第4話 ファンとスクリュードライバーと

 店内の照明が抑えられ、ピアノの伴奏が歌宴の開幕を申し渡す。

 ライブが始まると、久松徒歩さんが歌姫としての本領を発揮して、聴衆の全身全霊を美声で潤す。

 金銭を費やして生で浴びに行くのに値する歌声である。

 そこには善い時間だけが過ぎていく。

 三曲を続けて歌い終え、近況トークを挟み、竹束やややとのデュエットで四、五曲目を歌い上げてから後。

 美柑から素早く差し出された水で喉を潤してから。

 震えを見せないように、久松徒歩は毅然と語り出す。


「実は、皆さんに、とても重大な発表が、あります」


 重大発表が始まったので、美柑は空き瓶を逆手に忍び持ち、桃名はガーターベルトに仕込んだ割り箸に手を伸ばして暴動に備える。

 店長は、消火器を抱きしめて、お祈りを始めた。

 声優事務所の面々は固唾を呑んで経緯を見守り、竹束やややは目をキラキラさせて姉貴分の告白を見守る。


「結婚致します。先日、婚姻届を提出しました」


 抑えるのに苦労した全身の震えは、言い終えると消え失せた。

 久松徒歩は、既に同棲して一年以上経つ事や、相手は一般市民なので名前は出さないと伝える。

 客達は少々ショックを見せたものの、好意的に拍手を始める。

 美柑は油断せずに、最も警戒しようと踏んだ人物を見据える。

 客席センターの中年デブ男は、十秒ほど自殺したそうな顔をしていたが、気を取り直すと正しい姿勢で拍手をしてから、テーブルの呼び鈴スイッチを押す。

 桃名が注文を受けに至近距離へ近付く。

「はい、ご注文をどうぞ」

「キューバ・リブレと、ソーセージの盛り合わせ」

「他には?」

「サムライロックを…いや、キリシマ・バズーカを」

「キリシマ・バズーカ? メニューには無いようですが?」

「霧島1、カシスソーダ1で作るカクテル。考案者は、俺。氷は四つでお願い」

「四つ?」

「そう四つ」

「何故に四つなのです?」

 桃名は脳波を読み取る時間を稼ぐ為に、雑談を挟む。

「お酒の神様に教わった。カクテルに入れる氷は、四つに限ると」

「直伝ですか?」

「ああ、脳に直接、伝えられた」

「分かりました。あ、お皿を下げますね」

 桃名が注文と皿を持ってカウンターに戻ると、美柑が最新情報を催促する。

「先制攻撃の必要は?」

「うるせえ、みかん星人。失恋したファンが、しんみり飲んで傷心を癒す時間だ。真面目に持て成せ、この低レベル萌えキャラめが。って、脳内で言っていた」

「こっちに八つ当たりか、不審デブめ」

 美柑は店のタブレットで予約客のリストを確認し、中年デブオタクの素性を調べようとする。

九情承太郎くじょう・じょうたろう? 店の予約にペンネームを使うとは、重度の中二病」

「客の個人情報を暗記しようとするなよ」

 店長は美柑から店のタブレットを取り上げると、他の注文をこなすように急かす。

 バンドの面々が久松徒歩にサプライズのプレゼントを贈り、竹束やややは抱き付いて祝福を重ねる。


 ライブはそのまま、祝福モードで進行し、三時間を予定に通り終えた。

 心配した事は、全く起きなかった。

 推しの声優さんの結婚報告に荒れず、超人気声優のゲスト参加にSNS黙秘を守り、タイガー・ジェット・シンの乱入もなかった。

 ライブは和やかな満足感のまま終わり、客が精算のレジに並ぶ列を作る間に、美柑は生ビールのジョッキを久松徒歩に差し入れする。

「ありがとう〜〜超飲みたかった〜〜」

 一気に飲み干して一息ついてから、久松徒歩は店の出入り口に立ち、精算を終えたファン達に感謝の挨拶をして見送る。

「善い時間を、ありがとう」

「此方こそ、ありがとうございます〜」

 礼儀正しく健やかに、ライブは全てを終えた。

 関係者が軽い打ち上げを始める中、美柑と桃名は閉店の作業を進める。

「何も起きなかったね」

「美柑が客に喧嘩を売ったけれど、何も起きなかった。幸いなるかな」

 似ていない双子が店の玄関を出て階段を上り、看板の電源を消して収納しようとする三秒前に。


 店の看板が、蹴り倒された。


 店の看板が、二割程ひび割れる。

 その破壊音には、良い事なんて一つも含まれていない。

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