2-4:チート主人公、満喫する

「おー……結構、多いな」


 一馬がいま目にしているものはテーブルいっぱいに広げられた弁当であった。

 広げられた弁当の中身はおにぎり、唐揚げ、肉巻き、卵焼きといった定番のメニューを中心としており、他にもかぼちゃサラダや煮物、ほうれん草の煮浸しなどの野菜類も詰められており見た目鮮やかでバランスのいい内容であった。

 とにかく手が込んでおり、量も多いのでここまで用意するのは大変だっただろうことが窺える。

 そんな四人くらいで食べるぐらいが適正とも思われる量の弁当が一馬と千歳の間に広げられていた。


「一馬、よく食べると思ったから作ったんだけど……やっぱり多すぎたかな」

「いーや、ちょうどいいくらいだ。このくらいの方が食いごたえがある! へへっ、いただきまーす!」

「はい。一馬、召し上がれ」


 いくら量が多いと言ってもそれは常人の域の話であり、超級異世界転移者である鳴雨一馬には当てはまらない。

 その気になれば牛をまるごと平らげることが可能な一馬からしてみればやや物足りないと言っても過言ではない量だった。


「いやー、それにしても大分、回ったねー。はい一馬、どうぞ」

「あんがと、千歳。……そうだなぁ、欲張り過ぎたかも知れない」

「ジェットコースターにミラーハウス、お化け屋敷、クルーズに空中ブランコ……だっけ。回ったの」


 千歳は一馬に注いだお茶を手渡す。

 そして二人はお茶で喉を潤し一息つき、その後は午前中の事を思い出しながら弁当を食べ始めた。


「自称日本一のジェットコースターってのは、たしかに言うだけあったよなー。千歳、降りたら目を回してたもんな」

「もうっ、そのこと言わないでよ。まさかあんなになるとは思わなくて」

「悪い悪い、でも、こう。千歳に抱きつかれるのは悪い気分じゃなかったぞ」

「~~~っ!! もう、一馬のバカ!」


 思い出しながら笑う一馬を、千歳が怒ったり。


「ミラーハウスも結構、楽しかったよねー。結構、迷っちゃった」

「そうだなぁ、千歳が右往左往してるの見てて面白かったぞ」

「むー……一馬、ああなるって分かってて先に歩かせたでしょ!」

「うむ……悪いとは思ってるが反省はしないぞ」


 思い出して怒る千歳に一馬が謝ったり。


「後、お化け屋敷な。なんで千歳はああいうの苦手なのに入るんだ?」

「いや、全然苦手じゃないから。全然、怖くなかったから」

「えー、お前。あんな風になってそれ言うの?」

「全然、怖くなかった! だからこの話はおしまい!」


 思い出さないようにする千歳に、一馬が煽ったり。


「クルーズはゆったりしててよかったね、いろんな仕掛けがあったし」

「まぁなー、案外ああいうのも悪くないよな」

「でも、あそこの作りは甘かったかもね。ふふっ」

「あ、千歳でもそこら辺は言ったりするんだ」


 思い出して妙な部分を二人で笑いあったり。


「で、空中ブランコなんだけど……千歳、ひとつ聞きたいんだけど」

「ん? なに一馬」

「アレ、パンツ見えたりとかそういうのはしなかったか?」

「一馬……バカなの? バカでしょ?」


 思い出して一馬の疑問に千歳が呆れれたり。


 こうして思い出してみると午前中だけでも十分に遊んだような気に千歳はなった、また随分とせわしなく回ったものだとも思う。それは一馬もまた同じことを思っていた。

 だからそんな自分を省みて千歳は思っている以上にはしゃいでいるという事に気付く、それは一馬と遊園地に来るなんて小学生ぶりだからだろうか。

 一方、一馬はそんな千歳を見て少し気がかりな事があったので確かめる。


「うーむ、確かに思い返すと体力使う奴ばっかだなぁ……千歳、大丈夫か?」

「うん、ちょっと疲れちゃったかも……あ、でも、休めば大丈夫だからっ!」


 慌てる千歳を見て、一馬は千歳が少し無理をしているのが分かった。

 確かに少し休めばまた同じように回れるかもしれないが、それで無理をして体調を崩したりするのは間違っていると一馬は思う。

 かといって千歳が素直に聞き入れないことは分かっていた。そんな千歳の性格を幼馴染である一馬は把握しているし、それにあんな弁当を作ってくるぐらい今日は気合を入れているのだ、無茶ぐらいはしてしまうだろう。


