な人族のガキが良くここまで勝ち残ってきやがったなあ。だが幸運もここまでだ。この俺様の空中殺法の前にはどんな奴だろうと手も足もでな……ってぐおおおおお。……ぐへっ。て、てめ。何しやが……ちょ、ちょっ。やめ……おおお折れる折れる折れる!!!」
二回戦。
蝙蝠型獣人の傭兵。
飛びつき腕十字固め。
「我こそは皇国戦士団第五師団隊長ジーフェイ・パン!! 人呼んで『濁流』のジーフェイとは俺のことよ!! さあ人族の戦士よ。お前の名は何と言うのだ!! ……え? 入場のアナウンス聞いとけ? ……いや。それはそうなんだけど折角こっちが名乗ってるんだからもっとこう……は!? 待て待てまだ口上が終わってな……うおおお!? おのれ小僧! 戦士の名乗りを妨げるとは不届き千万! 食らえぃ! 『濁流崩け……ぐほぉあ!!!」
三回戦。準決勝
ライオン型獣人の戦士。
一本背負いからの裸締め。
こうして、ヨルは並み居る強者たちを投げて、極めて、締めて落とし、勝ち進む毎に増えていく歓声を受け止めて、決勝戦へと駒を進めたのだった。
……。
…………。
一方、反対側の準決勝では。
「よお、オッサン。あんたここ数年不敗のチャンピオンなんだってなぁ」
両こめかみから角を生やしたウシ型獣人の男が、瞑目し佇むクマ型獣人の男と向かい合っていた。
ウシ型獣人の男の顔は、若い。身長は同程度だが、その身に搭載された筋肉は、明らかに彼に分があった。
「そりゃあそうだろう。去年までは俺が参加しなかったんだからなぁ。けど、それも今年で終わりだぜ。ロートルは大人しく引っ込んでな」
丸太のような腕をぐるぐると回し、ウシ型の獣人は鼻息を荒くしていく。
クマ型獣人の男―ヘイシンは、無言でそれを聞き流している。
対戦者のこめかみに青筋が浮いた。
「シカトこいてんじゃねえぞこらあ!!!」
ゴングの音が響く。
どん。
「うおらああ!!!」
どどどどどどどどどどど。
地鳴りと共に雄牛が突撃する。
ヘイシンがゆっくりと目を開いた。
足を大きく開き、腰を落とす。
両手は膝に。
迫りくる敵を正面から見据えた。
がごっっっ!!!
ウシ型獣人の拳がヘイシンの眉間に激突し、岩が砕けたような轟音が響く。
しかし。
「ぐ。う。ぉぉぉぉ」
後退したのはウシ型の男の方だった。
繰り出した拳を抑え、顔を顰める。
「て、てめ――」
ヘイシンが額から一筋血を流したまま、見下ろして言った。
「全く、貴様の言うとおりだ」
ウシ型の男の渾身の一撃をまるで意にも介さぬように、ゆっくりと足を踏み出す。
「早くロートルを引退させてくれ。若造」
づん。
ヘイシンの腰が一瞬で下がった。
両足が踏みしめる舞台の石が罅割れる。
「噴っっ!!!」
繰り出された右の中段突きが、ウシ型の男の脇腹に突き刺さる。
「ごぼっ」
一撃で、巨体の動きが止まる。
「む。む。ぐ」
目を血走らせ、口を真一文字に引き絞ったウシ型の男の足が、引けた。
思わず取った自分の行動を自覚した若者が、憤怒に顔を歪ませ、無理やり足を踏み出した。
「がああ!!」
前蹴り。
腕を十字に組んでガードしたヘイシンの体を押し返す。
ウシ型の男の口から粘っこい唾が飛ぶ。
さらに前進。
右腕を振りかぶった。
その大きく空いた胸元に、ヘイシンの体が滑り込む。
「ぬぐっ」
ヘイシンの肩がウシ型の男の胸に激突し、間合いが空く。
そこに再び、体を沈み込ませるようにヘイシンが踏み出す。
ウシ型の男が怒声を発しながら、大上段に両腕を振り上げ、打ち下ろす。
その、隕石のような拳がヘイシンの肩に打ち込まれるよりも早く。
「ぎゅぶっ」
ヘイシンのアッパーカットが、荒れ狂う男の顎を打ち抜いた。
ヘイシンは打ち上げた拳を静かに下ろすと、そのまま踵を返し歩み去る。
