3-3:魔王、遊興する
先日の千歳と遊園地に遊びに行って数日が経ったその日、
そこは薄暗い照明と等間隔に配置された筐体から発せられる色とりどりの光が辺りを照らし、また耳を
「ククク……ッ! カズマよ、我が新しき軍勢の力はどうだ! 恐れ
「……お前、よくここまで鍛え上げたな」
「良い反応だ、貴様にこれを見せた甲斐があるというものよ……!」
映し出されるルーの軍勢はあらゆる状況に対応可能な層の厚さを誇り、またいずれも一騎当千の猛者共である。
ルーの軍勢は瞬く間に相手を打ち破り、敵の本陣へと突入、そのままルーは敵を滅ぼす。途中、敵はルーの侵攻を阻もうといくつかの策を張っていたようだがルーはその全てを看破しており、為す術もなかっただろう。
正に完勝、かつて異世界を滅ぼさんとしていた魔王の片鱗がそこにあった。
一馬はその光景を見て固唾を飲んでいた、その可能性自体は一馬の脳内に存在していたがそれでもルーがここまでの戦力を鍛え上げているとは思わなかったからである。
この域にいたるまでルーが一体どれほどの犠牲を払ったかを考えると一馬は戦慄せざるを得なかった。それほどまでに今のルーにこの軍勢を揃えることは無茶なことであったのだ。
そして一馬はルーに対するある種の畏敬にも似た感情を込めて言葉を続ける。
「というか、それ実装されたばっかだろ……それをよく鍛え上げたな」
「魔王たる我にとっては造作も無い、我がやると決めたのだ。出来て当然である」
一勝負を終えたルーは満足した表情で一馬の相手をしつつも並べられたカードをカードケースの中へ収納していく。
その内の一枚を一馬は手にとって眺めた。そこに書かれているのはエキゾチックな恰好をした女性が描かれており一馬の感性で言えば若干エロい、一馬が異世界転移している間に実装されたものだ。
つまり現在の一馬とルーはゲームセンターにいる、今まで二人が何をしていたかと言えばいま流行のカード使用タイプのゲームで遊んでいたのだ。厳密に言えばルーが遊び、一馬がそれを眺めている形である。
「……で、いくらかかったんだ」
一馬は手に持っていたカードをルーに手渡し、それを尋ねる。
以前に持っていたカードならばいざ知らず実装されたばかりのカードですらかなりのレベリングが行われていたのだから一馬としては気にならない訳がない、正直に言って聞くのが恐ろかったが。
ルーはその一馬の問いに対し一馬を見ず、明後日の方を見て答える。その目は満足した者のようであり、虚無を前にした者のようでもあった。
「……我が魔王軍の資産の大半を吐き出す羽目になった……そのことは我も思い返したくはない、思い出す度に手足が震える程だ……」
詳細を語ることをルーは避けたが、それゆえに尋常ではない課金額を物語ってもいる。
ワンプレイの金額とリザルトの獲得経験値、現在のルーのカードの総経験値を計算して一馬は課金額をはじき出そうとしたがかなり怖いことになりそうだったので考えるのを止めた。
そしてもう一つ一馬には気になることがあった。課金額と同じくらいの脅威とも言える存在についてだ。
「お、お前……よくそれで千歳に怒られずに済んだな……」
一馬のその言葉にルーは首を横に振り、苦渋の表情を浮かべた。
「いいや、怒られた……ものすごく、チトセに怒られた」
「……ああ、やっぱり」
千歳は基本的には相手を尊重するのだが、それが明らかに行き過ぎなものに関しては途端に厳しくなる性質である。無論、この場合は行き過ぎなのは間違いない。
当然、ルーの異常な課金を知った千歳は放っておかなかっただろう。その様子を一馬はありありと思い浮かべることが出来る。
「……実に業腹なことではあるが今はチトセが我が魔王軍の予算を握っているというわけだ」
そう語るルーには不服の色が隠さずに現れていた、しかしそれはルー・ザイフという存在を考えればそのようにならざるを得ない話だった。
生来より魔王としての性質を有しているルーは所有欲を始めとした支配欲が極めて強い、そのような存在が自分のものを自由に扱えないというのは尋常ならざるストレスとなるのは想像に難くない。
その決定に対しルーは魔王たる実力を以て対抗することも考えたが千歳にはジゼルとフォリアがついていたのであまりにも分が悪かった。それに千歳の対応はこの世界の常識に考えれば極めて真っ当なそれである、ルーは泣く泣く従うこととなった。
「見よ! 今日もこれっぽっちしか寄越さなかったのだ! これでは何回遊べるかどうか……」
「まぁ、仕方ねえだろ。そんな遊び方は千歳は許さねえからなぁ」
ルーが一馬にみせた軍資金は完全に子供のお小遣いレベルのそれであった。さきほど遊んだ分を足したとしてもそう大したものではない。
