第6話-終わりのお話

事件から数ヶ月。

メディアたちの騒ぎが収まってきた頃、彼女たちは家に備え付けてある地下で密かに暮らす生活を終わらせた。絵師の騒動を知っていたとても親しい友人達にその家に引っ越ししてもらって。

彼女たちに関係のないと思われる人たちがシェアハウスしているとなればメディアもそうしつこくはしてこないだろう。


父と母の葬儀は密かに行われ、両親の肉は彼女ら姉妹が食べた。

赤く紅く、静かでとても厳かだった。

最後の一雫まで、大事に頂いた。

「ありがとう、ご馳走さまでした」

小さな声と共に溢れた雫は涙なのか、血液なのか、緋音も涙音も知らないフリをした。理解しようとしなかった。

これで、現実を割り切る為に。



「いやぁ、それにしてもビックリだわー!」

緋音の親しい友人、黒成-クロナリ-が酒を持って飲めや歌えやと騒ぐ。この広い家に女2人というのもなかな寂しかったものだ。

「しかし、絵師の能力ってやべぇのな!小説が捗りそうだわ!!」

引っ越してくれた友人達は全部で7人。絵師である者もいるし、小説家を目指す者、普通の人もいる。

この家は広いがそこまでではないので一部屋2〜3人ずつ使ってもらうことにしている。

「分かってるとは思うがマイシスターに手を出した奴はその日のうちに俺の飯になってもらうからな」

「よぉし!どうなるか試してみようじゃねぇか!!」

緋音の声にわざとらしく立ち上がった彼、斎-トキ-はいとも容易く緋音の悪魔羽によって薙ぎ飛ばされる。

「ぐっは……俺も絵師なったら、そんな能力使えんのかな……」

「うーん、練習とイメージ次第なんだよなぁ……」

ぶっ飛ばされて壁に激突しながらも細々と呟くトキを見つめながら緋音は呟く。

「はー、能力者とか超憧れるし、小説の再現できるじゃーん」

「僕は、あんまり戦闘向きの絵じゃないので戦うの嫌ですけどね……」

このグループで小説を書きあっているんだから、とトキの声に小さく反逆する秋夜-シュウヤ-。彼は絵師ではあるがオモテ面は争いを好まない。

「裏シュウヤを知ってる身としては、嘘だぁそれ……」

このグループのリーダー格。仁-ジン-はシュウヤを真っ向否定。

「うるせぇ黙れ、嫌なもんは嫌なんだよ!」

「ほらな。」

シュウヤの能力、シャーペンの柔らかいタッチの線がジンを拘束する。拘束されたジンは納得顔である。

「いや拘束されたままゲームできんのお前……そっちのがすげぇよ……」

ミリタリー好きの六花-ロッカ-はサバゲー用のエアガンを弄りながら、拘束されたまま両手に持つゲームを続けられるジンに呆れ顔をする。

「でもまぁ、戦わなくても画力は努力次第で上がるわけっしょ?」

少しずつ絵の腕を上げている菅野-カンノ-はオリキャラを描きながらやんわりと仲裁に入る。

「まぁそうだけどね、よく一発当ててやる!って勢いで他の絵師が襲ってくるんだよね……」

絵師との戦闘が絶えない緋音は、既に諦め顔である。

「その割に誰かさんのグロい小説が出来上がるとテンションクソ高ぇじゃねぇかお前」

壁に叩きつけられた痛みから回復したトキは緋音の肩を叩く。

「だってグロいのいいじゃない!」

「此処には変人しかいないのか」

緋音の元気な声に涙音は無表情で語る。

「妹ちゃん、大丈夫、人類皆変態」

諭すように緋音の妹、涙音の肩を持ったトキを緋音が蹴り飛ばす。

「マイシスターに変なもの教えんな」

「(壁に激突)本日2回目ェ……」

壁に飛んできたトキを淡々と避けた無口な友人、鷹-タカ-はトキを介抱しながら口を開く。

「そういや、他の絵師達も俺らみたいにグループを作り始めてるんだってな」

「そういや、そんな情報があったかねぇ」

緋音はおばあちゃんのような口調で笑う。

そういえば最近は、絵師は親しい者同士でグループを作って少しでも絵の上達を計ろうとしたり、絵師狩りから身を守ろうと計っているそうな。

「ここにゃ、多少なりとも模写するやついるし、銃を描く奴もいるし、自分の絵柄を持つ奴も、俺とマイシスターもいるから結構大丈夫そうだけどねー」

「呑気だな……」

先程まで飲めや歌えやと騒いでいたクロナリは不安そうな声を出す。

「俺は楽しく暮らせればそれでいいのよ」

瞬時に赤く伸ばした鋭い爪を眺めて緋音は笑う。

「そんな才能が欲しいよ…」

クロナリは絵師でもなければ勉強が出来るわけでもない。

「ちゃんと仕事もしてるし、家の家具も作ってもらってるし…問題ないんだけど?」

「わぁだって能力欲しいじゃよー!」(津軽弁:俺だって能力欲しいよー!)

