第112話 私は大好きなこの人たちと一緒に生きていきたい

 真っ暗な世界から、徐々に意識が戻ってくるのを感じた。

 ひどく長い夢を見ていた気がする。

 内容はすでに思い出せないけど、夢ってそんなものだと思う。


 それより私は今どこで眠っているんだろう。

 そんなことも思い出せない。

 まあどうせ疲れて寝ちゃったんだろう。


 社畜な私にとってはいつものことだ。

 ただ起きたら会社のデスクっていう時はさすがにつらい。

 せめて自分のベッドの上か、雫さんのベッドの上がいいな。


 このまま二度寝してしまいたい衝動にかられながら目を開かずにいると、急に頭がズキッといたむ。

 そしてフラッシュバックするように一気に何かの記憶が流れ込んでくる。

 それは私が退職して、夢の世界や過去の世界を過ごしていた時間のものだった。


「はっ!」


 私は驚いて一気に立ち上がる。

 目の前に広がる空間は、なんと私が社畜をやっていた会社のフロアだった。


 え?

 まさかの夢オチですか!?


「苺ちゃん? どうしたのいきなり立ちあがって……」

「あ、雫さん……」


 隣の席で目を丸くしながら私を見上げる雫さん。

 とりあえずかわいい。


 髪は長くて、ちょっとこどもっぽさを残している。

 つまりこれは夢オチなんかじゃない。


 ちゃんと私は現実を変えることができたんだ。

 私はやっと帰ってこれたんだ!


「雫さん!」

「ひゃっ!?」


 私は喜びのあまり思いっきり雫さんをその場で抱きしめてしまった。

 雫さんは驚きながら立ちあがって、みんなの視線が集まって恥ずかしそうにしている。


「あの、苺ちゃん、みんなが見てるんだけど……」

「もっと見てくださ~い」

「苺ちゃん、頭大丈夫!?」


 雫さんを抱きしめながら、私はこどものように泣いた。

 私たちの様子を見ながら、芳乃ちゃんと杏蜜ちゃんがなにやらメモを取ったり、写真を撮ったりしている。


 ふたりのこともちゃんと助けることができたんだ。

 まだ確かめられてないけど、きっと世界は正しい形に修正されているだろう。


 夢魔の脅威は去り、夢の世界は消滅した。

 夢の世界が悪いわけじゃないけど、現実を捨ててまで求めてはいけないんだと思う。


 さていつまでも泣いてる場合じゃないな。

 ちゃんと世界が元に戻っているか、この目で確認しないとね。


「雫さん、いまからちょっと旅行に行きましょう!」

「今から!? 仕事中だよ?」


「いいんですよ、こんな会社今すぐ辞めちゃいましょう!」

「……あははは! まさか苺ちゃんがそんなこと言いだすなんて、社畜人間なのに」


「もうそういうのはやめたんです!」

「うん、いいよ。苺ちゃんと一緒なら、私ついていくよ」


 颯爽と仕事を放棄し、職場をあとにする私たち。


「あ、待ってくださいよ~」

「私たちも連れていってよ苺さん」


 後ろから芳乃ちゃんたちが追いかけてくる。

 ふたりの顔はとてもいきいきとしたいい笑顔だった。


「それじゃあみんなで行きましょう!」

「お~!」


 みんなで会社を出て、駅までむかう。


「いきおいよく出てきたのはいいけど、準備くらいはしないといけないから家に帰らないと」

「あはは……、そうですね」


「桃ちゃんも一緒に連れてくるね」

「はい、お願いします」


 雫さんは一度家に帰って準備をするようだ。

 桃ちゃんも一緒に来てくれるならすごくうれしい。

 最後の方はうやむやになってしまったから早く会いたいな。


「私たちもいったん帰りますね」

「お嬢様にも声をかけてくるよ」

「そうですね、お願いします」


 芳乃ちゃんと杏蜜ちゃんも一旦帰って雪ちゃんと一緒に来てくれるみたいだ。

 雪ちゃんはどうなってるかな。


 ちゃんと使命から解放されているかな。

 また声を失ったりしてないよね?