一馬もまたルーのその姿を見れば千歳と同じことをしただろう、破滅的な散財をする子供には管理するものが必要である。
そのようなことを一馬は考えていたが、ルーがなにかいいたげにこちらを見ていることに気付く。
「ということでカズマよ……少し良いか?」
「……嫌な予感がするんだが」
普段から傲慢な態度であるルーが、しおらしくこちらに頼み事をするなどろくでもない事の前兆としか一馬には思えなかった。
とはいえ本当になにか重大な問題が起きて一馬に助けを求めている可能性もある、一馬はまずそれを確認してから判断しようと考える。
なお魔王が助けを求める案件などまたろくでもないことなのだろうと思うのだが、真面目な話であればそれは仕方のないことだ。
「我の代わりにこの店への支払いを任せる栄誉を与えてやる! ありがたいと思うがいい!」
「なに言ってんだ、ルー。俺をバカにしてんのか?」
そしてルーの頼みごとは極めてしょうもなく、ろくでもない方であった。
知り合いから遊ぶ金を無心する魔王など先代の魔王が見たらなんと思うだろう、少なくとも一馬だったら死にたくなる話だった。
「いや……正直、言って相当厳しいのだ……switchを代わりに購入してやっただろう? その礼としてだな……」
「つか、そもそもそのswitch代はお前どうやって捻り出したんだよ」
この間のことを持ち出してルーは一馬に交渉を試みるが、当の一馬としては今までの話の流れから考えれば思い浮かぶ疑問の方へ意識を割いていた。
switchを購入したのはつい最近のはずである、千歳の資金管理がswitch購入後であればルーもここまで困窮はしていない、となればそれ以前から管理をされていた方が自然だろう。
「フ……もちろん、それは臨時資金よ。緊急時にいつでも使える費用を用意しておくのは当然だぞ? おかげで資金は底を尽きてしまったがな」
「なんでお前そんな妙なところはしっかりしてんだよ」
金銭感覚においては緩くとも、妙なところは抜け目のないルーに一馬は呆れていた。そこまで考えられるのであればこんな事態に陥ることもないだろうに、と思わざるを得ない。
「ということでカズマよ、我に借りを返すが良い! 我に借りを作ったままでは気持ちが悪かろう! ……いや、本当に頼む」
「はぁ~~~~…………っ」
深々と頭を下げるルーを前にして一馬は大きくため息を吐き――
「俺もそんなにあるわけじゃないから、少しだけだぞ」
ルーにいくらか小遣いを渡すことを一馬は決めた。
一馬としてもswitchの借りを返さなければならないし、なによりもルーの今の姿はあまりにも悲し過ぎた。かつて世界の命運をかけて戦った魔王の後継者のこんな姿は見たくはなかった。
「フフッ! 流石は我が宿敵、そう来ると思っておったぞ!」
「お前、本当に調子いいな」
しかしそんな一馬の悲しみはルーには伝わらず、それどころか一馬がその気であることに素直に喜ぶ始末である。
一馬としては異世界の魔王がそんな調子でいいのかと思わず突っ込みかけたのだが明らかに藪蛇なので何も言わなかった。
この話題も変えたほうがいいと考えた一馬はふと脳裏に過ぎった疑問を口にした。
「そう言えば、お前今はどこで働いてんだ? いい加減、フォリアとかから小遣いもらってるわけじゃないだろ」
当たり前の話ではあるがアパートに住む異世界の住人はそれぞれ何らかの手段で金銭を得ている。
この間、連れてきたシャルを除いて一馬が把握している限りではミリイはアイドル、ジゼルは読者モデル、そしてフォリアは資産運用という形でそれぞれの生活費を稼いでいた。
中でもフォリアは僅かな期間でかなりの投資家になっていたため生活基盤が整っていないルーの支援をしていたのである。
「むむ……その話を持ち出すか。まぁ、あまり話はしたくはないが我としても穀潰しの誹りを受けたくはないので話してやろう……」
「その口ぶりだとちゃんと働いているみたいだな」
「当然よ、我としてはずっとごろごろしていたかったのだが色々うるさくてな……特にジゼルの奴が」
その光景も一馬には容易に想像出来た。
不真面目そうなギャルを装っており、その価値観は一馬の理解できないものであっても、根本的な部分は真面目な性格である事には変わりないためそこのところは千歳よりも遥かに五月蝿いのだ。
それは同じ異世界の住人だからこそはっきりと言わねばならないとジゼルは思っているのかもしれない、などと一馬は考える。
「あいつはそういうの一番気にするよな……で、どこで働いてんだ」
「喫茶店よ」
「ん?」
一馬はルーが何を言ったのか理解ができなかった。
ルーはいま何を口走ったのだろうか、と一馬は思った。喫茶店と聞こえたような気がするが聞き間違いだろう、とも思う。
「駅の方にある喫茶店だ、ここからでも近いぞ」
「ちょ、ちょっと待て……待ってくれ……」
どうやら聞き間違いではなかったらしいのだが、この事実に一馬は困惑する。
こんな非常識のような奴が喫茶店で本当に働けるのだろうか、またルーは自分をからかっているのではないかと疑ってしまうのも無理は無い話だろう。
「え、えぇ……お前、接客できんの……?」
まず第一の疑問はそれであった、普段から一般から見て厨二病と思われるような発言するような奴が満足に出来るのだろうか、それ以前にルーのような奴をよく採用したなと一馬は思った。
ルーの外見だけを見るならば一馬から見ても美少女のそれではあるが、明らかに周囲から絶対的に浮いてしまうものだ。それに普段の厨二的、魔王的言動を組み合わせれば厄介な存在として受け取る人は多いだろう。
「カズマは我を何だと思っているのだ……我は魔王だぞ、人の身で行えることなぞ容易く出来るわ。マニュアルもあるのでな」
「じゃあ、お前『いらっしゃいませ~、何名様でしょうか』とか『ありがとうございました、またのご来店をお待ちしております』とか言うのか……?」
「当然であろう、カズマはバカなのか?」
その一馬の疑問をルーは愚問であると一蹴した。
いくら異世界の住人であり、魔王であったとしてもマニュアルがあるのならルーにとっては容易いことだろう。それほどまでにルーの
確かに要素要素を抜き出せば納得できる材料はあったがだからといって一馬は納得出来ずに頭を抱える。
「全然、想像できねぇ~……ッ!」
「ええい、いちいち五月蝿いぞカズマ。だから話すのが嫌だったのだ」
ルーがあまりこの話をしたがらなかったのは一馬がこういう反応をするであろうということが容易に想像できたためである。
一馬にどのように思われてるかはルー自身はおおよそ把握していたが、それでも実際にこうのような反応をされてはあまり気分がいいものではないためだ。
そんなルーの感情を読み取って、一馬はすぐに己を切り替えることにした。
「……悪い、ところでルーはそれで口調を改めたりとかはしねえのか?」
「は? 何を言っておるのだカズマは。何故、我がそんなことをせねばならぬのだ」
それはマニュアル通りに接客出来るのであれば今の口調も直せるだろうと思っての一馬からの提案だったのだが、ルーにとっては理解しがたいもののようだった。
「いや、そういう話し方できるんならそうしたほうがいいだろ」
「愚かな……我が軍勢を維持するためならば汚泥をすする覚悟もしよう。だが何故、我が貴様らに
「お、おう……つか、お前そこまでして働くのは嫌か」
いくら出来るからと言って勤務外でも同じように振る舞えと言うのも暴論ではあったため、一馬はルーの言い分に納得する。
とはいえまさか汚泥をすする覚悟とルーに言わしめるほどに労働に対して拒否感を持っているとは一馬自身思っても見なかった、なので一馬は思わず聞き返してしまう。
「愚問よ、何が楽しくて人間風情の下につかねばならんのだ……我はもっと、こう、崇高な場所から下々の者共を扱うような仕事が相応しい。なにしろ我は魔王ゆえな」
「その台詞、めちゃくちゃ駄目な奴っぽいぞ」
完全にルーの言い草が駄目人間のそれであったが、ルーが魔王であるということを知っているのであればそのように言うのも理解が出来る話と言えよう。
しかしだからといってそれでルーに対する駄目人間のようだという一馬の感想自体がなくなるわけではない、それはそれという話である。
「ええい、これで十分な説明はしただろう、この話は終わりだ! では続きをするぞカズマ、早く軍費を我に寄越すのだ!」
そしてルーは一馬への説明責任を果たしたと言わんばかりに話を打ち切った、強引な話の切り方からして限界だということが分かる。
だがルーがここまでしたくはない話に付き合ったのはそれは一馬への誠意によるものでもあった、不快であるならばルーはそれを話さない事も出来たのだから。
一馬もそれを理解したからこそこれ以上の言及はせずに、それに乗っかることにする。
「お前な……まぁ、いいか。これだけだぞ」
「クククッ! 分かっておる、これでこの後の時間を如何に潰すかの計画も既に立てておる――ああ、そういえば我もカズマにひとつ聞くことがあったことを思い出した」
一馬からいくばくかの軍資金を受け取り、ルーが意気揚々と別のゲームの筐体へ向かおうとしていたその時だった。
ふとそれを思い出し、ルーは一馬に振り返ってそれを尋ねる。
「――結局、カズマはいつまでそうしているのだ? なにとは言わぬがな」
そう、ルーは最後に尋ねてきたのだった。
俺が異世界転移から帰ってくるといつも幼馴染がやかましい 大塚零 @otuka0
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