第33話

 森に白い霧がたちこめて冷気を増したが、金属の体に痛痒はない。

 響いてくる城の鐘を聞きながら、彷徨鎧ローブアーマーは道へ倒れた者達の様子を確かめていった。


 倒れた四頭の馬は地面に暴れた跡を残し、どれもすでに絶命していた。

 ソードストールに切断された脚から多量の血を流し、さらに倒れた衝撃で深い傷を負っていた。

 森の木陰から顔をのぞかせている一頭は無事だったが、身がすくんでしまっているのか、ローブアーマーを見つめたまま、近づこうとも去ろうともしない。


 腰から両断された者、首を切断された者は全て即死している。

 太股から大量の血を流している者だけが、顔面蒼白になりながらも息があった。ローブアーマーは戦斧を首へ振り下ろし、とどめを刺した。

 斧を下ろしたまま、ローブアーマーは周囲を見わたした。土の道はひづめの跡で踏み荒らされ、何があったのか推測することも難しい。

 倒れた三つの死体を再び順番に見て、虚空へ向けて声を上げた。

「……グローリー殿、何か知らないか。ジョンフォースの死体と、ソードストール殿が見当たらない理由を教えてほしい」

 ローブアーマーの耳元で、老婆のようなしゃがれ声がした。

「これを……」

 ローブアーマーの掌に、中空から一枚の薄い欠片が舞い落ちる。

 欠片の表面にはわずかな亀裂のような紋が入っていたが、見つめる間に少しずつ薄くなっていき、やがて消えていった。


 ローブアーマーは鱗を力強く握りしめ、たわませた。

 手をゆるめると、ゆっくり元の形へ戻っていく。半分に折り曲げても戻るほどの弾力を持っている。硬いだけでは衝撃をそのまま伝えるし、割れやすい。

 さすがにソードストールが与えた刀傷は残っていたが、それもローブアーマーの眼前で消えてしまった。


 ローブアーマーが深々とうなずく。

「そうか、竜の鱗か。そうでもなければソードストール殿がとり逃すはずがない」

「胸の内に……隠し持たれ……斬戟を……弾かれた……」

 鱗を裏返し、ためつすがめつ観察したローブアーマーは、ふうっとため息をついた。

「竜の鱗ほどのものを捨てられては、呪的逃走を許すのも道理か」

 呪的逃走とは、背後に投げた呪物の作用で追跡者から逃れる、多くの神話に伝承されている呪術だ。

「むしろ、たった一度の会敵で、これを失わせた凄まじさに驚嘆せざるをえない。それで、ソードストール殿はジョンフォースを追ったのだな。他に何か?」

「渇いている……と言い残した……何がそうかは……聞こえず……」

 たどたどしい言葉がとぎれ、ローブアーマーは顔を上げる。

 霧が晴れるとともに影がかき消えていく。そしてグローリーの気配も完全に消え去った。

「行ったか」

 返事はなかった。


 ローブアーマーは戦斧をかつぎ、遠くに見えるホーリー城を目指して土の坂道を下り始める。

 その様子を木陰で見ていた馬が、小さくいなないた。

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