 そして私にも確認したいことがあった。

 絶対に助けると約束した女の子がいるからだ。

 もし願いが叶っているのなら、きっと私のことを待っていてくれるはず。


 いったん解散した私たちはそれぞれの家に帰っていく。

 私は少しでも早く家に戻りたくて、早歩きしていたのを途中で走りに切り替えた。


 マンションの階段を駆け上がり、いきおいよく家の扉をあける。

 鍵がかかっていないということは誰かが家にいてくれているということだ。

 つまりそれは……。


「ミュウちゃん!」

「へ? お姉ちゃん?」


 やっぱりいた。

 夢の世界でしか存在しなかった少女。


 本来なら現実世界では消えてしまうはずだった少女。

 ミュウちゃんは私の本当の妹としてこの世界で生きている。


「お姉ちゃん、お仕事どうしたの? 休日出勤じゃなかったの?」

「辞めてきました!」

「おおう……」


 私はここ最近でも最上級クラスだと思われる笑顔を見せると、ミュウちゃんは若干引いていた。

 でもすぐにクスクスと笑ってくれる。


「いいと思うよ。今のお姉ちゃん、すっごく幸せそうだし」

「ありがとね~」


 私はミュウちゃんをぎゅ~っと抱きしめる。


「どうしたのお姉ちゃん」

「ううん、よかったなぁって思って」

「ふ~ん?」


 この世界のミュウちゃんにはわからないよね。

 でもそれでいい。

 ミュウちゃんは何も知らずに幸せになってほしいから。


「あ、そうだ、今から旅行に行くんですよ、一緒に行きましょう!」

「お姉ちゃんの行動力が怖いよ!」


 突然の旅行に驚きつつ、一緒に行く気満々で準備を始めた。

 大急ぎで最低限の荷物をまとめて家を出る。


 マンションを出て、雫さんのところへむかおうとした時、大きなバスみたいな車が目の前で停車した。

 窓が開いて中から私たちにむかって声がかかる。


「やっほ~苺さん、ミュウちゃん、乗って乗って!」

「雪ちゃん!」


 ドアが勝手に開いて、私たちは車の中に乗り込む。

 そこにはすでに雫さんと桃ちゃんがいて、運転席に芳乃ちゃん、助手席に杏蜜ちゃんがいた。

 今回は自動運転ではなく、芳乃ちゃんが運転しているみたいだ。


「さあどこに行くの?」


 雪ちゃんはきらきら笑顔で私に聞いてくる。


「すごいですね、場所も聞かずにこんな短時間でここまで準備するなんて」

「いや~、いつか苺さんならやらかすと思って準備してたんですよ~」


 それってもしかして、最初に私が心をやってしまった時の旅行もそうだったってことかな。

 本当に見守ってくれてたんだなぁ。


「雪ちゃんはやさしいね」


 私は雪ちゃんの頭をやさしくなでた。

 さらさらの髪がきもちいい。


「はわわ~」


 雪ちゃんは急におとなしくなって縮こまってしまった。

 何度見てもこの姿はかわいらしい。


「あ~、雪照れてる~、かわいいね」

「むう~」


 桃ちゃんにからかわれて頬をふくらませる雪ちゃん。

 これもかわいい。

 本当に平和な時間だなぁ。


 私は雪ちゃんと芳乃ちゃんに目的地を告げる。

 まだお昼前だし、これくらいの距離なら日帰りで十分だと思う。


 今回は旅行というより、確かめたいことがあるだけだから。

 次の旅行はもっと準備をしっかりしてから行きたいよね。


 ということで目的地に着くまでの間、ゲームやおしゃべりなどをして過ごす。

 そして1時間半くらい経って、ついに私の目的地である明石海峡大橋が見えてきた。


 ここが前までは現実世界との境になっていたんだ。

 今のところ何の問題もないけど、ここを何事もなく渡りきることができれば、本当に世界が元に戻ったことを証明できる。


 私はドキドキしながら橋の上からの絶景を眺めていた。

 まわりにもちゃんと車が走っているし、順調に進んでいる。

 橋の真ん中あたりも無事に通過し、ついに車は淡路島へと入った。


「よかった……」


 本当に世界は元の姿に戻ったんだ。

 それは私が夢の世界に行く前よりも正常な世界。

 魔法とか夢魔とかそう言った不思議な現象のない、ただ普通の世界。


 私たちもこの世界もここからやり直していくんだね。

 自然と私の頬を涙が伝う。


「苺ちゃん?」


 私の様子を不思議に思った雫さんが心配そうに声をかけてくる。


「あ、何でもありませんよ雫さん」

「本当に?」

「はい、本当です」


 本当に何でもない。

 ただこの気持ちが安心感なのか、達成感なのかはわからなかったけど。

 でも悪い感じはしなかった。


「それで苺さん、この後はどうするの?」


 目的地を通過したため、芳乃ちゃんが次の目的地を訪ねてくる。

 でもこれが確認したかったのが最大の目的だったので、細かいことは何も計画していなかった。


「苺さんは大橋が見たかっただけなの?」

「橋というよりは、橋から見える景色というか……」


 まさか今の桃ちゃんたちに夢魔の世界とか変なこと言えないからなぁ。

 あいまいなことを言ってぼかすしかないよね。


「せっかくここまで来たんだし、海水浴しようよ」


 雪ちゃんが名案とばかりに言った。


「雪ちゃん、まだ5月ですよ? それに水着も持ってないし」

「裸で泳げばいいんじゃない? どうせ女の子しかいないんだし」


 雪ちゃんが今度はとんでもない発言をする。


「嫌ですよ、いくらなんでも無理です!」


 夢の世界でそういう場所があったけども!


