2-3:チート主人公、出発する 異世界少女たち、出撃する

 一馬が異世界の最速救済を成し遂げてから翌日のこと、遊園地に行く日の朝。

 その時、鳴雨一馬と清水千歳の二人はアパートの入口に立っていた。


「ごめんね、一馬。待った?」

「ん、いや。俺もいま来たとこ……ってかアパートの前で同じアパートに住んでるだから待ったもクソもないだろ」


 一馬がそうであるように千歳もまたこのアパートの部屋で生活をしている。

 なぜ千歳がここで生活をしているのかについてだが、それは千歳に一人暮らしをさせ生活力を付けさせようという千歳の両親の教育方針によるものである。

 将来的に一人暮らしをして困ることのないように、それでいて大きな失敗をした場合は駆けつけることができるように、と。そういった意味でこのかなた荘は最適とも言える環境だった。


「えへへ、こういうのお約束かと思って。一度言ってみたかったんだー」


 お約束のやりとりをして満足そうに笑う千歳を見て、一馬もまた自然に笑みが零れる。

 そうなったのは今の千歳の気持ちが一馬には十分に理解できるものだったからである、青春真っ盛りの高校生であれば一度くらいは言いたい台詞だろう。


「それで……その、どう、かな。一馬……変じゃない?」


 くるりと千歳は一馬の目の前で回ってみせる、千歳の表情は少しだけ恥ずかしいらしく頬が赤く染まっている。

 今の千歳はいつも一馬が目にしているような制服姿でもなければ、生活重視の部屋着ではない。年頃の女の子が自身の魅力を引き立たせるべく考えて選びぬいた、いわゆる気合の入った服だ。

