第三話:幼馴染、清水千歳はおとなしい(異世界ヒロイン編)
3-1:森の姫、回想する
先日の千歳と遊園地に遊びに行って数日が経ったその日、
それは千歳と遊びに行くために最速異世界救済を成し遂げるためにフォリアを始めとした異世界超級存在に協力要請したことへの報酬である。
一馬としてはよほどのことでなければどんなことでも付き合うつもりだったが、フォリアの報酬はあまりに意外なものであった。
「しかしフォリアはこんなので良かったのか? 俺としてはありがたいけどどっかに行くとかでも別に全然付き合うぞ」
「ここ最近は色々忙しかったですし、付き合ってくださるだけで十分です」
「んー……フォリアがいいんなら、それでいいんだが……」
フォリアが一馬に求めたことは、部屋で一緒にお茶をすることだった。
らしいと言えばらしいのだがあまりに欲がなさすぎるとも一馬は思う、もう少しくらいわがままを言ってもいいだろう。
しかし一馬がそのように考えていても、目の前にあるフォリアの笑顔を前にしてしまうとなにも言えなくなってしまう。
「はい、どうぞ。一馬様」
「ん、お、おう……。悪いな」
フォリアはそんな一馬の葛藤をよそに自然にお茶の用意をし、一馬に紅茶のカップを差し出した。
これではどちらがもてなす側なのか分からないなと一馬は思う、この状況では明らかにもてなされる側にしか見えない。
一馬が紅茶を啜りながらこのままフォリアのペースに任せるとよくないと判断しなにかしようかと思ったその時である、フォリアがそれを言ったのは。
「先日のデート、千歳様とはどこまで行きましたか」
「っぶ!? げほっ、げほっ……!」
その質問は一馬が思いもしないもので、一馬は驚いて紅茶でむせてしまっていた。
一馬はいきなりフォリアは何を言い出すのかと思う。
「い、いきなりなんてこと聞くんだよ……」
「ふふっ、すみません。その……私も気になっておりまして」
謝りながらもフォリアの顔はいたずらっぽいそれであった。一馬はその顔を見てフォリアの目的を悟る。
フォリアはこの辺りの話をしたいがために部屋で話すなどというものを報酬としたのだ、一馬はそれが思い至らなかった自分の迂闊さを悔やむがもう遅い。
「それでどこまでいかれましたかっ?」
そう尋ねてくるフォリアの碧色の瞳は好奇心で満ちており、それはまるで童女のそれと変わらないだろう。
こんな状態のフォリア相手に下手な誤魔化しは意味がない、観念するしかないと一馬は覚悟を決めた。
「どこまでも、クソもねえって。普通に遊んで、普通に終わったよ。大体、フォリア達が覗いてたからそんなこと出来ねぇし」
「それは……見ていなかったら、していたということでしょうか」
「あ、あのなぁ……フォリア達がいなくても別にする気はなかったぞ。そういうのじゃないし」
「……そうなんですか、では観覧車に乗った時も何もなかったと?」
想像以上に食いついてくるフォリアに一馬は呆れてしまう。この手の話題がそんなにフォリアは好きだったのか、と。
たしかにフォリアの以前いた、エルフの国であるルーフェルトでは国民全員が家族みたいなものだったから珍しいと思うのは分かる話ではある。
しかしそれでもここまで好奇心を刺激するような話題なのだろうかと一馬は首を傾げてしまう。
「そ、そこまで聞いてるのかよ……まぁ、昔話とか色々話したくらいだよ、途中で寝ちまったしな」
「もう、いけませんよ。一馬様、デート中に眠ってしまうなんて大減点です」
「それに関してはなんにも言えねぇ……まぁ、千歳は怒ってなかったみたいだったのが幸いだったよ。……つかデートじゃないからな」
すっかりフォリアのペースとなってしまい、ついにはデートのダメ出しまでされてしまっていた。
一馬としてもあれはないなと思い、深く反省をしているのであまりそこには触れたくはなかったことである。
それに一馬の意識ではアレをデートとは認識していなかったのでその辺りのことはしっかりと訂正しておく、傍から見れば完全にそうとしか見えなくてもだ。
「それにしても随分とぐいぐい来るなぁ……あったばかりの頃はこうなるなんて思いもしなかったぞ」
「……そうですねあの時はなにも知りませんでしたから、正確に言うと知っているけど分からなかったというべきでしょうか」
そして一馬は今のフォリアをみてついにそれを零した、話題を変えるためにその話を振った部分はあるが紛れもなく本心でもある。
当時のフォリアは今のフォリアとはぜんぜん違っていた。無論、何から何まで別人ということではない――立ち振舞や話し方は同じでもそこに込められている感情が別ということなのだ。
