4章 夜が幸いであるために
4-1 荒れ野の果てに
見渡すかぎりの平原には、野草の新芽が芽生え始めていた。
緑と茶のまだらになった大地の上にはところどころ小さな森が小山をつくっていて、はるか彼方にくっきりと地平線が見える。濃い雲がたなびく隙間から、夕暮れ前の金色の陽光が細く幕のように下界へ射していた。
動くもののない景色の中に、ぽつんぽつんと四つの点が動いている。点のような、四人の旅人だ。
さざ波のごとく吹き渡る冷たい風が、彼らの上着の裾を巻き上げる。
四人の旅人――ポル、ルズア、シェン、スティンは、点々と並んで平原の中の道を歩いていた。道といっても、草が踏みしだかれて他のところより少し土が見えている程度の、ただ頼りない〝誰かが歩いた跡〟なのだが。
一行の向かう先には、森というには情けないくらいの、木々が少し生い茂った場所があった。
急ぎ足で王都を出てから城下町を通り、南へ下る街道を逸れて南西へ歩くこと二十キロ近く。とにかく王都を離れるために、一行は昨日からほぼ不休で進んでいた。
強い風で前を見失わないよう俯き加減になりながら、先頭を行くポルはコートのポケットから銀のコンパスを片手で取り出した。煽られて広がる茶色の髪をもう片手で押さえて振り返ると、後ろの三人へ行く手に見える小さな木立を指差してみせる。シェンとスティンがポルの指差す先を目で追って、軽く頷く。
ポルは再び前に向き直ると、さらにひたすら足を動かした。
しばらくして、一行は木立のふもとにたどり着いた。背の高くない木々がまばらに寄り集まっていて、枝間をひゅうひゅうと風が抜けていく。
まわりより少しだけ濃い下草を踏んでポルがそこへ踏み入れると、ちょうど木立の真ん中あたりに運良く小さな開けた場所があった。
ポルはそこで立ち止まり、肩から下げたカバンをまさぐる。大きなボロ布を二枚と枯れ枝の束を取り出して、布を適当に広げ、その間の土にばらばらと枯れ枝を散らした。
少し遅れて他の三人が追いついてきた。ポルはボロ布の上にカバンを下ろして、その横に座る。シェンはポルの向かいに座り、ルズアがその隣に腰を下ろす。最後にきたスティンは数秒おろおろと迷っていたが、ポルの隣に落ち着いた。
「さ……寒い、な」
スティンがきょろきょろしながら言った。尻すぼみの声は風の唸りにかき消えて、誰も反応しない。返ってきたのは、ポルがカバンからランプ油の小瓶を取り出す音だけ。
ポルは手袋を取ってかじかんだ指先を擦り、小瓶を開けて枯れ枝の上へランプ油を垂らす。次にポケットから魔法陣を描いた紙切れを出すと、細く筒にして魔法陣を発動する。
パッと金光がきらめき、ぼうっと音がして筒の先に火が灯った。一瞬目眩のような感覚に襲われ、ポルは紙切れを取り落としかける。目をぎゅっとつむって大きく息を吸うと、投げるように枯れ枝へ火を移した。
紙切れの火はみるみる広がり、焚き火になって四人の顔を照らす。全員の表情が疲れに沈みきっていたが、スティンだけは心もちにこやかで、ポルの顔は青ざめていた。
「大丈夫ですカ、ポルさン」
ぼそっとつぶやくシェンに、ポルは少しだけ口角を上げてみせる。
『ええ。でも、そうね……まさか逃げてくる間に魔術を使うことになるとは思ってなかった。ちょっと堪えるわ』
王都南の城門を出た直後、大通りを避けながらがむしゃらに城下町を抜けようとしていたところ、たまたま城下町にある騎士団本部の脇の通りにたどり着いてしまい、憲兵に見つかりかけたのだ。
脱獄囚であるスティンを含め全員が目立つ格好をしているので、四人ぶん透過魔術を使ってすり抜けてくるしかなかった。予定外に体力を削られ、ポルは身体の芯に歩き疲れただけでは説明のつかないだるさを感じていた。
