第12話

 沈黙を止めたのはシュナイが先だった。

「……まあいい。しかしアラートンよ、余計な詮索はせぬことだ」

「別に、旦那様を批判しようってわけじゃございません。俺が考えているのは、なぜ勇者は少人数で敵地深くへ潜入し、敵の首級をあげなければならないのか。そして、なぜ旅を終えた後に伝説になるのかということでして」


 魔王と呼ばれる強力な魔物は、時代がうつるごとに何度もあらわれては、さまざまな勇者に暗殺されてきた。

 一方で、単身で帝国中枢へ魔物が乗りこんできて、有力な領主や司祭が殺害されたことも、数知れない。


 魔物の侵攻が激しかった数世紀前のこと。

 大陸の大半が制圧され、ブリテン諸島が残り少ない人間の支配地域となった。

 その北部地域であるスコットランドにおいて、王であるダンカン一世が暗殺された。

 それは、魔女が予言という呪いをかけ、ダンカン一世の配下をたぶらかしたためだといわれている。

 王の配下は次なる王になりかわり、魔女の思惑どおりに政治を動かそうとして、倒された。

 王となった配下の名はマクベタッド。今ではマクベスという通称で知られている。


 アラートンがふった話に、シュナイは穏やかな口調で答えた。

「戦いが長引いて、双方の力が弱まり、大軍を動かす余裕など最近まで人にも魔物にもなかった。運命にたくされた勇者に望みをかけるしかなかろう……」

「それでも、たくさんの勇者が現われては、ほとんど討ち死にしているわけでしょう。勇者は暗殺が専門じゃありません。敵を倒して力をつけ、武器を集めながらでないと先へ進めない。少数だから目立たないってことはないんです。たくさんの勇者が力を合わせて、いっせいに敵陣へ攻め込めば、ずっと簡単でさあ」

「どうした。今夜はやけに饒舌だな……」

 少し呆れたシュナイを横目に、ジャニスがアラートンに反論する。

「結局のところ、勇者は唯一の称号。私のような仲間はその他大勢にすぎません。他の勇者が英雄になることに協力する勇者がおりましょうか」

「そう、それが答えです」

 アラートンがナイフの先端でジャニスを指した。兎を解体していたため、ナイフには血と脂がべっとりとついていた。

「勇者は伝説として語りつがれるためにあるんです。敵の首をあげることそのものより、伝説として語りやすくならなきゃなりません。だから少数で敵地へ攻め込まなきゃならない。かといって旅の記録が失われても意味がない。そのため帝国は便宜べんぎをはかり、僧侶や詩人をつれて旅をする。そうして血沸き肉踊る冒険譚を残す。詩人が街頭で吟遊し、教会が説法に使い、親が子に御伽噺おとぎばなしとして伝える、それこそが王や皇帝の望み……」

 長口舌に疲れ、アラートンは一息ついた。

「人間の勢力地へ単身で乗り込んで来る魔物も、魔女や使い魔を連れて、きっと魔物の世界へ自身の活躍を伝えていることでしょう。たとえば二千年前にオイディプス王へ謎かけという呪術をかけたスフィンクスも、魔物の間では女勇者と語られているはず」

 ジャニスが首をかしげた。

「オイディプスという名前は聞いたことがありません。スフィンクスが何かしたでしょうか」

「そちらは存じてませんでしたか。これは大昔の伝説でして。王を殺すと予言されて放逐された王子の、因果に満ちた物語……」


 獅子の手足に美女の上半身を持つ、獅身女スフィンクス

 テーベの民を苦しめていたスフィンクスを退治しようとしたオイディプスは、一つの謎をかけられた。朝は四足、昼は二足、夜は三足で歩く生物とは何か。

 この謎かけの正解は、人間という答えで知られている。四足で這う赤子、二足で歩く成人、杖という第三の足を使って歩く老人、それが謎かけで出された条件の意味だ。

 もちろんオイディプスも正しい答えを出し、スフィンクスを退けた。

 しかし、一説にはオイディプス自身こそが答えであるという。オイディプスは旅の途中で父王ライオスを殺し、母と知らずにイオカステをめとり、王となった。白昼こそ玉座に値する立派な人物と見えたが、朝まで獣のように四足で母と契り。老いて真実を知って盲目となったオイディプスは、杖をつきながら黄昏時に国を去ったという。


「オイディプス王の伝説は、ずっと昔の物語です。魔物が初めて大陸へ攻め込んだ数世紀前より、さらなる古い出来事とされています。しかし、そこに真実が隠れているかもしれないと、俺は思っとるわけでして」

 焚き木が割れ、火の粉が散った。

 とくとくと語りながらシュナイへ歩み寄ったアラートンの顔を、炎が下から照らす。

「旦那様はパンとサーカスって言葉を御存知でしょうか」

 焚き火を前にうなだれながら、ジャニスが答えた。

「……たしか大昔、人間の賢者が……政治批判のために遺した風刺とか……どこで聞いたか忘れましたが……」

 アラートンは切り分けた兎肉をシュナイへ渡した。

「そうです。下に反乱されないよう、食い物と見世物を貴族が与えて、不満をそらすわけですわ。しかし帝国と魔物との争いは停滞しながらも続いていて、権力を維持するためにパンを与える余裕はなし。そこで勇者の伝説をサーカスとして提供するわけです。特別な装備を与えずとも、勝手に志願して敵地へ乗り込み、色々な伝説を残してくれる。旅が途中で終わっても、うまくしたてれば面白い物語になりやすでしょう。しかも運が良ければ失地を回復してくれる。中途半端に勇者を結束させるより、定期的に各地へ送った方が、ずっと見世物として役立ってくれるわけでさ」

「……ふうむ……」

 シュナイのあいづちは小さかった。

 睡魔に襲われたように体をゆっくり前後にゆらしている。


 そっとアラートンは近づいた。

 すぐ目の前に、焚き火を前にしてうなだれたシュナイの背中がある。

 長く冒険を続けた「勇者」とは思えないほど油断しきっている。

 アラートンは口を閉じ、ナイフを抜いた。


 背後から首元にまわした刃が、シュナイの喉を切り裂く。

 きちんと研いでおいた刃は、酔いのまわりきったシュナイの、鱗におおわれた首へ深く食いこんだ。


 竜の喉元にあるという逆鱗。

 美しい人の姿をした魔物、竜人魚メリュジーヌのシュナイも、もちろん竜の一族らしく逆鱗を持っていた。

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