2-5:チート主人公、休息する
一馬と千歳の二人を乗せた密室が動き出し、それはゆっくりと高度を上げていく。
いま、一馬と千歳はお互いに向かい合って座っていた。
走り出した二人はあの後、無事に観覧車に乗り込む事が出来た。ちょうど乗り込むことの出来るタイミングで乗り場に着いたので待ち時間は殆どなかった。
当然、それは偶然というわけではなく一馬がそれを狙ってやったことは言うまでもない。
「はぁー……」
「もうっ、急にどうしたのよ」
「悪い、悪い。ちょっと……色々あってな」
千歳の疑問に対して一馬はどう応えようか迷い、はっきりとそれを口にしない。
一馬としては見られている事など大して気にはしないが千歳はそうではないだろうと思ってのことである。
しかしそれは幼馴染である千歳にはあまり意味のない事であり、いらぬお節介だった。
「色々って……ひょっとしてジゼルたちのこと?」
「あー……分かる?」
「長い付き合いだもん。大体、一馬がこんなことするのってそれくらいしか思い浮かばないし」
「なるほどな。そりゃそうだ」
そう言われては一馬としても納得せざるを得ない話である。
千歳にはジゼル達の尾行が分からなくとも、一馬がそれに気付いたのならそれに気付くことが出来る。それに一馬がどういう風に動くのかも幼馴染としてはお見通しだった。
一馬としては気を回したつもりであるがこうして気づかれてしまえば裏目に出た形となり、後悔してしまう。
「うーん、千歳にはのびのびして欲しかったんだが……これならなにもしないほうが良かったかもな、悪い」
「そんなの気にしなくてもいいよ。それ言うなら一馬が分かっちゃってる時点で一馬の方がそれ出来てないでしょ」
千歳はなんでもない調子で一馬の後悔を両断する。
たしかに一馬自身は気にしなくとも、千歳も覗かれているという事に一馬は気を張ってしまうだろう。
どうにも今日は調子がおかしいなと一馬は思う。自分も千歳のようにうかれているのだろうか、と。
「……ということで、おあいこってことで良いと思うな」
「そっか……なら、折角だしここでしばらくのんびりしてこうぜ。いい眺めだしな」
千歳が笑うのを見て、一馬は思い悩むのを止めた。どの道、もう過ぎてしまったことであるのなら今を楽しんだほうが建設的だろう。
そうして外を一馬が見てみると遊園地で遊ぶ客の楽しそうな営みと色鮮やかなテーマパークが広かっていた、観覧車は園内を十分に見渡せるほどに高度を上げている。
「そういえば一馬さ。小学校の時、こんな風に観覧車に乗ったよね」
高度を上げていく観覧車の外の景色を見ながら千歳はふと、それを思い出していた。
小学生の一馬と千歳が今のようにお互いに向かい合って観覧車に乗っていた事を、ただその時の千歳は涙を流していた。
たしか楽しかった遊園地から帰るのが嫌で駄々をこねていたから泣いていた、と千歳は記憶している。
「あー……そういえばあったなぁ、二人で観覧車に乗った、乗った。でも、なんでだっけ?」
「あはは……どうしてだっけ、私も忘れちゃった」
千歳が一馬が忘れたといったことに乗ったのは、その思い出が千歳にとって恥ずかしいものでもあるからだ。
いくら子供だったとは言え駄々をこねて泣いていたという事実は今でも恥ずかしい。
「なんだよそれ、千歳がいい出したことだろー?」
「ごめんごめん、でもそんなことがあったなーって思い出しちゃっただけから気にしないで」
なので千歳は一馬が忘れていることが分かるとそれで話を終えようとした。昔話と言ってもふと思い出しただけの話である。
しかし一馬はその話を終わらせることはせずにその時の自分のことんついて考えていた。
「……ん、でも。そうだな……そん時、どうしてそうしたのかは忘れたけど」
一馬はそれを思い出すことは出来ないが、ゆっくりと上昇する観覧車、向かい合っている千歳、徐々に広がっていく風景を見、考えてからそれを言った。
「多分、ゆっくりだけどこれなら長く楽しめるだろ。みたいなことは思ったんじゃねえかな? 千歳と一緒にいるのは嫌いじゃねえし」
「……一馬」
記憶の中の一馬も同じような事を言って観覧車に乗せてくれた事を千歳は覚えている。そうして他愛ない話をして、気持ちを落ち着かせてくれた。
千歳は昔の一馬と今の一馬が同じ事を言ったことに、胸が暖かくなるのを感じる。
そう千歳が感じたのは今の一馬の言うことをよく分からない時が多くなったけど、それでも一馬は自分の知っているとおりの一馬なんだと思ったから。
