第34話 城

 城壁内へ入った者は馬を止め、ともに少しでも休もうとして降りる。

 城の中庭は広いが、障害物の多い閉所で騎馬戦を行う利点があるほどではない。


 ケンプは中庭の井戸に何度もつるべを落とし、くんだ水を馬や団員に少しずつ別けて与えていく。

 急に大量の水を摂ると、人も獣も体が動かなくなってしまう。


 城の地下にいた残りの団員二名も、それぞれ武器を持ち、中庭へ現れた。

 城門の脇へ走り寄って武器をかまえ、外の様子をうかがう。頬が上気して、興奮でうわずった声で問う。

「どのような姿の魔物だ、能力は?」

 誰もが、じっとうつむいて反応しないか、声を出せずにただ首を横にふるだけだった。


 乗り手も馬も多くが疲労困憊の様子で、後から城門に入る者ほど傷が増えていく。

 そして戻ってきた団員の一人が後方を向き、恐怖で顔をこわばらせた。

「どうした」

 城門の脇から頭だけをのぞかせて後方を見た団員が絶句する。


 坂道を駆け上がる騎馬の背後から、白いマントを羽織った魔物が追いかけてきていた。

 人間そっくりの体型と大きさで、腰に手を当てて二本足で走りながら、馬が疲労しているとはいえ騎馬より速い。

 城門上の見張り台から矢が射かけられるが、魔物は軽快な足さばきで左右に移動し、かすりもしない。

 見張り台には今一人しか射手がいない。矢ぶすまを作ることができないし、矢を連続してつがえる余裕も足りない。


 息もたえだえに座りこんでいる一人が、城門脇の団員に説明した。

「奴は、ソードストールと名乗った。特殊な能力すら使わず、剣の技だけで仲間を数人倒した……」

 しんがりで遅れていた騎馬がソードストール間合いへ入ってしまった。体をひねってナイフを投げつけるが、そのような体勢で当たるはずもない。逆にソードストールが白いマントの内から小さな刀を抜き、馬上の団員に向けて投げた。

 軽量化された防具は背中まで守らない。もちろん馬に乗る団員も例外ではなかった。背中から小刀を生やした団員は、声すら漏らさず落馬した。


 城門脇の団員が歯噛みする。

「早く荷を捨てていれば違ったものを……いや、それより」

 あわてて上を見上げる。見張り台の団員が今も弩を引いては矢をこめ、ソードストールに向かって発射している。

「早く跳ね橋を上げろ!」

 見張り台に向かって叫ぶ。だが、機械に手をかけたまま見張り員は動こうとしない。

 ソードストールは、落馬した団員の背から小刀を走りながら抜き、さらに速度を増した。

 そのまま乗り手を失って速度を落としつつある馬へ近づいていく。

「間に合わん……」

 新たなしんがりとなった騎馬が、跳ね橋の先端に脚をかけた。

 その瞬間に見張り員が機械を動かし、おもりの重量で跳ね橋が急速に持ち上がっていく。

 馬の足もとがゆらいで、乗り手ごと転倒し、斜めになった橋から中庭へ滑り落ちる。


 しかしソードストールは道端の岩に駆け上がり、前方を走っていた無人の馬に飛び移った。

 鞍に座ったわけではない。踏み台がわりに馬の背を踏みつけ、駆け続けて上下する馬の動きを利用し、高々と跳躍した。

 踏まれた馬は一声いなないて、跳ね橋の下に口を開けた空掘へ落ちていった。


 ソードストールは急速に跳ね上がる橋の先端に手をかけ、そのまま一気に体を持ち上げた。

 ほぼ垂直に近づいた跳ね橋の先端を踏みしめ、さらに見張り台に向かって跳躍。空中で小刀だけでなく刀も抜き、正面の見張り台から射られた矢を防ぐ。


 仲間と同様に滑り落ちてくるとばかり思って城門脇で武器をかまえていた団員達は、呆然として見張り台を見上げた。

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