ともあれ、へばっていても仕方ない。ポルは足元にあった枯れ枝を適当に火の中へ入れて燃え上がらせると、
『でも、いいこともあるわ。いつもより美味しいものを持ってるの』
そう言ってカバンの中から三つ、ブリキの小さな箱を取り出す。シェンが興味津々に身を乗り出し、ルズアがちらりとこちらを向いた。
『缶詰、ですって。図書館のそばにこれを売ってる商人の方が通ってらっしゃって、珍しかったから買ったの。なんでも〝作物を畑ごと、魚を生簀ごと持ち運べる〟んだそうよ』
「どういうことでス?」
シェンが眉根を寄せる。
『さあ』
「さあ……?」
『それくらい美味しいってことなんじゃない? 開けて、炙って食べるって聞いたわ』
「ふうん……」
シェンは缶詰を手にとって、しげしげと眺めた。
「そもそもこれはどうやって開け――」
「おい」
突然ルズアが会話を遮った。寒さで丸まった姿勢でぴくりともせず、わずかな緊張感だけが伝わってくる。
「何か聞こえるぞ」
全員の体が強張った。四人が一斉に息をひそめる。
耳を研ぎ澄ませると、焚き火がぱちぱち弾ける音と風の唸る音が大きく聞こえた。そして、ポルたちは気がついた。かすかになにか、おー……と狼の遠吠えに似た音がする。
おー、おー……おー……音は不規則に鳴りながら、だんだん近づいてくるようだ。四人は顔を見合わせた。
獣だろうか? それにしては低くてがさついた声だ。鳥だろうか? それにしてはいやにはっきりしている。おー……おーぃ、おーい……
「おーい!」
人の声だ。
わかった瞬間、ルズアが焚き火を蹴って消した。周囲がふっと暗闇に包まれ、四人は同時に動く。
ポルが『隠れて』と手で合図すると、シェンがするりと木に登り、スティンはルズアと太い木の陰に隠れた。ポルはコートと手袋を脱ぎ捨てると、地面に敷いていたボロ布を一枚腰に巻き、もう一枚を頭からかぶって服と髪を隠した。
「おーい! そこに誰かいるのか!」
はっきり聞こえるところまできている。大人の男の声だ。
ポルはカバンを肩からかけ、中を慌ててまさぐり、王都に入る時シェンが持っていたガラスの十字架を引っ張り出した。かぶったボロ切れと十字架を胸の前でぎゅっと握って俯くと、木の茂みから踏み出す。
少し離れたところに、馬を二頭引き連れた騎士が二人。並んでこちらへ向かってきているのが見えた。鮮やかな青色の騎士団服が、もうほぼ日が沈みきった平原の闇にぼやけている。
ポルが男たちの方へ歩いて行くと、男たちは足を止めた。ぎりぎり互いの顔がよく見えないくらいの距離まで近づいて、ポルも足を止める。
「なんだ、巡礼者か」
右側にいる男が露骨にがっかりした声で言った。ポルは俯いたまま十字架を額にあてて、祈りの仕草をしてみせる。
「なあ、ランプ油持ってたら恵んでくれねえかな? 切らしちまってよ、灯りがねえんだ」
右側の男が手に持ったランタンを持ち上げてみせようとすると、左側の男が「しっ!」と静止した。
「巡礼者から物をもらったら罰が当たる」
「はあ……? なんだよ。しけてんな」
右側の男がため息をつく。今度は左側の男が一歩前に出て、
「このあたりを通られるということは、エコールを目指しておられるか?」
ポルはゆっくりと、大きく頷く。
「そうか。数日前、王都にある王立図書館で盗難未遂事件が起こったり罪人が逃げ出したりしている。まだ捕まっていないが、おそらく南の方へ逃れただろうということがわかっていてね。貴方も気をつけられた方がいい。遭遇したらどんな目をみるかわからん」
ポルはもう一度頷く。左側の男はそそくさと馬にまたがり、
「では、安全な旅路があるよう祈っている。神のご加護を」
馬に乗って元来た道を戻っていく。
「あ、おい! ちょっと待て!」