「あ、待て。勘違いするなよ! 仮にの話で、今そう思ってるわけじゃねえからな!」
「……あははっ、分かってるから安心して。顔真っ赤だよ」
「あー、もう……言うんじゃなかったッ!」
自分でも恥ずかしいことを言ってしまったと認識しているため一馬の顔はすっかり赤くなっていた。
一馬は言うんじゃなかったと後悔しているが、千歳にとってはそうではない。言ってくれてよかったと千歳は思う。
だからそれに素直にありがとうと千歳が言おうか迷っていると、一馬はおずおずと普段の一馬からはあまりにも珍しい態度でその話を切り出した。なお千歳が迷っていた理由は今の一馬では素直に受け取ってもらえなさそうだったからである。
「なぁ、千歳は……」
「ん、なに?」
「いや、なんでもない。気にすんな」
「もう、本当になんなの? 正直に言いなさい、怒らないから」
話を切り出しても中々、本題に入らない一馬を千歳は訝しむ。
こんな様子の一馬は千歳でも殆ど見たことのない姿だったからだ。
「あー……これ、すげえ言いにくいことだと思うんだけどさ、出来たら正直に答えて欲しい」
「……ん、分かった。言ってみて」
いくらかの前置きをした一馬を見て、千歳はその話が真剣なものだと理解する。
「その、すげえ今更な話なんだけど……あいつら連れてきて――なんつーのかな」
「……迷惑じゃないか、って?」
「うっ!!」
なんとなく言いたい話の方向が見えてきたのでそのまま言ってみた千歳であったがそれは正解だった。
話の核心を先に言われて一馬は呻いている。
いま一馬がこの話題を出したのは彼女達に聞かれることがないと判断してのことだとも千歳は思った。
普段は考えないようにしていても、やっぱりそれは一馬の中で引っかかっていたことなのだろう。
「……いや、そういう訳じゃないんだけど。こう、なんていうんだろうな……千歳がどう思ってるのか聞きたくて、だな」
「ごめんね、ちょっと嫌な言い方しちゃった。でも一馬……本当に今更な話だよね?」
「……ま、マジでそう思う。あ、やっぱり――」
いくら千歳とは幼馴染で気の置けない関係といえどもこんな風に言われたら気を使って言葉を濁すだろう、これでは正直に話すもなにもない。馬鹿なことを聞いてしまったと一馬は自分自身に呆れてしまった。
だから一馬は千歳にやっぱりなかったことにしてくれと言おうとした。どうしてもこの話題に関しては角が立つと結論がでたからである。
「みんなが来て、私は全然嫌じゃないよ」
しかし千歳は一馬のそれを遮って、はっきりと言った。
その言葉には今の一馬の態度とは対照的で一点の曇りもない。
「正直、今でも戸惑ってばっかりだし。最近も一馬がシャルちゃん連れてきた時はお父さんとお母さんに説明するのに苦労したりしたけど」
未だに一馬が女の子を連れてくるのは慣れないし、それで苦労することは多い。
しかしそれでも千歳は飽きることなく一馬に付き合っている――それは何故か。
「でも、みんなが居て私は楽しいよ」
つまりそれだけ千歳は一馬を信頼して、彼女達を大切に思っていることにほかならなかった。千歳は彼女達のことを嫌だと思ったことは一度もない。
自身に向けられた嘘偽りの一切ない千歳の笑顔を見て一馬はやっぱり馬鹿なことを聞いてしまったな、と思うのだった。
「ん、そうか……ありがとな」
「本当に今さらだよねっ! こんなの心配だったんならもっと早くに言えばいいのに」
「うぉーッ! 全くもってその通り、すまん!」
あまりにも今更なことを不安に感じていた一馬に、つい千歳は呆れたように言ってしまう。
別に責める意味合いで言ったわけではないがほとほと自分に呆れてしまっているいまの一馬にとっては効果は絶大であった。
一馬はいたたまれなくなり、思いっきり千歳に頭を下げてしまっている。
「もうっ、謝らなくていいよ。さっき私も今更みたいなこといったし……これもおあいこってことで」
「そ、そうか……はぁ~っ、なんかどっと疲れちまった」
千歳がとりなすと一馬は安堵のため息を吐くと同時に疲労感がどっと押し寄せてきた。
普段はあまり考えないような事を考えたり、打ち明けたりと想像以上に体力を消耗してしまったらしい。おかげで一馬の疲労はピークに達しようとしている。
そしてちょうどその頃に観覧車の高度もまた頂点に達しつつあった。
「あ、一馬。見てみて! こっちから見ると、すごく綺麗だよっ!
