第111話 みんなが幸せでいられる世界を

「なんだかよくわかりませんが、みなさん覚悟はいいですね?」


 私は水晶を破壊するために、再び魔力を流し始める。

 今までも何度かやってきたことなので、確実な手ごたえを感じた。

 しかしそれからしばらく経っても、水晶はまったく壊れる気配がない。


「あれ? 何も起きませんね」

「そんな方法じゃ壊れないけど?」

「なんですって!?」


 詠ちゃんにあっさりと間違いを指摘されて驚く。

 なんで言ってくれなかったんだ。


「魔力を注ぐのは世界を作る時だよ、壊したいなら銃で撃てばいいだけ」

「先に言ってくださいよ」


 私は水晶を地面に置いて銃を構え、深呼吸してからトリガーを引く。

 魔法弾が直撃した水晶は、まずヒビが入り、そして粉々に砕け散った。


「これでこの世界も本当に終わりだね」

「そうですね」


 詠ちゃんと結乃さんが寂しそうな、でもちょっとすっきりしたような表情で空を見上げていた。

 間もなくして、世界が光の玉になって少しずつ消えていくのが見える。

 これで私たちの現実世界は本来の姿に戻るのだろうか。


「あれ? そういえばこの後どうしたら世界を作り直せるんですか?」


 これは夢の世界を壊す方法であって、世界を望んだ姿にする方法は聞いてなかった。


「何を言ってるの? 水晶を壊しちゃったら夢の世界がなくなるだけだよ」

「ええ!?」


 それじゃあ世界を修正するなら水晶の力が必要で、夢の世界から元に戻すには水晶の破壊が必要で。

 最初からどっちかしか選べなかったの?

 そんな、じゃあミュウちゃんとの約束はどうなっちゃうの?


「ミュウちゃん!」

「お姉ちゃん」


 私はミュウちゃんの小さな体を抱きしめる。


「ごめんなさい、私は約束したのに……」

「大丈夫だよお姉ちゃん、水晶がなくてもお姉ちゃんはきっと何とかしてくれるって、私は信じてるから」

「そんな、そんなの無理だよ……」


 私はこんな大事なところで間違えてしまったのか。


「お姉ちゃん、夢は水晶に詰まってるんじゃないよ。夢はね、みんなの心の中にあるんだから」

「ミュウちゃん……」

「自分を信じて! それじゃあいったんお別れだね」


 私の腕の中にいた小さな存在は、この場にいた誰よりも早く光の玉になって消えていく。

 夢の世界でしか存在しなかった彼女は、夢の力が失われて真っ先に修正の対象になってしまったんだ。


 私は空に舞い上がっていく光の玉を必死でかき集めようともがいた。

 でも何一つ私の手元には残らなかった。


「うわあああああああああ」


 私が間違えてしまったばっかりに、消えたくないと願った少女を救えなくなってしまった。

 膝をつき、かたいアスファルトに爪をたてる。


 その私の前に結乃さんがかがんで、私を抱きしめてくれた。

 これがかつて結乃さんも経験したことか。


 大切な人を目の前で失うこと。

 助けることができなかったこと。

 まさか自分にも起こってしまうなんて。


「大丈夫ですよ、今の苺さんならきっと」


 なんで結乃さんもミュウちゃんも、私に期待するようなことを言うんだ。

 私なんて、何もわからないのに何とかできるって思って世界を壊しただけのバカなのに。


「苺さんならなんとかできるって思ったから、詠は水晶を渡したんですよ」

「でも壊しちゃいましたよ」

「大丈夫です、ミュウちゃんも言ってたでしょう? 夢は本来、心の中にあるものなんですから」


 私に笑いかけながら頭をなでてくれる結乃さん。

 その手がふわっと光に包まれてしまう。


「あ」

「そろそろ限界みたいですね」

「結乃さん!」


 ミュウちゃんに続いて結乃さんまで光の玉になって消えていく。

 気付けば詠ちゃんもいなくなっていて、徐々に世界ごと光に包まれていっている。

 まわりにはもう雪ちゃんしかいなかった。


「雪ちゃん……」


 私はすがるように雪ちゃんの方に手を伸ばした。

 雪ちゃんは私に微笑みながら言う。


「苺さん、素敵で幸せな現実世界を、楽しみにしていますね」


 そして私たちも光の玉となって空へと舞い上がっていった。




 徐々に意識が覚醒してきた私が目を開くと、そこは私の現実世界での自室だった。

 ベッドの上であおむけに寝ていた私の目には見慣れた天井が映っていた。


「戻ってきた?」


 意識を失う前のことが少しずつ頭の中によみがえってきて、今の状況がどういうものかゆっくりと理解をしていった。

 おそらく夢の世界は消滅したということでいいのだろう。


 つまり私は現実世界に戻ってきてしまったということだ。

 これからはこの世界でちゃんと幸せにならないといけない。

 今度こそ自分の力で、言い訳せずに幸せをつかみ取ろう。


 そうでないと、私を信じてくれたみんなに申し訳ない。

 ミュウちゃんたちを助ける方法はわからないけど、私がまた同じことを繰り返すのは絶対にやってはいけないことだ。


 ……なんだか無性に雫さんに会いたかった。

 今がどんな状態なのか調べたいし、ちょっと会いに行ってみようかな。

 私は手早く支度をして、雫さんの住む家へとむかう。


 外に出ると、空はきれいに晴れていた。

 この天気でこの気温なら夏ではないな。

 早く雫さんに会いたいので私は早足で道を歩いていった。


 そして雫さんの家まで着いて愕然とする。

 家があったはずのその場所はただの空き地となっていたのだ。


「え、え?」


 まったく状況が飲み込めず、私はただその場でおろおろとすることしかできなかった。


 絶対に場所は間違えてない。

 間違えるはずがない。

 じゃあどうして?


