第6.5話 過去

 アラートンがシュナイの存在を知ったのは、一ヶ月ほど前の戦争でのこと。


 その時は、魔物でしかないシュナイが、まさか「勇者」を自認していることを知りはしない。

 人間にとって魔物の王を少数精鋭で倒す勇者がいるように、魔物にも人間の王を少数精鋭で倒す勇者がいることなど、思いもよらなかった。


 ただ戦場を観察していたアラートンは、竜族と人の戦いで活躍するシュナイと、それにしたがう呪術師の少女を見つけた。

 美しい人の姿をした竜の一族、メリュジーヌ。遠くからは男女どちらかわからなかったが、よく整った顔立ちをしていた。剣さばきも流れるように美しく、凄惨な戦場でひときわ目立っていた。

 その一匹としてシュナイは細身の剣をふるい、群がる人間を切り倒していた。

 その時は、たよりなげな呪術師をつれていることが珍しいだけの魔物としか見えなかった。


 しかしアラートンは、血飛沫をあびて戦場に立つシュナイの、その喉もとに風変わりな染みがあることに気づいた。

 好奇心に負けたアラートンは、壕に隠れながら危険を承知で近づいて、シュナイの喉にある染みが聖痕であることを知った。しかも運命の印と呼ばれる種類かもしれないと考えた。


 もちろん、勝手に勇者と称しているだけのアラートンには、聖痕など刻まれていない。

 だから最初は本物と比べることもできず、アラートンは自分自身の目を疑った。魔物に勇者の証があることなどありえない、と。

 しかし教会に行き、シュナイの喉にある染みが本当に運命の印らしいと知った時、アラートンは驚きとともに奇妙な仮説を思いついた。

 その仮説とは、魔物と人間、その双方にそれぞれ勇者がいるということ。そして、勇者の活躍は、双方の社会にとって、ただの娯楽にすぎないのではないかということ……

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