右側の男も慌てて馬にまたがると後を追う。二人は並んで街道の方へと遠ざかっていき、ほどなく風に紛れて見えなくなった。
ポルは二人の後ろ姿が離れていくのを確認し、再び木立の中に戻る。カバンを下ろしてボロ切れを脱ぐと、ルズアとスティンが木の陰から出てきた。
「騎士か」
『ええ』
隣に来たルズアに、ポルはため息混じりに返す。シェンの登った木からがさっ、と音がしたので見ると、シェンは木の梢の方まで登りつめていた。
ポルがコートと手袋を拾って身に付け、さっき地面に散らばった缶詰を片付けていると、再びがさがさっという葉音とともにシェンが降りてきた。
「あの人たちはどうやら街道に向かったようですネ。もう戻ってこないでしょウ。他に周りには誰もいませン」
『わかったわ。ありがとう』
ポルはボロ切れを地面に敷き直して、カバンからランタンを取り出すと、さっきと同じように灯りを点けた。
『もう火を焚くわけにはいかないわね。寒いからくっつきましょう』
ボロ切れの上にポルが座り、シェンがその横にぴったりくっついた。ポルがルズアのコートの裾を少し引っ張って、シェンのさらに隣に座るよう促す。文句を言う気力もないのか、ルズアは素直に座り込んだ。
一人残ったスティンが、立ったままそわそわと目を泳がせる。ポルはスティンをまっすぐ見上げて、ルズアとポルの間のボロ切れの上をポンポンと叩いてみせた。
「えっ……と」
スティンは余計にそわそわ身を縮める。ポルはスティンの手を引っ張ると、そこへ文字を綴った。
『そのままじゃ寒いわ。寝袋も毛布も足りないの。くっついてでも温まらなきゃ、明日までに凍えちゃうわよ。遠慮しないで。さあ』
ポルは冗談めかして微笑む。
「あ……ああ。そうだな……え、遠慮しない方が、いい良いのかもしれなあ……い」
スティンは寒さのせいか何なのか、呂律の回らない舌で引きつった笑いを浮かべながら言った。申し訳なさそうに背中を丸めながら、そうっとボロ切れの上に座る。
四人が背中合わせに円陣を組んだような格好になった。
ポルはカバンから毛布を二つ出して、一つをルズアとスティンに渡すと、もう一つにシェンと二人でくるまる。火を起こさないと缶詰は食べられないので、仕方なく王都で買った干しリンゴとビスケットを四人で回して食べた。
夜の帳に身を沈め、寒さをやり過ごすことしばらく。
風に晒された頰が切るように痛い。ランプの灯りは仄暗く、ポルの足元をぼんやりと照らすのみ。あたりは迫りくるように静かで、同じ草葉の擦れる音が延々と繰り返す。
寂れた木立の中、他の仲間たちと触れ合った肩や背中が、ほんのりと温かかった。ルズアとシェンは浅い眠りに落ちたのか、耳をすますと規則的な呼吸が微かに聞こえる。
ポルはコートのポケットから、そっとエルヴィーにもらった封筒を取り出した。高級な羊皮紙の封筒には、角に小さく王立図書館の紋章が箔押しされている。仕事用のものを適当に使ったのだろう。
「起きているのか、ポル嬢……」
左隣から、振り返らずスティンが言った。ポルは手袋を外して、スティンの手に綴る。
『ええ』
「す、少し眠ったらどうだ? 君が一番疲れているだろう」
『うん……なんだか眠れないのよね。慣れてないからかしら』
「え、あ……何に?」
『野宿にね』
ポルはほうっ、と白い息を吐いた。
数秒の沈黙。
スティンは抱えた自分の膝に目を落とす。
「姉さんの手紙には、何て?」
『そうそう、まだ最初のほうしか読んでないの』
ポルは紅色になった指先で封筒を開ける。
中からはまたも羊皮紙の、二つ折りになった薄い便箋が出てきた。広げると、やはり端に小さく王立図書館の紋章。急いで書いたのだろう、細くて遊び線の多い筆記体の文面は、激しく斜めになっている。
ポルは便箋をスティンに渡し、足元のランプを右手で掲げると、二人で手紙を覗き込んだ。
