第27話 村

 木々と小川で半周ずつ囲まれた窪地に、狼乙女マリヤウルフの古い集落がある。


 城から集落までを繋げる細い道は、小川がさえぎっている。

 かかっている木造の橋は頑丈だが小さい。騎馬は一列で進むしかなく、奇襲するには向いていない。


 そこでジョンフォース団はいったん遠くの街道に出てから回り込み、森から攻める策を立てた。

 森に隠れたジョンフォース団は、重なる木々を透かすように、魔物の住居群を見つめていた。そのそばに馬に乗せられた女僧侶エイダもいる。


 住居は素朴な造りで、低く円筒形に土を固めた壁に茅葺きの屋根。

 土壁に染みついた赤黒い痕跡は、以前にジョンフォース団が攻めた時のなごりだ。

 ひっそりして、マリヤウルフの姿は見当たらない。


 騎乗のワァフが目を細めてつぶやいた。

「正午前だというのに、飯炊きの煙がのぼっていませんな。攻撃を警戒して息をひそめているのか、それとも……」

 耳のいいマリヤウルフに聞こえないよう、ジョンフォースは声を落として団員へ命じた。

「ここでの戦いは今日を最後にする。明日からは装備を整えて魔王攻めの旅へ一直線だ。行け!」


 ワァフを先頭にして十騎の第一陣が森から飛び出た。

 村の中心部を目指し、矢尻状の隊形で、ゆるい斜面を下っていく。着けた甲冑は胸もとや肘を覆う程度の小さく軽いものばかりで、馬への負担はほとんどない。


 すぐにジョンフォース自身が率いる第二陣も突撃する。

 背後の森へ残した団員達からの援護もくりだされる。坂を駆け下りる馬よりも速い矢が、茅葺きの屋根へ突き刺さる。矢を放っている武器は長弓と弩だ。


 射る直前にエイダがほどこした加護術で、突き刺さった矢は矢羽から赤い炎を噴出させる。火そのものは小さいが、茅が乾燥しているため急速に燃え広がっていく。

 加護術は魔物に対して効果的だが、ジョンフォースはエイダを前衛に出すことはしない。あくまでエイダは協力者であり正式な団員ではないため後方へ置いているわけだが、他にも理由がある。加護術は神の奇跡を求めるための詠唱に時間がかかり、接近戦に弱いのだ。

 しかも聖職者は格闘の訓練を行っていないことが普通で、それでいて神を信じているため自らの肉体を無防備に敵へさらしてしまう。

 自然と後方に置いて援護の役割を与えることが通例となっていた。


 住居を取り囲む低い柵を、第一陣の馬が飛び越え、先頭の団員が雄叫びをあげた。

 ときこえが後方へ伝播していく。乗り手の興奮が移って、何頭かの馬もいななく。


 住居の戸へ、窓の中へ、馬上から次々に火矢が射かけられる。

 吹きすさぶ風が屋根から屋根へ炎を移していく。

 何の障害もなく、第一陣は住居群の中心部へたどりついた。


 それを後方で見つめていたジョンフォースは、自らひきいていた第二陣を制止した。

 子供の一人も狼の一匹も現れない。住居の中で息をひそめているかとも考えたが、気配が無さすぎる。

 何より、燃え盛っている家から逃げ出してくる者がいないことが不自然だ。マリヤウルフは村を棄てて逃げ出したのか。


 怪訝な顔で後続をふりかえった第一陣のしんがりが、まえぶれなく喉に矢を生やし、鼻から赤い霧を噴き出した。

 しんがりはぺたぺたと自らの胸にさわり、赤く染まった掌を見て、ますます怪訝そうな顔で首を傾げ、そのまま体全体を傾け、落馬した。

 住居と住居の隙間から、弓をかまえて馬車に乗る鎧姿の魔物が一瞬だけ見え、すぐに隠れた。激しく地面を叩くひづめの音と車輪の音が重なったまま去っていく。


 矢をはなった魔物にも、馬車を引く馬にも、首から上が欠けていた。

「……デュラハンだ。死を告げる魔物だ」

 団員の一人がふるえる声で死告馘デュラハンの名を呼んだ。


 デュラハンは、集落をおとずれ、死すべき者を運命に従わせる魔物だ。伝承では死神にも似た格の高い存在といえる。

 そして今ここでは、馬車上から弓を射て死を与える敵として、現実の脅威となっている。

 しかし伝承と違い弱点となりうる頭部は見当たらず、有効な攻撃手段が見つからない。


 ジョンフォースは表情を変えず短弓に矢をつがえ、天に向けてはなった。鋭い笛の音が上昇していく。

 その音を聞いた団員達は手綱を握り直し、緊張感ある面持ちで姿勢を低くする。後方の森で援護している者達も移動を始めた。

「背中を見せるな。かばいあえ」

 短く命じ、ジョンフォースは馬の鐙に力を込め、背を低くして突撃する。


 すでに村へ入り込んでいる以上、包囲されているなら突き抜けた方が早い。騎馬で転進しようとすれば時間がかかるし、隊の混乱を招きかねない。

 もちろん進む先に罠がしかけられているだろうことも予想している。それでも村は小さく、それを打ち破る自信がジョンフォースにはあった。


「押し通れ!」

 ジョンフォースを先頭に隊が突き進む。

 何度も偵察して把握しておいた地図の通りに、何度も曲がって視界が取れない道を走り抜ける。


 茅葺き屋根の炎が逆風にあおられ、一瞬だけ大きくなったかと思うと、白い煙に変わり、ふいに次々に鎮火していく。

 その煙が地面へ流れ落ちてきて、視界をさえぎろうとする。

 第一陣をひきいて合流してきたワァフへジョンフォースがたずねた。

「呪術か?」

「違いますな。魔物の能力でしょう」


 加護術が奇跡を体系化した術だとすれば、呪術は呪詛を実体化した術だ。

 心や魂を歪ませる呪詛の効果を超え、心を持つ人や魔物の肉体へ現実に影響を与える。

 ゆえに、無生物を燃やす火を消すことは不可能に近い。

 しかし魔物の能力と推測できても、考えられる可能性が多すぎて、正体をしぼりこむことができない。

 もちろん議論する余裕もない。今は正体不明の敵から逃げるしか道はなかった。

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