第3話 声優とファンと

 優しい垂れ目がちの大きな目が特徴の二十代後半の美人は、柔らかな笑顔で挨拶をしただけで、美柑を痺れさせた。

「こんにちは、今日ライブをする、久松徒歩です」

 芯の通った力強く暖かい声が、美柑の全身に染み込む。

 美柑は思わず白いロボットさんガン◯ム作品での彼女の役名で呼び返しそうになった。

 予備知識を得てしまうと、当たり役に重ねてしまって、2・5次元の人物に思えてしまう。

「バイト店員、回天美柑です。よろしくお願いしまうま」

 噛んだ。

「本名!? 本当に本名?!」

 話し相手が噛んだくらいで、四の五の言う久松徒歩ではない。

「いえっす、まいねーむいず、みかん」

「Oh my buddha!!」

 徒歩は美柑に優しくコブラツイストをかけると、頭を撫で撫でして可愛がる。

「ライブが始まったら、其れ程忙しくないでしょ? 私の歌、聴いていてね」

「は、はい」

「で〜、終わったら、ビールをジョッキでちょうだい。本当は飲みながらライブしたいけど、我慢して我慢して我慢して、三時間も飲まずにいるから」

「はい!」

 素で太陽光の様な雰囲気を振り撒く人である。

 メチャクチャ善い人そうなので、美柑は久松徒歩の信者になった。

 声優ファンへの道にハマった美柑の手が、久松徒歩のライブ練習風景に見惚れて止まりがちになっても、店のライブ準備には全く問題はなく進む。

 久松徒歩の所属事務所から来た社員四名が、気配り満載で店の雑用まで手伝ってくれる。


「何だよ店長、脅かすなよ。これなら、普段より楽じゃん」

 普段より暇を持て余してナメた発言をする桃名の絡みに、店長は低い声で素早く警告する。

「多過ぎる。いつもは一人か二人だ。四人は多過ぎる」

 声優事務所側の増員態勢に、店長は嵐の前兆を嗅ぎとる。

 言われて桃名は店内の面々を観察し直すが、不穏な脳波を出している者はいない。強いていうと、久松徒歩が強力な覚悟を伴う言霊を胸に仕舞い込んでいるような脳波を出している。

 至近距離でなくても桃名が感知出来る覚悟というのは、尋常ではない。


(ライブの緊張でないとすると・・・重大発表?)


 桃名は、女性芸能人が覚悟&事務所の人間が警戒する重大発表ランキングを脳内で作成する。


(・・・そんなん、ひとつやろ〜〜〜〜!?!?)


 思い至った桃名は、予約客六十名全ての入店手続きを率先して行い、ついでに脳波をざっと調べて武器所持やストーカー属性をチェックする。


「ストーカー気質や自称ナンバーワン・ファンは、いなかった。今夜も平穏無事に、寝酒が出来るぜい」

 桃名の脳波チェック報告を受けても、美柑は安心しない。

「いや、問題は、『重大発表』が実行された後の、反応だから。暴れ出す可能性の高い客に警戒の目を向けないと」

 美柑の視線が、店内を執拗に見渡してから、客席の最前列・中央で止まる。

 ライブに来るファンにとって最高のポジション取りを果たしたその大柄な背広男に、美柑は詮索の目を向ける。

 身長は175センチ程度だが全身の骨と肉が太く、高校時代に確実にラグビー部や柔道部にスカウトされていそうな体格である。髪型を除けば、相撲取りでもおかしくない。

 まだライブ開始前なのに、作るのが面倒くさいロング・カクテルをビール感覚で鯨飲し、既に三杯注文している。


「あの酔客ウワバミが暴れたら、大惨事だよね」

「んー、ただの眼鏡を掛けたデブのオタク中年じゃなイカ。サイズだけで警戒するのも、なんだその、貧乳より巨乳の方が喧嘩っ早いと言っている様な偏見ぞなもし?」

 自身が並外れた変人なので、外見だけで誰かを危険視しない桃名の態度に、美柑は安心できない。

「姫様に警告しに行く」

「姫じゃないよ」


 ライブ開始五分前、黒い艶のイブニングドレスに着替えた久松徒歩に、美柑は、ひそひそと訊いてみる。

「あのう、センター席で久松さんをガン見している、目眼を掛けた背広の中年デブオタク。大丈夫ですか? 危険度高いのでは?」

 久松徒歩は件の男を一瞥すると、笑顔で請け負った。


「あの人は大丈夫ですよ」


 久松徒歩はキッパリと、美柑の懸念を否定する。

 それ以上この件で進言する事は侮辱になるので、美柑はカウンターに戻る。

「最後まで、目を離さないぞ。見届ける」

「わ〜、デブの中年オタク差別だ〜。心が鳴門海峡だあ〜、偏見で他者を排除しようとする恐るべき一般市民だあ〜」

 桃名の冷やかしを相手にせず、美柑は最前線の男を中心に警戒を続行する。

 男の方は、体格で警戒される事には慣れているので、痛い視線に気付いても相手にしない。

 そうして美柑が番犬気取りを始めるタイミングで、最後の客が店に入る。


「間に合った?」


 短めのツインテールを垂らし、黄色い地味シャツ&ジャージズボンの妹型美少女を、店長は顔パスで通す。


「一分前ですよ」

「よっし、余裕!」


 美柑は声優ファンになって数時間しか経っていないのだが、その美少女の声には聞き覚えがあった。

「久松さ〜ん! 来たよ〜!」

竹束たけたばちゃん、ありがとう〜」

「溜池山王の地理って、分かり辛くて迷いましたよ。地下鉄はウィザードリィだし、目印のツインタワーが三つもあるし」

「うん、ややこしいよねえ」

 ライブの主役と地味服美少女がハグする中、声優事務所の四人は、店の外を玄関から出て窺う。

 店は貸しビルの地下階にあるので、店外の様子は玄関から出ないと分からない。

「問題ない。出待ちは発生していない」

「ツイッターを監視しろ。ここへの来店を、誰かが投稿したかも知れぬ」

「あのダサい服装なら、声さえ出さなければバレないか」

「秋葉原の里なら、一発でバレるけどな」

 美柑は、四人の警護対象が久松徒歩ではなかったので呆然とする。

 桃名は、竹束の名前をスマホで検索する。

 『竹束ややや』の名前で、声も外見もキャリアも妹系美少女声優の情報が提示される。


「あ、やばい。『◯◯◯ん!』の声優さんだ」


 この店どころか、東京ドームでも満席に出来る人気声優さんのゲスト参加に、楽観主義者の桃名ですら、鳥肌が立つ。


「バレたら、警備四人じゃ足りないなあ〜〜」

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