第九幕 聖地巡礼の都市

「ああ、そりゃ紅の魔人クリムゾンだな」

「クリムゾン?」

「この都市まちじゃ有名な怪人でな、どこからともなく闇を渡って現れ、怪しげな術を使うらしい。しかも、剣も銃も通じねえっていう文字通り不死身の化物って話さ。本来はあかい満月の夜に現れるらしいが、昨日は満月でもないのに紅かったから勘違いして出て来たんじゃないかな?」

 そんな話をロゼリッタ達がいたのは、宿を出立する直前の事だ。

 あらかた後、ロゼリッタは昨夜の出来事をそれとなく宿屋の主人に話した。そしたらどうだ、彼女達が遭遇したのはどうやら都市伝説のたぐいだというのだ。流石のロゼリッタもこれには呆れるばかりで、

「はぁ、あたいらが見たのは幽霊か何かだってのかい?」

 などと頭を抱えながら溜息を零す。

「ったく、アホらしい……行くぞ、ウィスター!」

「へい、行くってどちらへ?」と、蝶ネクタイを直しながら訊ねるウィスター。

「決まってんだろ、レーダスだよ」

「へっ、ダインバーグじゃなくてですかい?」

 意外といった顔で聞き返す蝶ネクタイ。

 それもそのはず。つい今し方、小馬鹿にしたようにつぶやいてたハズの幼女が、その幽霊の誘いに乗るなどとは流石に思ってもいなかったからだ。

。だったら行ってやろうじゃないか、あの怪人野郎の言う通りにな!」

 その笑みには、どこか戸惑いの色がにじみ出ていた。



 レーダスはロンデンブルクとダインバーグの中間部に位置する聖教直轄の都市で、通称「西の聖都」とも呼ばれている。

 聖都というと、西方ではもっぱら聖教の法皇ほうおうが君臨するといわれる都市ルマカノの事を差す。そのルマカノと双璧を成すと言われているのがレーダスで、こちらは同じ聖教でもカンテベルしゅうというブリタイン半島で独自に発展した宗派の総本山がある。

「聖地巡礼の旅って奴ですかい。なんか昔話にそう言うのありませんでしたっけ?」

 蒸気馬車スチームバスの車窓を眺めながらぼんやりとつぶやくウィスター。

 窓の外では、聖法衣に身を包んだ集団が坂道を上っていた。

 左右の家々は時間のせいか、なぜかどこもかしこも窓を開け晒していた。

「ああ、十四世紀の吟遊詩人が書いたっていう聖詩サーガだろ。あの大工が女房を寝取られるとかいうクソみたいな話がある……」

「そうそう。あと、どっかの神官が酔った勢いで聖杯の三脚を頭にかぶって抜けなくなる話とか」

「そりゃ極東の島エデンの伝承だろ」

「そうでしたっけ?」

「ていうか極東の島エデンにはロクな奴がいないよな。幼い娘をテメー好みの女に育てて妾にしちまうロリコン貴族とか、そいつに誑かされて呪術まで使って他の女を殺しちまうババアとか……」

 つまらなそうにそう語るロゼリッタ。気のせいか「ロリコン貴族」の部分だけ、やたら感情が込められているようにウィスターは思う。

「人間というのは業が深いものですからね」

 そう口を開いたのは、黒髪の少年だった。

「ゼノ君?」と眉をひそめるロゼリッタ。

「いえ、今のお話を聞いて僕にも思うところがあったので……」

 その赤い瞳はどこか物悲し気で、ロゼリッタは彼の過去に何かあったのか気になっていたが、下手に詮索して相手に余計な不信感を与えては道中で要らぬ支障をきたしかねない。そう考えて敢えて聞き流す。ただ、

「そういうものかもな。あたいらだって、そういった業を抱えて生きているんだからな」

 つぶやくようにそう答えた。

「そんなもんですかねー」というウィスターの言葉には、適当に手を振って「ああ」とだけ返す。

 ウィスターもウィスターで、

 知能指数が二百以上だからって、よくもまあ――

 などと考えていたりするが。


 蒸気馬車スチームバスが坂を上りきると、そこから大きな六芒星が立つ赤い屋根の建物が正面に現れる。

 それこそが、『巡礼の都』と呼ばれる都市国家レーダスの大聖堂であった。

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灼炎の精霊使い(サラムマスター)-ばうんてぃえぴそ~ど・えふぇす- さる☆たま @sarutama2003

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