〝王都から南へ十キロ街道を下って、そのあたりから南南西へ逸れてまっすぐ四十キロ行くと、エコールっていう農村があるわ。そこで一番背の低い風車がある家に、私の知り合いマリアンヌ・エナ・ディーンと、燕宮っていう学者の夫婦がいるから、訪ねなさい。できるだけ急いで〟
『ディーン、さん……聞いたことある?』
ポルはスティンの顔を見る。スティンはついと目をそらした。
「あ、うん、そうだな……お二方の名前だけなら。姉さんがたまに話していた。燕宮殿はイースト大陸の文化を研究する学者で、その……とても風変わりな方なんだとか」
『まあ、それは楽しみね』
「ああ。でも……」
『でも?』
スティンは抱えた膝に顎をうずめる。
「僕たちはとんだお尋ね者だ」
『ええ、そうね……とんだお尋ね者になっちゃったわ』
「彼らに接触したら、その……ほら。その……彼らを困らせないだろうか? 面倒ごとに巻き込んでしまうかもしれない」
『うーん……』
ポルはランタンを足元に置くと、スティンからそっと便箋を取ってポケットにしまった。そして彼と同じように片腕に顎をうずめる。
ポルが文字を綴るスティンの手は、骨ばっていて細くて、かさかさで、温かい。分厚くて冷え切ったルズアの手とも、なめらかで硬くて丸っこいシェンの手とも、華奢でマシュマロのように柔らかいメルの手とも違う、控えめな優しさがあった。
ポルは天を仰いで、こみ上げてくるため息を飲み込んだ。
『でも、他に目指すあてがないわ。エルヴィーさんを信じましょう』
「そう……そう、だな」
スティンの声がわずかに震える。
『行ってみなきゃわかんない。行きましょう。もし門前払いを食らったり、面倒なことになったりしたら……その時考えるわ』
ポルはそう言って、片腕に顔を伏せた。目を閉じると、霧のように実態のない不安に少し蓋をしたような気分になった。
『あなたは眠らないの?』
「僕は、その……夜でも目が冴えるんだ」
『そう』
ポルはスティンの足元へランタンをそっと置く。
『眠れるように頑張ってみるわ。おやすみなさい』
「ああ、おやすみ」
耳障りな風の轟音の向こうから、くぐもったスティンの声が聞こえた。
**********
朝日が昇り、昼を過ぎて、夕焼けが平原を照らしはじめた。
まだ暗いうちに昨晩の木立の中を出発した一行は、さらに南南西へと、小刻みに休みながら進んでいた。
ポルを先頭に、四人は口数も少なくとぼとぼと歩く。
昨日ほど風は強くなく、遠くまで景色がよく見えた。ずっとずっと行く手の先に、動く綿雲のかたまりが、赤金に染まって地面の上をうごめいている。羊の群れだろう。
ゆっくり地平線の方向へ遠ざかって行く羊たちは、疲れで霞んだポルの目には、空に低く浮かぶ本物の綿雲とまざりあって妙に神秘的に映った。
ポルが手袋をはめた手で目をこする。ぼやけた視界が少しはっきりして、羊たちの向かった先に、枯れ草の色に紛れてぽつりぽつりと小さな風車や家が建っているのに気がついた。
羊がいれば当然羊飼いがいるものだろう。あの風車の集落が、農村エコールに違いないと、ポルは確信した。というより、どう考えても今のままこれ以上進むのは無理だ。あれがエコールであってほしいと、ポルは心の底から願った。
さらに数時間歩いて、遠かった風車小屋が目の前に見えてきた頃、ちょうど日が沈んだ。
ハーブ酒をぶちまけたように澄んだ太陽の残灯で、地平線があやしく浮き上がる。空の反対側からは、ぞっとするほど大きい橙色の月がこちらを見下ろしていた。
満月なのは幸運だ。月明かりさえあれば、夜になっても一番低い風車の家を見つけられる。