「そうだよ雪、そんなの苺さんが暴走してとんでもないことになっちゃうから」


 桃ちゃんがさらっと失礼なことを言った。


「なっ、私を変態みたいに。杏蜜ちゃんだって大興奮間違いなしですよ!」

「ちょっと突然私を巻き込まないでくださいよ」


 さっきから助手席でスマホをいじっていた杏蜜ちゃんを会話に巻き込む。


「だってさっきからずっと静かじゃないですか」

「いや、ちょっと調べ物を」


「ほうほう、何ですか?」

「せっかくだし、渦潮を見たいなって思ったんですよ」


「おおっ、いいんじゃないですか」


 今の時期は泳げないけど、海は大好きだ。

 渦潮観光なら別に泳がなくても海を楽しめるしいいんじゃないかな。


「それじゃあ行っちゃいますか?」


 私がみんなの方を見て言うと、みんな頷いてくれた。


「じゃあ決定だね」


 芳乃ちゃんはそのまま高速を走って鳴門海峡を目指す。


「ずっと運転しててつらくないですか?」

「私は普段からこういうことが多いから大丈夫だよ」


 普段って、私たちと一緒に社畜してたような……。

 まさか休日までこうして働いてるんだろうか。

 だとしたら恐ろしいことだ。


「もし心配してくれるなら、あとでキスしてくれればうれしいかな」

「なっ」


 芳乃ちゃんの言葉に、私じゃなくて杏蜜ちゃんが反応する。


「そういうのはよくないですよ、芳乃ちゃんはすぐに苺さんにキスさせようとするんだから」

「私が過去にいつキスをねだったの?」

「それは……あれ?」


 杏蜜ちゃんは思い出せないのか首を傾げていた。

 確かに芳乃ちゃんは夢の世界で私にキスをさせたことがある。


 その時の記憶がぼんやりと残っているんだろうか。

 そんなことがあっていいのかな。

 あ、でも私がそのまま記憶を持ってるんだからおかしいことではないのか。


 またしばらく車を走らせて、着いたのは鳴門海峡を見渡すことのできる展望台だった。

 さっき通ってきた橋も渦潮も見れる絶景スポットだ。


 ここに着いたとたんに、みんな自由に散っていってしまった。

 まあ連絡とればいいだけだから問題ないんだけどね。


 私は展望台の手すりに腕をつきながらぼ~っと海を眺めている雫さんを見つけた。

 近くに行こうと思ったときに、芳乃ちゃんが後ろから走ってきて急に私を抱きしめてきた。


「わわっ、何ですか?」

「えへへ、キスの代わりにこれで補給だよ」

「おおおおおお?」


 芳乃ちゃんが私を抱きしめてくると、どうしても私の後頭部にやわらかいものが当たってしまうわけで。

 これは私にとっても幸せな時間でございますね、ははっ。

 そして気付けば雫さんがこちらを見て苦笑いしていた。


「ああ~! また芳乃ちゃんが苺さんに手を出してます~!」


 そこに杏蜜ちゃんが叫びながら突撃してくる。

 別に私は困ってないからいいんだけどね。


「もうっ、なんでそういうことするんですかね」

「だって苺さんは私の癒しだし」


「苺さんが困ってるでしょ」

「え、私は困ってないですけど」


「苺さんは黙ってて!」

「はい」


 私の話なのに黙らされてしまった。

 うんうん、今日も杏蜜ちゃんは元気だなぁ。