数秒後。
その背後で巨体が地に沈み込む音が響き、それを、一斉に降り注ぐ歓声が掻き消した。
……。
…………。
「「ぎゃっはははははははは!!!」」
大会会場の奥にいくつか作られた医務室の一つ。
大量に構えられたベッドの上で、顔を包帯でぐるぐる巻きにされたヤマネコ型獣人の男―レンリを見て、同じくヤマネコ型獣人のハイジュンと、キツネ型獣人のガオが声を揃えて爆笑した。
「ざまあねえなレンリ!」
「あっれー。おっかしーなー。勢い込んで俺の仇を取るとか何とか言ってくれたのは誰だったかなー?」
「予選敗退してんじゃねえか!!」
「ミイラになってんじゃねえか!!」
「「ぎゃっはははははは……ぐへえ!!」」
高らかな哄笑が、拳骨二つで黙らされる。
「医務室で騒ぐな。馬鹿者どもが」
クマ型獣人の巨漢―ヘイシンが、溜息と共にベッドの真横に立つ。
「お、おう。兄貴」
「もう大丈夫なのか?」
さっきまで額に当てていた氷嚢を部屋に設えられたテーブルに置いたヘイシンを、ハイジュンとガオが不安げに見上げる。
「最初の一撃は、流石に効いた。二発目は貰えなかったな」
「何で兄貴は必ず一発貰おうとすんだよ……」
「ロートルの嗜みだ。とやかく言うな」
ヘイシンは苦笑しつつ、ベッドに寝たままの舎弟を見下ろす。
「手ひどくやられたな、レンリ」
先程まで血走った目でハイジュンとガオを睨みつけていたレンリが、口元の包帯を解いた。
「面目ねえ。兄貴。また負けちまった」
消沈した様子の舎弟に、ヘイシンは表情を和らげて言う。
「仕方ない、とは言わん。ただ、あ奴の作戦が上手かった。どうやら、本気で優勝を狙っているらしいな」
「へ?」
「お前はヨルと戦う前に四人の選手を倒していただろう。その内二人は、俺の目から見てもそこそこの強者であった。対してヨルが倒したのは、開始と同時にリングの縁に逃げた男を追い詰めるような性根の連中だ。あ奴の腕なら、大した労力も使うまい」
「はあん……」
ヘイシンの語りに、後ろ二人の舎弟が神妙に聞き入る。
「あいつの使う体術はいったい何処の国のもんなんだ? ぬるぬる動いて絡みついてくるかと思やあ、こっちの攻撃が全部倍になって帰って来やがる。かと思うとアホみてえな派手な動きで攻め込んできやがるしよ」
「多分統一された流派じゃねえんだと思うぜ? まだ小せえガキの頃から傭兵団の下働きであっちゃこっちゃ回ってたらしいからなぁ。加えて今の住処は大陸の人種の坩堝だ。ひょっとすると複数の師がいるのかもしれねえ」
レンリとハイジュンのやり取りを聞き、ヘイシンが腕を組んで考え込んだ。
「しかし、分からんのはあ奴が出場した理由だな。この大会で勝ち上がったところで、得られるのはただ一年間の名声のみだ。あ奴がそんなものをわざわざ欲しがるようには思えんが……」
その独語に答えたのはガオだった。
「何か、事情があるんだろうさ。けどよ、兄貴。ここまで来ちまえば、そんなもんは何の関係もなくなっちまうだろうぜ」
「ほう。どういうことだ」
「あいつぁ確かに自分の利だけで動くような男じゃねえ。けど、根っこの所じゃあ結局俺らとおんなじさ。一度火が点きゃあもう止めらんねえ。ましてやここは獣国中の喧嘩自慢が集う祭りだぜ? 思う存分、戦ってやってくれよ、兄貴」
ふん、と、ヘイシンが鼻を鳴らした。
「いいだろう。偶には舎弟の敵討ちというのも悪くない。生意気な小僧の鼻っ柱、俺の手で叩き折ってくれる」
拳を握りしめたヘイシンを見て、三人の舎弟がにかりと笑った。
……。
…………。
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