「そっか。でも、俺もちょっとばかり疲れたから午後はペースダウンしてゆっくり回ろうぜ」

「……うん、分かった。じゃあ、そうしよっか」


 よって一馬は自分が疲れているから、ということにした。これなら千歳も聞かざるを得ない。

 とは言っても一馬自身、正直に言えば大分疲れていた。それは遊園地で遊ぶことによるものではなく、昨日の一日異世界救済がそこそこたたっている。

 無論、一馬としては千歳にそんなことは言えない、その辺りのことを言ったら言ったで面倒なので黙っているのだが。


「……しかし、あれだな」


 ふと一馬は弁当を食べながらそれを思い出していた。


「どうしたの、一馬?」

「いや、さっきミラーハウスの話をしただろ? で、中三の時に戦った『鏡面死海アンビバレンツ』の連中を思い出してなー……なんか、懐かしくなった」

「もうっ、ミラーハウスで世界の危機を思い出してノスタルジックにならないでよ……ふふっ」


 遊園地のアトラクションで世界の危機となった存在を思い出すのはこの世界に鳴雨一馬くらいしかいないだろう。

 自分と遊びに来ている時にそんな事を思い出してしまう一馬に千歳は呆れてしまう。だがそれも一馬らしいな、と思ってつい笑みが零れてしまった。


 一馬がそんな話題を出したからだろうか、千歳は以前から気になっていたことを聞く。


「……そういえば、一馬。ちょっと聞きたいんだけど」

「ん、なんだ?」

「その、一馬ってすごいこと出来るじゃない? だから、こういうの楽しいのかなーって」

「なんだ、千歳? そんなの気にしてたのか」


 なにを聞いているんだという表情で言ってくる一馬に千歳は少しだけ怒りたくなった。

 鳴雨一馬という人間は異世界あっちではこの世界では起こり得ない不思議な体験を散々しており、千歳では永久に理解し得ないものも把握してしまうような規格外の男なのだから、気にするのは当然だろう。

 千歳としては重要な話であるので食べる手を止めていた。


「むー……そうです、気になってました! ちゃんと楽しめてるのか気になってますーっ!」

「ははは! 大丈夫、大丈夫。ちゃんと楽しめてるって」


 正直な気持ちを言った千歳の顔は赤い、いままで何でもないみたいな事を言っておいてこれなのだから千歳は恥ずかしい。

 そんな千歳に対してそれは杞憂であると笑っている一馬は楽しい気分だ、期せずして朝の借りを返した形だ。

 とは言っても納得は出来ないかもれないと考えた一馬は食べるのを止めて、補足するように話を繋げる。


「まぁ、千歳が気にするのも分かるけど。それはそれ、これはこれだ」

「そうなの?」

「そりゃ俺も同じようなことをやろうと思えば出来るけど、実際にアトラクションに乗るのは全然違うんだよ。なんつーのかな……」


 一馬は千歳にその感覚を説明しようとして考える、なるべく身近な例えの方が分かりやすいだろうと。


「スポーツやるのに、のんびりやるのとがっちり本気出してやるのは面白さがちがうだろ? そういう感じなんだよ」

「うーん……分かるような、分からないような……」

おもむきが違うって話だよ。なんにしてもそれぞれ違ったところに楽しさやいいとこがあんの」


 そんな一馬の説明は千歳にはイマイチ伝わらなかったらしい、千歳の方を見れば納得しづらい様子である。

 しかし一馬としてもこれ以上に良い例えは思い浮かばなかったので例えのしようがない。

 他の例えとしてはやるゲームと見ているゲームでは楽しさが違う、というのもあったがゲーム文化に明るくない千歳にはどちらにしろ分かり難い事には変わりないだろう。 


 このまま続けても一馬は納得させるのは難しいなと判断し、千歳が不安に思っていたところ否定して答えを出すことにする。これで間違ってはいないはずだ、と思う。


「まー、超越者気取りの奴らはなんでもかんでもくだらなそうにするけど俺はそうでもないってこと、ほんとにこれ! ……あいつらもうちょい楽しむ努力すればいいのに」

「……ふふっ、なにそれ。相変わらずひどいね、一馬」


 一馬の超越者に対する感想を聞いて千歳は笑う、相変わらず一馬は異世界あっちの存在に対して容赦がない。

 はっきりと言い切る一馬をみて千歳はそういうものなんだなと受け入れることにした。一馬の感覚はやっぱりわからないけれど、楽しんでいるのは事実だと。

 そしてこの話は終わりだとばかりに一馬は弁当を食べるのを再開する。


「ということでこの弁当も俺は好きだぜ。フォリアのはそりゃ美味いけど、千歳のも全然違って美味いよ」

「むー……そこでフォリアさんの名前出さなければ満点だったのになー」


 千歳は一馬のその一言を避難するように頬を膨らませる――しかし千歳のそれは本気ではなかった。

 一馬のことは全部分かっているわけではないけれど、それなりには千歳は分かっている。


「悪い、悪い……でも……あー、マジな話だぜ? 本当に」

「……うん、知ってる。……ありがと、一馬」


 だから千歳には一馬のそれがちょっとした照れ隠しということは分かっていた。

 しかし分かっていたと言えども、それを言う一馬の顔が羞恥であまりにも赤くなっていたので、千歳もつられて恥ずかしくなってしまう。


「……ははっ! 何だよ千歳。顔赤いぞ」

「もうっ、一馬だってそうじゃない」


 そんなお互いの顔を見合わせて、一馬と千歳は笑った。

 なんでもないことが二人にとっては特別に楽しいことなのだから。


 そうしてひとしきり笑いあった後、一馬は後の事を考える。


「んー……どうすっかな……」


 目の前にいる千歳から視線を外して、宙を――その向こうにいるその人物達を見ながら。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 そんな一馬と千歳の昼食風景を三人の少女――ジゼル、ミリイ、ルーが遠方で覗き見ていた。