 そうだ、雪ちゃんはどうだろう。

 あ、でも家の場所は知らないや。

 それじゃあ電話だ。


 スマホを取り出して、電話をかけようとアプリを起ち上げる。

 しかしそこで手が止まってしまう。


 連絡帳からみんなの名前が消えてしまっていた。

 まるで世界からみんながいなくなったみたいだ。


 雫さんや雪ちゃんだけじゃない。

 桃ちゃんも芳乃ちゃんも杏蜜ちゃんも、みんなの存在が無くなっているみたいだった。


 こうなったら、嫌だけど会社の方を覗いてみるか。

 私は急いで駅までむかい、電車で会社にむかう。

 しかし、会社は建物ごと別のものになっていた。


 まるで私の存在を否定するように、私に関わりのある場所が無くなっている。

 人がいなくなったわけではない。


 街にはちゃんとたくさんの人がいる。

 でも私の知る人たちは誰も見つけられなかった。


 再び電車で家の近くまで戻り、今度はかつて通っていた学校へ足を運んでみる。

 ちゃんと建物は存在してくれていた。

 でも中に入るわけにもいかず、何かを確認することはできなかった。


 私は家の近くの公園に移動し、ブランコに乗りながら途方に暮れる。

 こんなの私の望んだことじゃない。

 みんなのいる現実に戻ることもできず、夢の世界も失った。


 何もかもが失敗だ。

 これが最後に失敗した私に対する罰なのか。

 私の目から涙がこぼれ落ちる。


「やだ……、やだよ……、誰か助けてよ」


 みんなどこに行っちゃったの?

 私をひとりにしないでよ。

 涙で視界がぐちゃぐちゃになり、私は目を閉じてうつむいた。


「こんなところで何してるの、苺ちゃん」

「え?」


 突然声をかけられて、私は涙をぬぐって顔をあげる。

 そこにいたのは結奈さんだった。


「結奈さん……」

「苺ちゃんはどうしてこんなところで立ち止まっているの?」


「だって私、世界を元に戻そうと水晶を壊しちゃって。でもそうしたらみんなのことを助けることができなくなっちゃって……」

「そっか」


 結奈さんはそれだけ言うと黙ってしまった。

 私は結奈さんならなんとかしてくれると心の中で期待していたのかもしれない。

 でもいくらなんでも、現実の世界では魔法のようなことはできるわけがなかった。


「ねえ、苺ちゃんの現実世界ってみんながいない世界なの?」

「へ?」


 結奈さんの言葉にはっとして顔をあげる。

 そういえばそうだ。

 ミュウちゃんたちと違って、雫さんたちは私たちと一緒に生きてきた現実世界の人間だ。


 なのになんで存在ごと消えてしまってるんだろう。

 もしかしてここはまだ現実に戻っていないのか?


「水晶は三つあるって言ってたでしょ?」

「それって……」


 結奈さんはどこからか水晶を取り出して私の前に突き出した。


「まだ終わってないんだよ」


 その言葉に、私の心臓が苦しいくらいに暴れ始める。

 まだ終わってない……!


「その水晶があれば今からでもみんなを取り戻せる!」


 私はブランコから勢いよく立ち上がって、水晶を受け取ろうとする。

 しかし結奈さんはその水晶をひょいっと引き下げてしまう。


「違うよ苺ちゃん。水晶が世界を作るんじゃないんだよ。私たちはいつの間にかそれを間違えてたんだ」

「間違い……?」


「ミュウちゃんも言ってたでしょ、夢は人の心の中にあるって」

「はい……」


「強く願って。夢から覚めるときにそれがきっと現実になるから」

「でも私が願ったくらいで世界が変わるわけが……」


「あなたはみんなから夢を託されたんだよ。私たちにもできなかったことを、苺ちゃんはこれからやってのけるの」

「私にできるのかな」


「できるよ。現実世界と夢の世界で過ごした時間を思い出して。みんなの夢を叶えてあげて」

「……はい!」


 私は覚悟を決めた。

 きっとあそこで過ごした時間は無駄じゃない。


 私はみんなの夢を背負っているんだ。

 みんなが私を信じて託してくれたんだ。

 私は女神として、最高神として、使命を果たしてみせよう。


「覚悟はできた?」

「うん、ありがとうお母さん」


「あはっ、今度はちゃんと親子らしく暮らしたいね」

「それがお母さんの願いなら、それもきっと叶えてみせるよ」


「うん、楽しみにしてるね」


 結奈さんはそう言うと、私の頭をなでてくれた。

 そして再び水晶を取り出すと、そのまま手のひらをひっくり返して水晶を地面にむかって落とした。


 水晶は意外なほどにあっさりと粉々に砕け散って、光の粒となって空に消えていく。


「じゃあ先に行ってるね、苺ちゃん」

「はい」


 結奈さんはやさしい笑顔を私にむけながら、光に包まれて消えていった。

 残された私は目を閉じて、みんなの夢を光に乗せるように祈る。

 私自身が光の玉になっていくのを感じながら、それでも祈り続ける。


 みんなが幸せでいられる世界を。

 苦しいことがあっても、悲しいことがあっても、最後にはみんなで笑っていられる世界であるように。


 消えていくその瞬間まで、私はみんなの幸せを願い続けた。

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