 今の千歳は可愛らしいコートに身を包んでおり、動きに合わせて舞う白いミニのプリーツスカートとストッキングが映える、どれも千歳によく似合い可愛らしいものである。


「うーむ……なんだ、いいんじゃねえのか」

「やった」


 幼馴染相手にそれを言うのは気恥ずかしいものがあったため、一馬はついぶっきらぼうな言い方になってしまう。

 だがそれでも小さくガッツポーズをとってしまうほどに千歳にとってそれは嬉しいものだった。


「お弁当もちゃんと作ってきたからね、お昼にたべよっ」

「おう……つか千歳、随分とはしゃいでるな……なんだ、そんなに遊園地に行きたかったのか?」


 そして一馬はぽんっと、肩から下げたバッグを軽く叩いてアピールをしている千歳を見てのテンションはいつものそれではない。

 だからつい、大した考えもなくその疑問を一馬は口にしてしまった。


「うーん、まぁ、そんなとこ。こんな風に出かけるの久しぶりだし……一馬はそうじゃないの?」

「お前なぁ……そういう聞き方はずるいだろっ」

「あははっ、そうかな。でも一馬が先に話を振ってきたんだからいいでしょ」


 なんとなく言ったことを思わぬ返し方をされて一馬は頭を抱える、そう千歳に言われては一馬も答えざるを得なくなる。

 千歳はなんでもないようにそれを言ったが、男である一馬にとってそれを口にすることは結構、恥ずかしい事だった。


「――で、正直な話。一馬はどうなの?」


 千歳は小首を傾げて一馬の顔をじっと覗き込んできた。

 適当に誤魔化そうと思っていた一馬だったがこちらをまっすぐに見てくる千歳を前にして観念する。


「あ、あのなぁ……あー、楽しみでした! 千歳と久しぶりに遊びに行けて楽しみでした! これで満足か!」

「うむ、余は満足したぞ。なーんてね、あははっ」


 一馬の答えはやけくそ気味であったが正直な気持ちであった、千歳もまたそれを理解して顔が綻ぶ。

 そんな千歳を見て一馬はしてやられたという感覚になる。元々それを口にすること自体が恥ずかしいのに、余計に意識して恥ずかしくなった。


「チクショー……藪蛇だったな、恥ずかしい」

「そんなこと言わないの、それ聞いて私は嬉しかったよ」

「お前なぁ……やっぱ浮かれすぎだろ。……はぁ、結構それ重いだろ、。持つよ」

「あ、うん。ありがと一馬」


 このままだとずっとからかわれそうな気がしたので一馬は千歳の荷物を持つことにして、話を切り替えることにした。

 超級異世界転移者である一馬にとってそれは羽毛の如き重量ではあったが、普通の女の子が持ち続けるには辛いと思うくらいには重い。

 千歳はどれほどの量の弁当を拵えたのだろうか――と、一馬が感想を抱いたその時である。


「おはようございます、一馬様、千歳様」

「……かずま、ちとせおはよう」

「オッス、二人ともおはよう」

「おはよう、フォリアさん、シャルちゃん。 シャルちゃん起きちゃったんだ」


 現れたのはフォリアとシャルの二人だ。フォリアは早朝であってもいつも通りの様子に対してシャルは目尻を擦り眠そうである。

 わざわざ見送りに起きてきた二人に一馬は申し訳ないという気持ちと同時に嬉しさがこみ上げ、そして違和感を覚えた。それを感じた理由は二人の服装にある。

 シャルはこちらへ来たばかりで無意識で外行きの服装にしたのかもしれないがフォリアの今の装いは明らかに荷物が多い。何処かで出かけるつもりなのだろうか。


「……うん、ちょっとあるから」

「? なにかあるのか」

「あ、えっと……」

「今日は一緒にお出かけする予定なんですよね、シャル様。戻ってきた後に少しお話して」

「……うん、そういうこと」

「フォリアさん達もそうなんだ。シャルちゃん良かったね」


 なにかあると思えばそういう理由かと一馬は納得する。

 一馬としてはシャルにこの世界をみせてやりたかったがどうにも都合が合わないでいて、申し訳ないと思っていた。今回のことも千歳かシャルか迷ったすえである。

 どうやら千歳の方もフォリアとシャルが遊びに行くといったことで安堵しているようだった。千歳もシャルを放っておいて遊び行くことに後ろめたさがあったのだろう。


「うー、シャルちゃんごめんねーっ! 今度は絶対に行こうね」

「ううん、だいじょうぶ……ちとせは気にしなくてもいいから」


 千歳はシャルに謝って抱きしめ、抱きしめられでいるシャルはぽんぽんと慰めるように千歳の背を撫でている。

 どうやら本当に心配はいらなさそうだと一馬は判断してフォリアに任せようと思い、ともあれこうして二人にとって最後の懸念事項を解消された。


「「それじゃあ――」」


 と、一馬と千歳はどちらから合わせたということもなく、全くの同時にそれを言って――


「行ってくる」

「行ってきます」


 二人は遊園地へと出かけていった、会話して道を行く二人は楽しそうである。その様子は正しく高校生のカップルだった。

 フォリアはシャルは二人が見えなくなるまで見送ってから――振り返って、現れたその人物の方を向く。


「――行ったみたいね」

「それじゃ、私達も行くとしましょうか。先輩っ!」


 フォリアが振り向いた先にいたのはジゼルとミリイの二人だった、二人の装いは千歳やフォリア達がそうであったように外行きの服装である。

 ジゼルはカーキ色のコートに身を包んでおり、インナーとのコントラストが映えるファッションだった。コートからスラリと伸びる脚は扇情的に見えるだろう。

 どうやら今回の服装はカッコよさを意識したもので、そこそこ身長のあるジゼルの人間態によく決まって普段のギャルとは違う、大人の魅力があった


 対するミリイの服装はパーカーにロング丈のスカート。それにロング丈のコートを合わせたレイヤードスタイルだった。全体の色調はモノトーンで野暮ったく見えるところをミリイのセンスでギリギリのところでカジュアルな印象でまとめていた。

 全体的に可愛らしいものであったが普段ならば活発な印象のそれを好んで着るミリイには珍しく、その印象は地味だった。また伊達眼鏡をつけているためより地味に感じるだろう。


「むふー……ゆうえんち、たのしみ」


 それを口にしたシャルのテンションは先程までのそれではなかった。千歳と話している間、それを出さぬように随分と我慢していたらしい。

 ミリイとシャルの口ぶりからして、これから出かける先は一馬と千歳が向かった遊園地であり、シャルの千歳達に対するなにか思わせぶりな口調の正体と気にするなと言った理由はこれだった。

 つまり彼女達は二人を追いかけてこっそりとその様子を伺うつもりなのだ、いわゆる出歯亀だ。とはいえシャルだけは遊園地を純粋に楽しみしているので正確に言うのならシャルを除いた三人だ。


