第24話 城

 城についたばかりなのに歓迎されていることがうかがえる。

 エイダも悪い気分ではないらしく、集まった者達へ説法を始めたようだ。


 アラートンは教訓に満ちた話が好きではなく、旅の最中にエイダが語りだせば距離をとるか他へ気をやる。

 だが、この時代ではアラートンの態度こそ珍しい。たいてい宗教は娯楽の側面も持っている。

 このような僻地にとどまっている冒険者にとっては、教訓くさい物語も充分な楽しみになる。語るのが若い女ならばなおさらだ。


「かつて人の世の裏側、光の届かぬ世界に、異形の怪物が棲んでいた。怪物は、多くの神話や民話にうたわれ、権威ある博物誌にも掲載されながら、人々の前に姿を現すことは滅多にない。長い時にわたって、言葉の断片に刻まれるだけだった……」

 エイダの声が塔の上まで届いてくる。


「されど、そうした怪物が闇の奥に隠れていたのは、わずか数百年前までのこと。八世紀の初頭に、怪物が群れをなして東方から欧州に侵攻した年から、その存在を疑う者などいない。多様な姿と力を持つ怪物は、造物主たる神に捨てられた失敗作。それゆえに、魔物なのだ……」

 エイダが語っているのは魔物と人が戦った歴史についてだった。


「魔物は宙を飛ぶものもあれば、身体が土でできたものもあり、火を噴くものもいた。王家や教会が私兵を投じたくらいでは対抗できるはずもなく、兵力を糾合する権威は皇帝から失われていた……代わりに、褒賞や特権や免罪を求めて、特殊な技能を持つ少数編成の部隊が何度となく敵地へ向かい、魔物の勢力を少しずつ削いでいくこととなった……ジョンフォース団の皆もそうであろう!」

 エイダの呼びかけに対し、団員が口々に肯定する返事を発した。


「粗末な武器を手に、敵地へ単身で乗り込む者どもは、勇気ある英雄として祝福される。特に、部隊を率いる長や最も活躍した者は勇者と呼ばれ、憧憬の的とならん。我ら教会は、そなたら勇者の奮戦をたたえ、送り出した王や貴族は自らの威光を内外へ喧伝する。ある時は宮廷で、ある時は教会で、ある時は街角で……王に雇われた学者や、冒険に協力した僧侶や、噂を集めた吟遊詩人が、勇者の活躍を語った。約束しよう、そなたらの奮闘が華々しいものであれば、教会は永久に語りつぐと!」

 拳をふりあげるエイダに、団員の叫びが呼応する。


「勇者の物語を聞き、ある若者は冒険心を呼び起こされ、ある老人は残りの人生をなげうつ価値があると考えた。逃げ出す先として冒険を望む愚者もいた」

 最後は俺のことかよ、とアラートンは思った。


「やがて先人の活躍に続こうと、多くの冒険者が魔物退治の旅へ身を投じた。何人もの冒険者が、運命に導かれるまま活躍し、強き魔物を倒すという目的をとげ、新たな勇者として名を残した。むろん、伝説に残る勇者がいた一方で、はるかに多くの者が旅の途中で行きづまり、無残な最期にいたった……」

 いったん言葉をきり、エイダは声の調子を抑えて、問いかけた。

「……それでも、そなたらは前に進むか。あまねく大地へ教会の威光をとどろあかすと約定をかわすか?」


 沈黙する聴衆を包みこむようにエイダが両手を広げ、高らかな口調で応じた。

「ならば契約しよう、そなたらは神の門を叩くことができると!」

 聞いていた全ての団員が拳をふりあげ、踵を地面に打ち鳴らし、我先に肯定した。

 女僧侶と冒険者の興奮する声は塔まで届き、アラートンは肩をすくめた。

「……説法で気分が良くなるなら、俺がどうこういうことでもないわな」


 説法が終わったころあいを見て、アラートンは中庭へ降りた。

 すぐエイダが駆け寄ってくる。その表情には、押し隠そうとしつつも興奮がにじんでいた。

「次にジョンフォース団が人狼の村を攻める時、協力します。加護術の力があれば、早く終わるでしょう」

 アラートンと相談するというより、決定したこととして伝える口ぶりだった。珍しく頬が赤く上気していた。

「ここの者達は魔物を倒し、いずれ魔王を打ち滅ぼすことを夢見ています。実に素晴らしき信心の深さ……あなたに見習ってもらいたいものです」

 たいていの勇者は、魔物を倒して教会の威光を世界の隅々まで行き渡らせることを建前としている。

 しかしアラートンと現実に旅を始めてすぐ、そうした理想をエイダが口にすることはなくなった。

 それだけに、魔物を倒そうと熱く語った団員に感動したらしかった。


 もちろん団員も歴戦の冒険者達だ。エイダに対する言葉は全くの嘘でもないだろうが、全てを素直に信じることも危険だろう。

 そこまで考えて、しかしアラートンは何もいわなかった。もともと人狼の集落へ攻めるためにエイダの力が重要と考えていた。その気になってくれているのに、あえて否定する必要はない。

 ただ、エイダと団員の興奮して浮ついた様子は、少しばかり危なっかしいと感じた。

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