来た方向から最も近い風車の横を、四人はえっちらおっちらと通り越す。するとその先にあったのは、何もない草原の上へてんでばらばらと窓明りを散りばめた、小さな集落だった。
木と石の質素な家々の隣には、どこにもそれぞれ黒い風車の影がぬっと立っている。耳を澄ますと低く唸るような牛の鳴き声、人と聞き違える羊の声、ぎゃんぎゃん空気をつんざく犬の声がよく聞こえた。
足もとを見れば、少し離れたところに、申し訳程度に砂利を敷いただけの小道が集落の中心へ向かっている。ポルたちは誰からともなくその道を踏んで、集落の中へ進んだ。
目を凝らして通り過ぎる風車の高さを比べながら、じゃりじゃりとポルは歩く。たまにびゅっと強い風が吹くと、家畜の臭いがつんと鼻をついた。
どの家の風車も、遠目に比べられるほど高さに違いがない。そのうえ家がまばらなせいで、どこまでが集落なのかわからない。
本当に目当ての家は見つかるのか? 全員の引きずるような足音を後ろに聞きながら、ポルはいらいらし始めた。その時、
「ポル嬢……あ、あれじゃないか?」
スティンが自信なさげに言った。他の三人が、ばっと振り返る。
彼が指差した先、ここから少し遠く離れたところに、一軒の家と風車。こんな距離からでもよくわかる、その家は明らかに他の家の倍くらいはある大きさで、対して風車は他の家より一回りも小さかった。
ポルはうんうん頷くと、すぐに方向転換して足を速める。他の三人の足音も同じように速くなったのが聞こえた。
正面に見える家まで、あと少し。
あと数百メートル……あと、イース河の橋と同じくらい……気が抜けたからか、目的地が見えた途端に自分でも驚くほど体が重くなった。
イース河の橋って、こんなに長かっただろうか。いつも急いで通っていたから、長さの割に短く感じたのかもしれない。初めてあの橋を渡った日は息切れするほど走っても身体が軽やかだったものだ。今思えば商店街を、スラムを、屋敷中を、日がな一日走り回って――夕暮れ前の裏路地、行く手に見つけた赤毛で小柄な人影が、今でもすぐそこにはっきりと見えてくるようで……
「おい」
後ろからの声と同時に、ごちっ! と頭から固いものに突っ込んだ。かっと目の前に星が飛ぶ。
我に返ってみれば、ぶつかったのは目指していた家の門だった。
太い丸太を地面に打ち込んだだけの素朴な門と、そこから横へ続く木の柵にはつる植物が絡まって葉を茂らせている。
振り返ると、すぐ後ろで眼光をぎらつかせたルズアがこちらを見下ろしていた。
「どこ見てやがる」
鳥肌が立つような低音で言い放つと、ルズアはポルのコートの首根っこをむんずと掴んで、門の前に放り出した。一瞬首が詰まったポルは咳き込みながら、力の入らない足を踏みしめる。
さっきは歩きながら白昼夢か幻でも見ていたらしい。本物のルズアの刃のような視線に晒されると、いやでも危機感で頭が冴えた。
突然近くから、おん、うおおん! と野太い犬の声。
ポルが眼をすぼめて見ると、淡く月明かりに満ちた横広の庭の奥に、木造りの大きな平屋がどんと景色を遮っている。小さな窓からちろちろとのぞく暖かい光に照らされて、ポルの正面にある玄関戸の前に大きな犬の影が動いていた。
わおおん……と遠吠えのような声をあげながら、犬の影がこちらへやってくる。ゆっさ、ゆっさ、と揺れるそのシルエットは、まるで怪獣のように巨大でずんぐり丸い。
犬が玄関戸から半分くらいの距離にまで近づいてきて、後ろでシェンが半歩引いた足音がした、その時だった。
からりん、とカウベルの音がして、奥にある平屋の玄関戸が開いた。
「どうした? スターナ」
さらりとしたアルトの女声。玄関戸の奥から、小さな手提げランタンの灯りがゆらりと出てきた。
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