 思えば夢の世界で初めて現実世界の記憶を持っていたのは杏蜜ちゃんだったんだよね。


 そして同じ街で芳乃ちゃんと出会った。

 今となっては懐かしい思い出だ。


 あれからいろいろあったけど、そんなに日は経ってないんだよね。

 過去に戻ったりとかしてたから、感覚的には1年以上経ってる気がしてしまうけど。


「まあまあ杏蜜さん、むこうでお嬢様たちがソフトクリームを食べてるから私たちも行きましょう」

「うぐっ、仕方ないですね、食べながら話を聞こうじゃありませんか」


 芳乃ちゃんと杏蜜ちゃんはソフトクリームを求めて売店の方に消えていった。

 振り返るとこっちを見ていた雫さんと目が合う。

 私は雫さんの隣に並んで一緒に海を眺める。


 吹き付けてくる風が心地いい。

 雫さんはどこを見ているのかわからないような目で、でも少し微笑んでいるような表情で景色を見ていた。


 十分に近くにいる距離を、私はもう少し縮めて雫さんに体を預けるように寄り添う。

 そんな私を雫さんは一度ちらっと見て、また視線を海に戻した。

 ただ雫さんも私の方に少しだけ体を寄せてくる。


 やわらかい雫さんの体と、甘くてやさしい香りに包まれて、私の心は温かくなっていった。

 よくアニメとかで聞く言葉だけど、この世界に戻ってきてよかったと思う。


 確かに今は幸せでも、これからずっと生きていくうえで大変なことはたくさんあるだろう。

 それでも私はこのみんながいてくれたら乗り越えられるって信じてる。


 私は一人じゃ何もできないから。

 前みたいに抱え込んでしまっても解決なんかできないから。

 私はみんなに支えられて生きていこう。


 そしてみんなが困っていたら今度は私が支える番。

 そうやって生きていけばいいんじゃないかな。


 だって私たちは幸せな夢の中で生きてる人間じゃない。

 思うようにならない現実の中でもがく、弱くてもろい人間なんだから。

 だから私は大好きなこの人たちと一緒に生きていきたい。


「ねえ苺ちゃん」

「なんですか雫さん」


「私ね、苺ちゃんのこと好きだよ」

「突然ですね、私も雫さんのこと好きですよ」


 この好きがどの好きなのか。

 友達や家族にむけるようなものなのか。

 それとも恋人にむける好きなのか。


 雫さんがどういう好きをくれたのかはわからないけど、私はあえてはっきりさせないまま好きを返した。

 きっとこれでいい、今はこれで。


 伝わってしまったら、今の幸せは壊れてしまう気がするから。

 だから今はこれで十分だ。


「えへへ、これからもずっと一緒にいてね、苺ちゃん」

「はい、いつまでも一緒に」


 でももう少し時間が経って、私たちがもう少し勇気を出せるようになったら。

 その時はキスをして伝えてみようかな。

 この好きっていう本物の気持ちを。

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夢の世界へ行って気付いた、私にとっての本当の幸せ 朝乃 永遠 @natunoumi

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