当時のフォリアは一馬から言わせてみればこじらせた超越者そのものであった。
それを千歳が聞いていれば思春期のそれと同じように言わないの、と突っ込みを入れただろうが一馬にとっては似たようなものだと思っている。
「あの時はまぁ、あんまり性格よくなかったよな。なにかとあると無駄とか言ってきたし」
「酷いですよ、一馬様っ。その通りだとは思いますが」
一馬の容赦ない言葉に対して困ったようにフォリア笑いつつも肯定する、一馬の言うとおりだったからだろう。
以前のフォリアは世界からの寵愛を受け、あるがままをそのまま受け止めるだけの存在だった。
それは言葉の上ではまっとうなそれのように聞こえるが実態は違う、それは全てを投げ捨てているような諦観に近い。
あらゆるものを手に入れているがゆえにそれに価値を見いだす事のできない、愛されすぎて愛の価値がわからないのがその時のフォリアだった。
「知っていても、やってみないと分からない事がある。でしたっけ、あの言葉がなければ今の私はありませんでした」
「まぁー……今、思い返すとマジで大したことねぇ事を堂々と言ったよな」
フォリアが口にした言葉を聞いて一馬は恥ずかしくなり、頬をかく。いま思えば本当に大したことではないことをよく言ったものだと一馬は思う。
全てを知っていても価値を全て確かめた訳ではない、無駄だと思えるそれを実際に経験してみればその見え方は変わる。要はやってもみないで価値を決めるなという話をしたのだ。
「そうですね、そうなのかもしれません……でも、あの時の私にそう言ってくれたのは一馬様ですから」
その言葉自体はフォリアを見れば誰でも思い浮かぶのかも知れない、それでもあの時のフォリアにその言葉をかけてきてくれたのは一馬だけなのである。
どんなにありふれた言葉であったとしてもフォリア自身が実際にそうしてみて価値は全て尊いものだと気づけた事には変わりない。
そうして今の自分があるのだから一馬に対しては感謝してもしきれない、それがフォリアの気持ちだった。
「はぁー……それにしても二年前になるのか? 中三でエルフ丸々敵に回したのはよくやったなぁ、俺」
「あの時のお父様、とても怒ってましたよね」
「その後、フォリアが言われるがままに世界浄化しようとしたのも結構きつかったなぁ」
なんでもないことのように当時を二人は思い返す、話す調子は喧嘩の思い出を語るそれである。
たしかに言葉の意味ではそれとあまり変わらないのだとしても、その規模が異世界の危機レベルなのが一馬達らしい話だった。
とはいえそこに至るまでにはフォリアの父である賢王ハウザック・ル・ルーフェルトの世界修正計画の目論見や異世界におけるエルフという存在の真相や、死んだフォリアの母セシル・リ・ルーフェルトの想いなどがあるのだが、それはただの状況にしか過ぎないことでもあった。
一馬に言わせてみればあの戦いは親の言いなりになっている友人を喧嘩してでも自立させるもの以上のことはなかった、だからそれ以上のことは余分であると一馬は思う。
実際のところはそんな一馬の極端な話が間違っているのかもしれないが、少なくとも今の二人で昔を思い返すような状況では余分なのは間違いなかった。
「あの時のことは本当にすみません、ご迷惑おかけしました」
「本当にな」
言葉の上では謝罪のそれではあるが、一馬とフォリアの顔にあるのは笑顔だった。
昔を懐かしみ、語り合う。こちらの世界と異世界、どちらにおいてもそれを語り合うことが出来るのは当事者であるフォリアと一馬の二人だけにしか出来ないことである。
僅か二年前といえども随分と昔のように思える、年齢にして二百を超えるフォリアであってもこの二年間はあまりに刺激的であった。
ひとしきり二人で笑いあった後でフォリアは思い出したようにそれを一馬に切り出すことにした。
フォリアにとってそれこそが今日の一番の目的であった。
「それで一馬様。いま私には知っていても分からないことがあるんですけど尋ねてもよろしいですか?」
「うん? まぁ、俺に答えられることなら答えるけど。なんだ」
「あのですね……」
フォリアは勿体つけるように前置きをしてから、一馬をじっと見据え、それを尋ねた。
「――結局、一馬様は千歳様のことはどう思っているんですか?」
そう、フォリアは最後に尋ねてきたのだった。
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