第13話

 喉元に開いた切り口からシュナイの血があふれ、焚き火へ飛び散った。

「あんたのような魔物も、きっと闘技場で戦わされる剣奴隷と同じだと俺は考えた」

 人間の勇者も、魔物の勇者も、何も違わない。


 シュナイの体から力が抜け、足元から崩れおちた。

 いま食べたばかりの兎を血抜きした時とそっくりの姿勢だった。


 火の粉があがり、目をむいた勇者シュナイを照らす。

 皮鎧の隙間からのぞく青い鱗が、炎を受けて妖しく輝いた。

 人の形をした影も、森に浮かび上がる。

 整った顔も、暗闇では人間と見分けがつかない。

 明らかに人と異なるのは、肉体の急所や下半身の皮膚を鱗が覆っていることと、蜥蜴のような瞳くらいだ。


 アラートンは皮袋を広げ、シュナイの喉元へ近づけた。

 流れ落ちる血で皮袋が満たされていく。

「俺の目的は最初から、竜の血と、あんたの喉の鱗なんだよ」

 勇者ジークフリートを不死にしたと伝えられる竜の血と、竜の体で最も価値がある逆鱗。

 しかも逆鱗には聖痕まで浮かんでいる。

 魔物に仕えるふりをするという危険を賭した対価として、充分だった。


 口元からシュナイは血を吐きながら腕を振り、アラートンを制しようとする。

 しかしアラートンは素早く後ずさり、シュナイの指先は空気をかくだけだった。

 シュナイの、蜥蜴のように細い瞳が宙をさまよう。

「せいぜい二回分といったところかな」

 血の詰まった皮袋をゆらし、アラートンが評する。

「……貴様、シュナイ様に何を……私とシュナイ様に何を食べさせた」

 苦しげな声を出しながら、弱々しくジャニスがアラートンへ手をのばす。


 ふいに、かんだかい声がした。

「やれやれ、人間と魔物の融和ですって。ずいぶんとおぞましいことを」

 首を重たげに動かしたジャニスの視線が、杖を握ったエイダの姿をとらえる。

「……おまえ、その杖は私のものだ。何をしている……」

 ジャニスが青白い腕をのばす。

 それを冷ややかに見下ろすエイダの瞳は、赤い炎に照り映えながらも、暗く青い。

「ふざけないでほしいものです。魔物ふぜいが人間と同格だとでも思ってらっしゃるとは、嘲笑にも値しません」

 エイダの唇がうっすらと開き、冷めた笑顔を形作った。

「だいたい、暴れるスレイプニルを始末したくらいで村人を皆殺しにしようとした魔物のいうことでしょうか」

 ジャニスの整った顔が怒りにゆがんだ。

 人の死体が魔物に変じ、呪術を操るようになった存在、屍解師リッチ

 死者ならではの黄色い歯がむきだしになる。

「呪術師様、俺は教会からもらった聖水と、強い酒を混ぜただけですよ」

 あえてアラートンは皮肉るようにいった。相手を興奮させ、判断力を失わせようとして。

「先にエイダを村へ潜入させ、スレイプニルで効果を確かめてもらいましたが、いや本当によく効くもんですね」

 適当な会話を続けて、じっくりと酔いが回り、聖水の力で呪術が弱まるまでアラートンは待っていた。

 竜が酒を好むことを利用して騙し討ちした伝説は多い。


 エイダが杖をかかげた。吹き上がる風で短い黒髪が逆立つ。

「さあ、呪われた死者さん。次はあなたが始末される番です」

 神聖な言葉が詠じられる度に地面から炎が吹き上がり、ジャニスの全身を焼きあげた。

 青白い皮膚が、熟した果実のように赤く剥け、腕や顔から剥がれ落ちる。

 皮膚は落ちる先から再生していくが、また吹き上がった炎で黒い炭と化す。

 リッチの絶叫が暗い森に響いた。

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