「……ふぁ、ん、そうか。んじゃそっちにいくかっ……と」
一馬はあくびを噛み殺しながら、千歳が勧めるがままに向かい合っている今の席から千歳の隣へと移動した。
何気なく隣へと移動してきた一馬に千歳はどきっとする、近くに一馬の体温を感じて胸が早鐘を打つようになる。
そんな千歳に対して一馬と言えば、暢気に外の風景を眺めていた。
「お、これはいい眺めだな……」
そう一馬が呟いた通りにそこにあったのは、陽の光に照らされてまるで宝石箱のように輝くテーマパークと園外の海。
いまの一馬と千歳の位置は遊園地のみならずその向こうまでゆうに見通すことが出来る高さにある、そこから見える景色は絶景ともいえるものだった。
一馬は素直にその風景を楽しんでいるが、千歳は隣の一馬の方が気になってしまっている。
だからだろうか千歳は一馬にそれを伝えようと思った。
「あのね……一馬、今日は本当にありがとう。その……こういう言い方はよくないんだけど、私、一馬と一緒に来れると思ってなかったから」
そうして二人して同じ方向を向いて一馬の顔を見ずに済んでいるからだろう、千歳は今の自分の気持ちを正直に一馬へと伝えていた。
距離が近すぎるがゆえにこういう機会でもなければ中々、お互いに正直にそれを伝えることが出来ないのである。
「こうやって遊ぶのずいぶん久しぶりだったし、一緒にこれてすごく嬉しくて……」
それでも恥ずかしいことには変わりはない、千歳は自分の今の顔を見ることは出来ないがきっと真っ赤になっているだろうことは分かる。それだけ頬が熱くなっていた。
とはいえここまで言ったのだから後には引けないと思い、千歳は最後までそれを言おうと決める。
「だから――、一馬……?」
そして千歳が意を決して隣の方を向く、するとそこにあったのは――
「……ぐぅ」
疲れて船を漕いでいる一馬の姿であった、ついに疲労が限界に達した一馬はうたた寝してしまっている。
千歳としては今まで頑張って自分の気持ちを伝えようとしていたことが無駄だったことが分かり、脱力せざるを得ない。
「ね、寝ちゃってる……もう~っ!」
「……うぅ、出席日数が……また、なのか……」
一方の一馬と言えば、そんな千歳のことなど知らぬとばかりに夢の世界へと突入しており、千歳は呆れてしまう。
「……一馬ってば。本当にしょうがないんだから」
しかし呆れていても千歳の顔は笑っていた。寝ている一馬に怒ることはしない。
なぜなら一馬が自分と遊ぶためにきっと無茶をしたのだろうという事が、こうして一馬が無防備に居眠りする事が自分の前だけだということが千歳には分かってるから。
だから千歳はせめて観覧車が一周するまではそのまま一馬を起こさないようにして、眠る一馬にそれを言った。
「一馬、おかえりなさい……お疲れ様」
「……ただ、いま」
一馬もまたそんな千歳の言葉に答えるように寝言を言い、いつも通りの、いつもの場所――千歳の場所へと帰る。
こうして此度の異世界転移、鳴雨一馬の戦いは幕を閉じた。
なおこの話に一つ付け加える事があるとしたら――この後、観覧車から出てきた千歳とジゼル、ミリイ、ルーの三人が鉢合わせたくらいだろう。
その後は当然、三人は千歳からお説教をもらったのは言うまでもないことである。
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-リザルト-
異世界転移者:鳴雨一馬――【
タイプ:【
達成ミッション:【清水千歳とデートせよ】 ――完了
達成クエスト:【
保有スキル:全276種
<武芸百般:SSS><秘奥到達:SS><不撓不屈:SSS><世界改変:A+>
<対異界侵蝕:A+><環境適応:S><千里眼:A+><神の祝福:S>
<空間跳躍:SS><専科百般:A+><聖剣適正:S><魔剣適正:SS>
<言語理解:SS><禁術:A-><操縦技術・鋼神:A+><完全耐性:SS>
<概念防壁:S><獣殺し:S><竜殺し:SS><神殺し:A++> 他多数
新規取得スキル――<因果干渉:A+>
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