 常人では会話の内容も、その姿を捉えることの出来ぬ距離ではあるが、この世界にあってはあまりに規格外の存在である三人にとっては関係はない。

 またこの三人も一馬と千歳と同じようにテーブルの上に弁当が広げており、昼食の最中である。


「むむ……なんというか、こう……」

「案外やることがなくて暇なのだろう? 我もそう思う、だから早く帰ろう」

「そうじゃなくて……いや、それもあるんだけど。こう、むず痒い感じが……ミリイはどう?」


 ジゼルは昼食をつまみながらそんな感想を漏らす。

 年頃の男女となればもうすこしなにかあると思っていたが、あまりにもそういうことがなかったのでジゼルとしては肩透かしを食らったような状態である。

 あまりに勝手な話ではあるが、互いにそれなりに好きあっているのにそれでも中々踏み込もうとしない二人に対してそう思ってしまう。


「むむー、私が思うことはただ一つですよ! 羨ましい~っ」


 辛抱たまらないとばかりにミリイは胸の内を吐き出した。

 その様子のミリイにルーは呆れる。


「後日、遊びにいくのは決まっているのだから。別に構わんだろう」

「それはそれ、これはこれ! あと、いつになるかわかんないし!」

「ふむ、それは確かにそうであるな」


 そのミリイの言い分にルーは納得してしまう。ミリイとしてはそこまで考えての言葉ではなかったのだが、それはルーにとっては考えるに値する事実であった。

 たしかに一馬は異世界エンデ・ヘイムを救うべく、よく異世界転移をしているのだ。これでは約束がいつ果たされるかわかったものではない。

 一馬がそれを込みでルーの提案を呑んだとは思わないが、結果として反故になることも十分に考えられるのだ。


 であれば今からそれを取り立てるのは十分ありなのではないかとルーは考えていた。

 そんなルーの不穏な雰囲気を感じ取ってジゼルは慌てる。


「ちょ、ちょっと、変なことはしないでよ……?」


 そう、ジゼルがミリイとルーに注意したその瞬間だった。


「――って、あ! カズマが千歳を連れて走り出した!」


 そのタイミングで昼食の片付けを終えた一馬と千歳が走っていく姿をジゼルの目が捉えた。

 常人ならば豆粒にしか見えないが、守護神竜たるジゼルならばそれだけでも判別がつく。


「むむ……やっぱり気付いてたんだね、カズっ」

「それはそうであろうな、あ奴なら気付くであろう。それでどうするつもりだ?」

「そんなの決まってるでしょ! 追いかける!」


 二人から距離を取っている以上、それは追う側としては絶対的な不利だ。

 いくら千歳を連れているとは言え一馬ならばこれほどの距離があれば身を隠すことは容易い。

 ゆえに早く二人を追いかけなければならなかったのだが――


「ただいま、戻りました」

「むふー……、たのしかった!」


 ちょうどフォリアとシャルの二人がテーブルへと戻ってきていた、シャルの鼻息は荒かった。

 二人はそこそこに昼食を済ませた後、シャルが乗りたがっていたアトラクションに向かっていたのである。シャルの様子からして随分と満足したらしい。

 おそらくこのタイミングで二人が戻ってきたのは偶然ではない。一馬はそれを見越していたのだろう。


「おかえり、フォリア! お弁当美味しかったよ。ほら、ルーちゃんいこっ!」

「え、我も? え、何故? ええい、引っ張るな!」

「ってことであたし達、行ってくるから! あとよろしく!」


 二人への挨拶もそこそこに、三人は慌ただしく席を立つ。詳細に語るのならば戸惑うルーをミリイが引きずって連れていき、それをジゼルが追いかけたというところだろう。

 普通ならば戻ってきたばかりのタイミングでこんなに慌ただしく席を立たれては事態を把握できずに目を丸くするところだろう。ゆえに数度の応答をするものだがそこはフォリアである。


「はい。皆様、いってらっしゃい」

「いってらっしゃい」


 何事もなく、いつもどおりにフォリアは笑顔で三人を見送っていた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「え、ちょ、ちょっと一馬!?」


 千歳は一馬の突然の行動に困惑している。

 それも当然だろう、午後はゆっくりすると言っていたのに昼食を終えた途端に一馬は千歳の手を引いて駆け出したのだから。


 また困惑と同時に一馬から強引に手を引かれた事で千歳の心臓は早鐘を打っていた。

 そういうことを期待しなかったわけではないが、実際にされると大分、緊張してしまう。


「いや、ちょっとな。急にアレに乗りたくなっちまって」

「アレって……」


 そうして一馬が指をさした先へと千歳は目で追い、それを見上げるとそこにあったのは――


「観覧車?」

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