第7話

 夜空は暗く、森の闇は深い。

 下弦の月が昇るまで、しばしの時間があった


 森をつらぬく細い道の幅が広がり、少し頭上が開けた空間で、焚き火が白い煙をあげていた。

 生乾なまがわきの薪ゆえ炎は小さく、照らすのは近くのみ。道の先は何も見えない闇へ沈んでいる。

 大陸中央では、人の支配が魔物にまさりつつある。

 しかし人里を少しでも離れれば、神の加護がおよばない領域が残っていた。


 焚き火のまわりに影が四つ。

 シュナイとジャニス、アラタオンとエイダ。魔物と人の戦いに、命じられて動く軍隊としてではなく、運命に導かれて身を投じた冒険者達。


 ひときわ大きな影が言葉を発した。血のしたたる腿肉にかぶりついたシュナイだ。

「うむ、歯ごたえが実にいい。村で飼われているような豚や羊の肉とは違う、野山で魔物から逃げ回っている獣ならではの味だ」

 賞賛した後は、黙々と肉をかみちぎっては咀嚼をくりかえす。

 姿形にそぐわない荒々しいしぐさは、あえて自分を鼓舞するためか。


 シュナイを対面で見ていたジャニスも、木皿にそそがれたスープを木匙ですくった。

 青ざめた小さな唇まで匙を運ぶ。音もなくすすり、赤い眼を閉じて味をたしかめた。

「そうですね。熱くなく、しかし脂が固まるでもなく。どこか懐かしい味がします。兎を食べたことは初めてですが……」

 フードを脱いだため胸もとまで流れている銀髪が、首をかしげるにしぐさに合わせてゆれた。

「兎肉は、どちらかといえば大陸の西でよく食われていると聞きますね」

 吊るした別の兎をナイフでさばきながら、アラートンがいった。ジャニスは返事をせず、木皿を持ったまま、ぼんやりと頭上の星をながめた。


 シュナイは素焼きのジョッキに注がれた酒で喉を洗って、新しい血肉を胃へ送った。

 その酒は水分を補給するための薄いビールに、蒸留酒を混ぜたもの。飲みやすいが、それゆえまともな人間ならばすぐ前後不覚におちいってしまう。

 しかしシュナイは大きな口を開いて、二杯三杯と飲み干していった。

 何か忘れたいことでもあるかのように。


 そしてシュナイは六杯目をついだ時、ふりかえってアラートンへたずねた。

「しかし蒸留酒など、いつ手に入れた?」

 シュナイの問いに、照れたようにアラートンが答えた。

「酒場が燃えていたでしょう。そこで酒を入れた瓶が割れていたんで、ちょいと皮袋に。どうせ置いていても誰も飲めなくなるだけでしょうし。それなら、と……」

「あれだけ短い時間に、目端の利く奴だ」

 シュナイは苦笑いしたが、特に非難することはなく、ジョッキへ五杯目をついだ。


 やがてシュナイはしゃぶり終えた骨を焚き火に捨て、大きく酒臭い息を発しつつ、暗がりへ声をかけた。

「食べるといい。捕ったばかりの獣肉など、奴隷でなくとも滅多に口にできるものではない」

 焚き火から少し離れ、切り株に座っているエイダが無言でうなずく。

 黒い短髪は闇に溶け、青い目は細い。酷薄な印象を与える顔立ちに、人間らしい感情は浮かんでいない。

 エイダは薄く切られた酸っぱい黒パンを、義務のように口へ運び、並びの良い歯で噛み切るだけだった。

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