第35話 城

 ジョンフォースは中庭の隅にある酒樽に座った。

 打撲で痛む胸を押さえながら、気つけのために強い酒を一口あおる。


 周囲に気力が残っている者を集めて、敵情を確認していく。

「この目ではっきり確認したのは、馬車に乗ったデュラハン、巨大な黒いゴーレム、憑依された鎧のローブアーマー、片刃の剣を武器にする魔物、その四体だな」

「細身の長剣を用いる水妖がゴーレムを援護していたとの報告が、途中でありました。もっとも、川を越えて追ってきている様子はなかったようですが……」

 ワァフの補足にうなずき、ジョンフォースは話を続ける。

「それで五体。さらに茅葺き屋根の炎を消す能力を持った魔物、集落の井戸周辺で聞こえた声、小川で団員を苦しませて殺した不可視の魔物もいる。それぞれ異なる魔物なのか、他の魔物の能力が発現したものか、はっきりしない……」

「おそらく黒死光グローリーですね。」

 エイダが口をはさんだ。


 ふり返ったジョンフォースがけげんな顔をする。女僧侶はとうとうと説明した。

「虚と現の境にある肉体。自らの体に飲み込んで火を消し、人間の肉体に染みこんで病を生む。グローリーとはそういう魔物です。しかし対処はそう難しくありません。見えにくいことは確かですが、体が大きすぎて窓を通ることすら難しい。ここの城壁の高さならば越えられることはないでしょう。扉さえ閉めておけば入ることを防げます」

「それで六体だな」

「井戸の声は、さすがに手がかりが少なすぎて正体がわかりませんが」

 エイダに対して頷き、ジョンフォースは団員に向き直る。

「直接に戦った相手は、七体といったところか」

 ただそれだけの数で村への攻撃が失敗し、十人以上の部下が殺された。そして……

「……竜の鱗。あれだけは取り戻さねば」

 ジョンフォースは周囲に聞こえるか聞こえないかの小声でつぶやいた。


「マリヤウルフの姿はなかったのでしょうか?」

 背後からの若い声に、ワァフや古参の団員がふりかえる。その先にはケンプの姿があった。

 いくつかの舌打ちへかぶせるようにワァフが説明した。

「住居群を燃やしたが、娘一匹現れなかった。井戸で聞こえた声も男のものだった。おそらくマリヤウルフが身を守るために魔物を呼び集めたのだろう。……一ヶ月半ほど前に東の戦争に参加し、魔物の軍勢を壊滅させたな。その生き残りがイスパン半島へ逃れようとして、このあたりをうろついている。おそらくそれだろう」

 何人かの団員が、あの戦いは凄かった、俺はこのような手柄をたてたと口々にいいあう。それを視線で制して、ワァフは説明を続けた。

「まだ今の月齢では、しばらくマリヤウルフに前線で戦う力はないだろう。後方で武器や食糧を運んだり、監視したりすることがせいぜいだ。決戦を選ぶなら、残り一週間以内に行わなければならない……」

 ワァフがジョンフォースを横目で見る。

 団長は口を閉じ、胸に手を当てて押し黙っていた。

 手を当てている理由は、致命傷こそ防いだものの傷となって痛むのか、それとも欠落した聖痕を埋めたいと願っているのか。


 すでに確認できただけでも半数近くの団員が失われ、残された馬にいたっては十頭余り。

 戦力は半分以上も落ちている。一方で敵は大半の戦力を温存している。

 奇襲に二度目はないと考えても、いったん退いて団員を集め直さなければ戦力が足りない。

 マリヤウルフの集落を護る魔物が去るまで待つか、思い切ってマリヤウルフの退治を諦めるか、それが定石だ。


 ふいに重々しい音が中庭に響き、ジョンフォースが顔を上げる。音がした城門を見ると、跳ね橋が上がった下で馬一頭と団員一人が倒れていた。

「誰が勝手に閉めろといった。仲間の様子もわからんのか」

 声をはりあげて問いただすワァフの目前で、見張り台から団員が落ちた。

 死体はねじくれた姿勢で地面に到達し、倒れた馬の近くで血をぶちまけた。

 ややあって、もう一つ死体が落ち、同様に城門の前を血で染めた。


 ジョンフォースが叫ぶ。

「二人ずつの三組で向かえ。防盾を城壁上の通路に向け直せば、あの刀も防げるはずだ」

 すでに走り出していた数名の団員が、相方を組み直しながら尖塔に向かう。

 その背中を見ながらジョンフォースは隣のエイダに耳打ちした。

「頼む。あれに格闘で勝てるとは思えん。しかし加護術ならば……」

「六人の魂はきっと天国へ行けることでしょう」

 耳打ちされた女僧侶が微笑み、尖塔に向かって身をひるがえした。


 再び城門から大きな音がした。ソードストールによって跳ね橋が下ろされたのだ。

 ローブアーマーが戦斧をかかげ、重々しい足音をたてながら城内へ進入してくる。


 ぶつかり合う斧と剣、甲冑の表面ではじかれる矢。ざわめく中庭の片隅でワァフがふり返った。

「名は何といったか」

「ケンプです」

「おまえにも戦ってもらうぞ。存分に暴れるがいい」

 ケンプは目に喜びの色を輝かせながら返事をし、両手に一本ずつ、腰から抜いたナイフをかまえた。

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