第5話

 女が目を開いた。黒髪には珍しい、透きとおった青い瞳だった。

「ここは、どこですか。あなたは……」

 女は言葉を途中で止め、悲鳴をあげようとして、あわてたアラートンが両手で女の口をふさぐ。

「黙っていてくださいな。こちらの方々は、あんたを炎の中から救ってくださったのですよ」

 女が落ちついたのを見て、アラートンは手をはなす。

「あんたの名は何といいます?」

「エイダ……一年前、この村に売られてきました」

「やっぱり女奴隷ですかい……」

 アラートンの言葉にエイダは首を横にふった。

「……違います。ここでは酒屋が村長となり、王にたくされた領地をとりしきっていました。私は踊り子です」

 実態がどうであれ、エイダにとって踊り子と奴隷は違うものだった。


 二人の間にジャニスがわりこみ、エイダの顔を見つめた。

「……わかりました。これから、あなたは私たちの旅に同行してもらいます。もちろん多くの危険が待ち受けているでしょうし、救った分だけの役にはたってもらいます。もし嫌だというなら、ここに置いていくだけです」

 背後でシュナイがつけくわえる。

「その姿格好で、山谷を超えて別の村にたどりつける自信があるならば、一人で行ってもいい」

 遠くの山から、獣とも魔物ともつかない鳴き声が響いた。

「連れて……私も連れて行ってください」

 弱々しく答えるエイダを立ち上がらせて、アラートンが勇者と呪術師を見返す。

「ありがとうございます、旦那様。このような村からは早く退散しましょう」

 最後まで耐えていた村長の屋敷も完全に崩れ落ち、火の粉が渦を巻いて夜空へのぼっていった。


 誰にも聞こえないくらい小さな声でシュナイがつぶやいた。

「助けられたのは人間の女奴隷だけ。前に見た光景と全く同じだ……人間というものは成長がないな」

 しかし進みかけていたアラートンはつぶやきを聞きつけ、一瞬だけふりかえった。


 炎に照らされ、ほのかに明るいシュナイの喉もと。そこに小さな染みが黒く沈んでいる。

 その染みこそ、勇者にならんとする冒険者が欲してやまない、「運命の印」と呼ばれる証だった。

 だからこそアラートンはシュナイに近づこうとした。

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