「家具作れるだけでも大したモンだと思うゾ」

津軽弁丸出しで暴れるクロナリにロッカは「ほら飲めよ、ヤケ酒だ」などと言いながら、口にゴボゴボと酒を注ぎ込む。

「ゴボゴボッがほっ、ゴボッ、やめッ……死ぬじゃよッッ!!」

「おぉ、すまん」

ロッカの手を跳ね除け、鬼の形相でキレるクロナリ。

本当、この仲間たちは楽しい。


「ところで…今日の買い出し当番と飯当番誰だっけ……?」

「あ、」

引っ越してもらったとはいえ、シェアハウス。食事の買い出し当番など決めようと言っていたのは、緋音本人である。が、決めるのを忘れていた。

「あー、初日だし…買い出しも飯も俺が作るか……」

「初日の飯当番はクロナリが良かったァ……」

緋音の発言を聞いて、数人がガッカリする。クロナリは料理が上手い。いや美味い。(上手いこと言ってんじゃねーよ。) 故に、初日はクロナリの料理を望む者が多かった。

「んじゃ、買い出しは俺で、飯作るのはクロナリだな」

そんなこんなで、担当は簡単に決まった。

(俺の料理は恐らく、相当グロテスクなナニカだと思われてるね/(^o^)\)



あの事件から数ヶ月。

とあるSNSでは、少しずつだが「神絵師」と呼んでくれる人が増えてきていた。嬉しいことだ。

あの神さま大好き無断転載男はその「目」以外にはなんの経験値も無く、まさにゲームで言う特定のアビリティ入手に必要なだけの特殊モンスターだった。

姉妹で一つずつその目を喰らった。

お陰で、モノを見る目は非常に良くなった気がする。模写してその絵の何処が良いとか、どこを真似すれば自分がもっと上手くなれるとかそういうのが見えてきた感じだ。

そして、攻撃を見切る「目」も格段に良くなった。

「きひひひひっ!」

今日も絵師との戦闘。相手の大きく横に振り切った腕を、獣のような姿勢で素早く躱す。

この瞬間の敵の懐はガラ空きで、今日もまた良く切れる黒い悪魔羽でハサミのように相手の身体を貫き、引き裂く。

「がッぎゃアァァァァ!!」

抉られた身体から飛び散る赤黒い飛沫に、飛び出る長く不規則なカタチの臓腑。肉片。

「くくくっ」

血に濡れていく顔。血に染まる服。

相手の戦闘不能を知ると同時に立ち上がり、上げた顔からポタポタと滴る血。

血のように紅い瞳に細長い動向。三日月のようにグニャリと歪んだ口元から見える鋭い牙が魅せる恐ろしい笑み。

神絵師と呼ばれた悪魔。

「くけけけけっ!きゃひゃはははははは!!」

不思議で甘美でなんとも言えない音階の悲鳴。綺麗な赤い色をした血。飛び散る不思議なカタチの臓物に、怯える大きな瞳。ガチガチと震えながら音を出す引きつった口。

溢れる生命はダラダラと流れ続け、周囲にその池を作る。

脳裏に焼きつくようで心を抉るような、深い深い茹だるような あか 。

ケタケタと笑う緋音にとっては、その全てが面白く、大好きで愛おしいものだった。

「絵師の画力にレベルの差がありすぎると逆に神絵師に取り込まれるって、知ってる?」

腹が大きく抉られてしまった身体の持ち主は、涙を流し、震えている。絵を描く気力もない。

ただ、死にたくないと首を振る。

もう、助からないことは知っているのに。

悪魔はまた大きく笑った。

「今日の晩ご飯は、お前だね」


夕暮れの茜に響く、耳をつんざくような断末魔。

辺りに撒き散らした赤黒い血色。

フワリと舞う、

緋音-あかね-という名の小さな悪魔。


どうせだから、皆で囲める鍋にしようと買い出しの内容は野菜と出汁、鶏肉のツミレだった。

そして、思いもよらず絵師の肉が手に入った。

「これはこれは、楽しい楽しい闇鍋に…いや、肉鍋になりそうだわ」

ぐちゃぐちゃにぶちまけた内臓と赤い血溜まりを見て悪魔は笑う。

悪魔は神様が楽しむために作ったゲームなどに興味はない。

楽しく暮らせればそれで良いのだ。

大好きな妹と仲間と。

楽しく幸せな日常を描く。

大好きな緋-アカ-に塗れて。


そして、

神絵師は今日も肉を喰らう。

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神絵師は肉を喰らう でびる @Devil

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