第5話 スクリュードライバーとナイトメアの狂想曲
見知らぬ若い男女四人が、この店の看板を蹴り倒し、隣の店の看板も蹴り倒している。その先の店の看板も、倒されて壊されている。
とても気分良く酔っ払っているが、足元はフラついていないし、歓談でも呂律が回っている。
酔い狂っている訳でも、この界隈の店に怨恨がある様子でもなく、通りすがりに馬鹿が軽く本性を出しているだけだろう。
身形はスーツ姿の爽やか新社会人だが、この通りで表した行状は、クズだった。
「せっかく、平穏無事に終わりそうな夜だったのに」
愚痴る桃名を待たずに、美柑は四人組に詰め寄る。
「待ちなさいっ!」
呼び止めて倒れた看板を指差す
「僕たち、何もやっていませんよ?」
美柑は、失望した。
失望がそのまま、顔に出た。
四人は、仲良く笑顔で、
「何もしていませんよ、ねえ?」
と、口裏を合わせた。
謝罪して弁償をするという気は、全く見せない。
とても仲良く、口裏を合わせて笑っている。
美柑は、この四人を許す気になれなかった。
良い酒飲みには成れないであろう、この四人の若者たちを、見逃す気には成れなかった。
見逃せば、彼らは同じ事を幾晩も続けるだろう。
全世界のサービス業の、敵である。
ポケットからウォッカの瓶を取り出すと、美柑は一気に飲み干した。
サービス業の人間にあるまじき所業に、四人の若者たちが固まる。
美柑の両手の指先が、
全身にアルコールが行き渡ったオレンジ怪人は、スクリュードライバー怪人へと余計な変身を遂げていた。この無意味で物騒な変身機能さえ無ければ、美柑は人畜無害な怪人として長期間の就職を果たしていただろう。
「人は酔うと、狂うと思うかい?」
美柑は、軽蔑しきった目で、若者たちを見詰めながら、一人の頭を鷲掴みにする。
「人は酔うと、都合の良い嘘を吐けなくなる」
抵抗は、無駄だった。
常人が力の限り暴れて凶器の指先を引き剥がそうとしても、美柑の指先は遅滞なく頭皮と頭蓋骨に沈み込んでいく。
「今の君達のように、下種な性格を隠せなくなる」
連れの三人は、騒ぐ前に桃名が背後からワンタッチで眠らせて置かれる。
「君たちの頭のネジを、締め直してあげよう」
「人目を気にしながらヤレよ、言われなくても」
桃名は、最低限の身振りで通行人が通らないタイミングを教えて、容赦ない人格が剥き出しになった美柑のアシストに徹する。
美柑は手際良く、一人頭五秒以内に頭のネジを締め直した。
処置が済み次第、桃名は四人を覚醒させる。
立ち上がった四人の若者達は、大真面目な顔で其々の財布から万札を取り出すと、美柑に渡す。
「すみませんでした。もう行くから、弁償はこれで」
その展開は初めてではないので、美柑は受け入れる。
「行かなきゃ」
脳を真人間に修正された若者Aが、小学三年生の時にイジメた眼鏡っ娘に侘びを入れる為に、この終電間際の時間から帰郷を始める。
目前にある倒した看板については、罪滅ぼし優先順位の低さから、一瞥しただけで、もう省みない。
「お金、返さなきゃ」
女子高生時代に満員電車で隣にいた中年男を痴漢呼ばわりして示談金を搾り取った若者Bは、貯金を下ろせるATMを探し始める。
連れが看板を蹴り倒すのを止めなかった事については、罪悪感の順位が低いので一万円を渡す以上の詫びはしない。
「謝りに行かないと」
中学生時代に自転車で人を轢いて重傷を負わせたのに逃げ果せてしまっている若者Cは、時効三日前に自首を決めた。
自首後の人生に考えを巡らせるのに精一杯で、壊した看板については、再び頭を下げただけだった。
「引き取りに行かなくちゃ」
死んだ祖母を山中に埋めて年金を不正受給している一家に生まれ育った若者Dは、掘り起こして祖母を埋葬し直す決心をする。
これも、再び頭を下げるだけで済ませようとする。
「まあ、詫びは聞き入れました。お元気で」
ブチ切れて相手に真人間処置を施しても、湧き上がる数々の罪悪感で対象の心理は美柑への優先順位を下げてしまう。
「切ないなあ」
四人を見送って感慨に耽る美柑の口中に、桃名が消臭ガムを詰め込む。
勤務中にアルコールを摂取した事がバレたら、相手がどれだけ温和な人であろうと、解雇は免れない。
「私らが真人間処置をされたら、何を一番に気に病むのかな?」
美柑は、その問い掛けに答えず、肝臓をフル稼働させて素面に戻る。
店内に戻って看板の破損を報告しようとすると、店長は声優さんに混じって飼い猫画像の閲覧に興じていた。
「隻眼隻腕の元渡り猫ですか。カッコイイすねえ」
店長が既に呑んでいた。
「でしょでしょ? あ、やややのも可愛いい〜〜」
酔いが回って更に明るくなっている久松徒歩が、竹束やややの携帯待受け画面に喰いつく。
「って、やややの着ぐるみだよ、あははははははは」
「猫に生まれ変わったら、徒歩姉が飼ってくださいね」
「分〜かった! 飼う! 愛でる!」
盛り上がる声優二人に、双子は夜更かしを覚悟する。
「店長。さっきの音ですけど」
「あ、はいはい」
美柑が報告を始めたので、桃名は店の玄関にクローズの札を出す。
何やら疲れたので、桃名は打ち上げを他所に寝てしまおうと決めた。
スクリュードライバー&ナイトメア 九情承太郎 @9jojotaro
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
九情雑記/九情承太郎
★2 エッセイ・ノンフィクション 連載中 20話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます