3-2:守護神竜、食事する

「はー! 今日は助かったよカズマ、ありがとー」

「まぁ、お前相手だったらこんなことになると思ってたよ」


 先日の千歳と遊園地に遊びに行って数日が経ったその日、鳴雨一馬なるさめかずまはジゼルとともにデパートへと足を運んでいた。

 共にデパートにいる理由はフォリアと同じく最速異世界救済に協力してくれたジゼルへの報酬である、ジゼルの要求は一馬に買い物に付き合ってもらうことだった。

 その付き合いついでという訳ではないが現在の一馬はジゼルの荷物持ちとして一緒に店を巡り終わったところであり、一馬の両手は衣服が入った袋で塞がっている。


「しっかし、お前相手に荷物持ちは必要ねえと思うんだが……」


 一緒にいる相手の外見はどこにでもいそうな女子高生のギャルであったがその本性を一馬は考えるとそう思わざるを得なかった。

 なにしろジゼルはドラゴン、それも世界の管理者という役目を担っていた守護神竜なのである、ダンプカーすらも容易く持ち上げるほどの腕力の持ち主に荷物持ちなど必要ないだろう。

 ジゼルはそんな風に考え込んでいる一馬をみてから、ため息を吐く。


「カズマってば分かってないな。こういうのは一人で買っても楽しくないじゃん」

「あー、まぁ、誰かとあれこれ言うのは楽しいってのはわかるな……って俺が連れてこられたのはそういうことかよ」

「そーいうことっ……ということでカズマも千歳と一緒に買い物に行くぐらいはしなさいって」

「えぇー、なんでここで千歳の名前を出す……あとあいつと最後に買い物とかって小学生の頃に駄菓子屋行ったくらいしかねぇぞ」


 千歳との買い物の記憶といえば小学校低学年くらいの時に駄菓子屋によく行ったくらいだ。

 それでも一馬が思い返してみればくだらない玩具や駄菓子をあれこれ言って買って遊んだりして楽しかった覚えがあるのだが、なにぶん昔の話であるがゆえに今の年齢での関係性に関して何らかの役に立つかどうかと言えば疑わしいだろう。


 なおその時の駄菓子屋はもう潰れてなくなってしまっており、駄菓子屋があった場所にはビルが立っている。


「あのねぇ……千歳も年頃の女の子なんだからそういう風に扱ってあげなさいよ」


 性差の区別が曖昧な頃の話を持ち出す一馬にジゼルは呆れてしまった、同時にジゼルはそんな調子だからいつまでもああいう感じなのだなぁとも納得もする。

 どちらがどうという話でもないのだろう、おそらくはお互いにそのままの関係性で年月を重ねてしまっているのだ。


「なんというか……ジゼルにそういうこと言われたくねぇなぁ……」

「カズマってホントあたしに失礼ね」


 一馬の正直な感想に対して、ジゼルは非難がましい視線で答える。

 実際、ジゼルに対して失礼な話ではあるのだがそうも言いたくなる一馬の気持ちも分からなくはないだろう。

 別に差別や区別というものではないが異世界の管理者であった守護神竜にこの世界の一般的な女子高校生の習性をさも常識という顔で語られては突っ込みのひとつくらいは入れたくなってしまう。

 相変わらず一馬としてはどうしてこのようになったのか疑問ではあるが、ジゼルの言うことも最もではあるので突っ込みはそこで止まってしまうのだった。


「いや、失礼にもなるだろ。人が遊んでるの覗くな」

「いや、覗いてたのあたしだけじゃないし。みんな同じようなもんだし」


 ジゼルは一馬に向かっていけしゃあしゃあとそんなことを言ってのけた。

 被害者である一馬から言わせてもらえば、だから何だという話ではあるのだが、ジゼルが言いたいことはつまり責め立てるのであれば公平に行なえということなのだろう。

 実際のところ一馬にフォリアとミリイに同じような対応をできるかと言われれば難しい話ではあったのでつい黙ってしまった。


「まぁ、それはそれとしてちょっと一休みしよっ。あそこの店、気になってたんだー」

「それはそれとして……じゃないだろっ。おい」


 ジゼルはその隙に店への方へと歩き出し、一馬がそれに気付いたときには店へと入ろうとしているところだった。

 フォリアに負けず劣らず、ジゼルもまた本当によくこんな風に変わったものだと一馬は思う。


「店って……おいおい、あそこかよ……」


 ジゼルが入ろうとしている喫茶店を見て一馬は絶句した。

 その店は白を基調とする装いで清潔感がある、軽く店内を覗いてみれば可愛らしい小物やインテリアが要所要所に置かれており、店の想定する客層からすれば心地よい空間を作り上げている――一言で言うのならお洒落な店であった、それも女性向けの。

