第6話 過去

 アラートンがシュナイの存在を知ったのは、一ヶ月ほど前の戦場でのこと。

 平野を横切るライン川にほど近い荒野で、人々と魔物が激しい戦いをくりひろげていた。近年の大陸中央では絶えて久しい、一大決戦だった。


 人の戦力は、周辺領主の私兵、教会につかえる騎士、有象無象の傭兵、半農半兵の賞金稼ぎといった混成団。

 魔物の戦力も、泥人形のたぐいから、遠方から来た剣士、多種多様な亡霊、高貴な竜人といった雑多な集団。

 どちらもまるで統一感がなく、急造の戦闘団であった。ゆえに両軍の統制は早々と失われ、一方が不利になっても、誰も撤退を決断することができなかった。

 そうして誰が敵か味方かもわからない、混沌とした戦いがつづけられた。


 戦場の中心から外れた壕に隠れ、首だけのぞかせたアラートンは、静かに戦場を見わたした。

 血で血を洗い、泥を泥でそそぐ、そんな乱戦から距離をとって、終結を待ち続ける。

 傷ついて敗走する魔物を横から倒して手柄をかすめとろうか、それとも戦場に遺された品々を拾って金に換えようか、そのようなことを考えながら、状況を見きわめようとしていた。


 アラートンの視界で、長槍部隊に包囲されている黒い巨人が、腕をひとふりした。

 とりかこんでいた兵士たちは、風に吹かれた木の葉のように空中へ放り上げられ、細かな肉片となって地面にふりそそいだ。長槍も柄を粉々に折られ、持ち主と同じく地面に散らばった。

 アラートンは魔物の名を思い出す。

「……たしか偶土塊ゴーレムとかいったかな」

 凄惨な光景から視線をそらしたアラートンは、戦場の片隅に、竜人と人間との戦いで活躍する戦士を見つけた。


 軽装の戦士は、遠くからは男女どちらかわからなかったが、よく整った顔立ちをしていた。剣さばきも流れるように美しく、凄惨な戦場でひときわ目立っていた。

 しかしアラートンの目に止まった最初の理由は、戦士の戦いぶりとは関係ない。戦士の側につかえている女呪術師が、いかにも戦いに慣れていなかったためだ。

 可愛らしい顔立ちで、戦闘にはたよりない姿で、戦いなれた戦士との不調和が戦場で浮いていた。


 むろん、女呪術師が弱そうに見えただけならば、アラートンは戦士に近づかないことを選んだだろう。

 とりあえず今を生きのびることと、そのために必要な目先の金にしか興味がない人間、そうアラートンは自己を位置づけていた。

 しかしアラートンは目をそらす寸前に、戦士の喉もとに風変わりな染みがあることに気づいた。親指ほどの大きさの、花に似た形。


 好奇心に負けたアラートンは、壕に身を隠しながら戦士へと近づいていった。

 戦闘がひと段落したのだろう、武器の打ちあう金属音がとだえている。わずかに静けさをとりもどした荒野で、女呪術師が戦士をシュナイと呼び、シュナイがジャニスと呼び返す声が聞こえてきた。

 壕のわきに倒れている死体の隙間からのぞきこむように、アラートンはシュナイを観察する。


 シュナイの喉にある染み、それは間違いなく聖痕スティグマだった。

 聖痕とは、奇跡の一種と教会がいう、肉体に現れる紋様のこと。

 しかも、その聖痕は独特な形状をしていた。アラートンはまず自分の目を疑い、そしてシュナイに興味を持った。

 その聖痕は「運命の印」と呼ばれる形をしていた。魔王を倒すべき勇者にのみ発現すると噂される、特別な証だった。

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