 一馬としてはこういう事態でもなければまず入らない店である、はっきり言ってかなり入りづらい。


「そう、ここ。結構、トモダチからの評判いいらしいんだよねー」

「あと、そろそろいいかげん突っ込むけど……お前、角出てるぞ」


 入る気満々のジゼルにようやく一馬は突っ込んだ。

 一馬の言葉の通り、ジゼルは今の今まで頭の角を生やしたままである。平然と買い物をしていたため今の今まで機会がなかったのだが、いい加減突っ込まざるを得ない。

 いつもなら隠していた角をどうして今は生やしたままなのか、何を考えての行動なのか一馬には分からなかった。

 そんな一馬の困惑に対してジゼルはと言えばようやく聞いてくれたか、と言わんばかりの浮かべる。


「ふふっ! あ、これわざとだから、サイキョーモテカワドラゴンコーデっ。カワイイっしょ!」

「やべぇ……どこから何を突っ込んだから良いか分かんねぇ……ッ!」

「最近、流行ってるから大丈夫! つかあたしが流行らせたし!」


 ジゼルはそう言うと目の前の喫茶店に入っていった。

 このジゼルの発言はジゼルがどんな存在かということを知る一馬にとっては狂気としか思えぬものだ、そんな流行りなどあってたまるかと一馬は思う。

 しかし現実は非情であることを一馬は知っていた、それはここへ来るまで誰ひとりとしてジゼルの異様な角に反応しなかったことを見ているからである。

 それどころか謎の角ファッションを時々見かけるほどであり、その度にアレは何だと思うくらいだった。


 一馬は度々異世界転移するために世の中の事情に疎い上に、全く異なる文化圏である女子ファッションのことなど知る由もないが現在の流行スタイルとしてドラゴンコーデは受け入れられていた。

 これはファッション雑誌の読者モデルとして活躍しているジゼルによる仕掛けであることは言うまでもない。

 当然それを知らない一馬はただただ困惑するばかりであり、やがて一馬はいくら考えても答えが出ないことを悟って考えることを止めた。


「こ、こいつ……だめだ、完全に何言っても無駄だ……諦めよう」


 そうして一馬はくらくらとする頭を押さえながらジゼルの後へ続いて、喫茶店へと入っていったのだ。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「んーっ! ちょーカワイイーしー」


 ジゼルはそう言って携帯電話スマートフォンを取り出し、店員が持ってきたばかりのパンケーキテーブルを撮り始めた。

 幾重にもパンケーキが折り重なり、その上には生クリームとフルーツが綺麗に盛り付けられ、彩り鮮やかなソースがかかっていた。見目麗しいそれは確かに写真に収めたくなるものだろう。

 そんなジゼルの対面に座っている一馬はと言えば、その様子を困惑した表情で眺めていた。


「お、おう……お前、なんというか……やっぱ一年でそうなるのおかしいだろ……」

「まーまー、気にしない、気にしない。食べよ、食べよ」


 この世界にやってきて一年ほどしか経っていないジゼルのこの適応力の高さに困惑する一馬をよそにジゼルはパンケーキを食べようとナイフとフォークを持つ。

 そのパンケーキを食べようとするジゼルの気配を察した一馬もまたナイフとフォークを持った、本当に一々突っ込んでいたらキリがないのだから。

 ちなみに一馬は知らないことではあるがジゼルはこの時の写真をSNSへアップしていた。その事がきっかけでちょっとした事が起こるのだがそれはまだ少し先の話である。


「んー、甘くておいしーっ。ふわふわしてるー」

「うーむ、想像よりも甘さ控えめだな。あまり重くもないし、ちょうどいい感じ」

「結構、評判よくてさー。来てよかったよー」

「確かに評判がいいのは分かるけど……」


 一馬が店内を見渡すとやはりというか女の子ばかりである。男の姿を見つけたとしても異性を伴っているカップルであり、男客だけという席は存在しない。


「しっかし、女とカップルしか居ねえな。こんな機会でもなければ来ることなかったな……」


 当然ながら一馬はものすごい居心地が悪かった、この感覚は中三の時にエルフの国であるルーフェルトに乗り込んだ時に似ているだろうか。あの無言ではあるが排他的な圧力を一馬は肌で感じ取っていた。

 そんな落ち着かない一馬をみてジゼルはいたずらっぽく笑みを浮かべる。


「あ、もしかしてあたしと一緒に居て意識とかしちゃってる?」

「んなわけねぇだろ、なに言ってんだ」

「ちぇー、カズマってほんとにからかい甲斐がないなー。少しぐらいは意識してもいいじゃん」


 一馬のそっけない言葉にジゼルは不満げに頬を膨らませていた。

 別にジゼルは一馬からそのように扱われたいという願望があるわけではない、しかしそれでもそのように言われることは女子として不服である。

 なお一馬がジゼルを女子としてみるかどうかに関してだが今のところ一馬はそういう目線でジゼルを見たことはなく、そもそもそれ以前の問題というのは言うまでもない。


 とはいえ一馬としてもそれに対して一つ言いたいことがあったので、ひとつ大きなため息を吐いてからそれを尋ねる。


「ジゼル、お前。俺が『えぇ~、ほ、本当にそう見えるかなぁ~』みたいな事を言うの見たいか?」


 それは試すような、確認するようなそれではなく冗談のそれであった。一馬は自分が絶対言わないであろうことをそれっぽい演技を交えてつつジゼルに言う。


「うーん……ちょっと寒気がするわね……なしで」

「……お前も随分俺に失礼だよな」


 それにジゼルはというと両腕で身体を抱きしめながらそんなことを言っていた、口から舌を出して気持ち悪いと言わんばかりの態度である。

 一馬としてもこういう反応になることは事前に分かっていたことだったが、まさかここまでの扱いを受けとは思っても見なかった。本当にジゼルも大概であると一馬は思う。


「と、まぁ、そこら辺の話は置いといて……カズマは千歳をこういうところに誘ったりはしないの? こういうの千歳も好きそうだと思うんだけど」

「あー……なんつーか柄じゃないだろ。こういうところに誘うなんて」


 それこそ先程の演技ではないがこんな場所に千歳を誘うなど自分らしくないだろうと一馬は思う。

 確かにこういうのも千歳は好きそうではあるが、それはそれとしてこんな場所に誘うのは一馬にとって気恥ずかしいものがあり――第一、そんな千歳との様子を一馬は想像できない。


「つか、お前らってそのあたりの話を気にするよな。なんでそんなにお前らがやる気なんだよ。関係ないだろ」


 前々から思っていたがいい加減しつこいと一馬としてもうんざりするレベルであった。

 だから一馬は正直にそれを言うことでジゼルを黙らせようと思ったのだが、その思惑は外れることとなる。


「なに言ってんの。だって連れてきたアンタと住まわしてくれてる千歳だよ、関係あるじゃん」

「……そう言われると、なんだ、たしかに他人事じゃなさそうに……いやいや、それとこれとは別だろ!」


 一瞬、ジゼルのその物言いに一馬は納得しかけたが、だからといって一々干渉しても良い理由にはならない。

 一馬と千歳、それぞれに人間関係を築いている以上、全くの無関係ではないことは事実であるがそれとこれとは話が別である。

 ジゼルに対して一馬はまだまだ言いたいことはあったが、その先を言う前にジゼルによってそれを制された。


「もう! そういうのはいいから、いい加減ここんところはっきりさせなさいって」


 そしてジゼルは一馬のそういった主張の一切を容赦なく切り捨て、それを尋ねる。


「――結局、カズマは千歳とどうなりたいの?」


 そう、ジゼルは最後に尋ねてきたのだった。

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