「でもいいんでしょうか、こっそりついていくなんて。その……」

「いーの、いーの、あたし達はカズマと千歳のために働いたんだからこのぐらいいはいっしょ。それに……」


 とジゼルはフォリアの荷物の方を見た。それはシャルとフォリア二人で出かけるには大きいものだ。

 これが何を意味するのかはわざわざ言うまでもないが――それでも言うのならフォリアは乗り気であった。大分、楽しみにしていた様子である


「そういうフォリアもしっかり用意してきて、準備万端って感じじゃない?」

「ふふっ、そうですね。こういうのって一度やってみたくて」

「おべんとうも楽しみ……」

「よし、それじゃあしゅっぱーつっ! ……って、ルーは?」


 そして自身が号令を出していざ出発、という段階になってジゼルはあることに気付く。

 それはこの場に一人足りないということであり、それがルーというに。



――――――――――――――――――――――――――



「ルー! なんでアンタ寝てるの! 遊園地行くって言ったっしょ!?」


 ジゼルがルーの部屋へと入るとそこは惨状が広がっていた。

 つい最近、千歳とフォリアが掃除したばかりだと言うのにモノが散乱し散らかしっぱなしとなっている。

 そして当のルーはと言うとパジャマ姿で無造作に部屋に転がっている始末であり、当然、衣服は乱れており、その豊満な胸が危うく露わになりかけていた。

 これを千歳が見たらすぐさま説教コース間違いないだろう。


「あー……我はパス……昨日、夜更かしして眠い……」

「あ、アンタねぇ……」

「……どうせカズマとチトセの覗きが目的なのであろう? この魔王たる我がそんな些事に付き合うと思うとは随分と舐められたものよ……むにゃむにゃ」

「ぐぬぬ…・・確かに出歯亀なのは確かだから何も言えない……っ」


 ルーの不参加理由はこの場においては完全なる正論であり、そのように言われてはジゼルとて何も言えなくなるものだった。

 ではルーをこのまま放置して出発すればいいとも思うのだがそれはそれで不安が残る。何と言っても魔王であることには変わりなく、異世界からやってきた面々の中で一番常識がない。

 もしルーが見て自分のいないところでなにか問題を起こしてしまっては守護神竜と言われていたジゼルとしては立つ瀬がない。この守護神竜はギャルとなってもその責任感の強さは相変わらずであった。


「先輩、ここは私におまかせを」

「ミリイ? んー……じゃあ、お願い。わたしには無理っぽいし」

「はいっ、任されました!」


 ジゼルに説得を任されたミリイはルーが横になっている場所まで器用にものがない場所を歩いていった。

 そのままミリイはしゃがんで、ルーによく聞こえるように顔を近づけてから軽く咳払いをする。


「こほん……ルーちゃん、起きてってば」

「むー……我は行かぬぞ……めんどいゆえな……」

「今日ね、フォリアさんも千歳ちゃんもいないんだって」

「それがどうした……そんなことは知っておる……ミリイよ、なにがいいたい……」


 知ってる事を言われ、意図の読めないミリイの言葉で寝不足のルーは不機嫌になった。このまま布団をかぶってやり過ごそうと思い、掛け布団を引っ張ろうとして腕が空を切った。

 もしルーが完徹状態でなければその意図にはとうに気付いただろうがそれは仮定の話でしかない。睡眠不足は判断を鈍らせる。


「つまりルーちゃんがお腹空いても、ご飯がないってこと」

「…………」


 それはルーにとってあまりに重要な問題だった。

 常識的に考えれば人間は一日くらい食事を抜いたところで死なないだろうし、それが魔王となれば百年単位で飲まず食わずでも生存できる。

 しかしそれを進んでしたいかと言われれば普通の人間は拒否するだろう。

 これはそういう問題であり、享楽主義たる魔王にとっては無視はできない。当然、フォリアの作る食事は美味であるためルーは悩む。


「……ふ、仕方あるまい! 我が行かねばならぬというのならいってやろうではないか!」

「私、ルーちゃんのこういうところ好きだなー」

「こ、この駄目魔王……」

「我を褒めても何も出んぞ、ミリイ! さあ、さっさと行くぞ!」


 結局のところ、この戯れに参加するのも致し方ないとルーは割り切った。幸いな事にswitchは持ち運びの出来るゲーム機だ、問題なのは遊園地にwifiが入っているかどうかのみである。

 そうと決めたルーは手早く着替えてswitchを専用ケースに収納しすぐに準備は完了した。

 もしルーがそれでも行かないと言うのであれば普通にルーの分の弁当を置いていったのだが今のルーにはそこまで頭が回らなかった。睡眠不足は判断を誤らせる。


「むー、おそい……」


 三人が戻ってきた時、シャルの顔は不満の感情がいっぱいである。

 遊園地に行くことを楽しみにしていた分、焦らされるのが嫌なのだった。


「ごめん、ルーを連れてくるのに手間取っちゃって」

「シャルちゃん。もう大丈夫だから、いこっ」

「お二人がどこに行くのかは分かってますから大丈夫ですよ、安心してください」

「……うん、わかった」

「では、さっさと遊園地に行こうではないか。昼食、期待しているぞフォリア」


 そんなシャルをジゼルとミリイ、フォリアがなだめることで少しだけ機嫌が直る。あまり怒っていても仕方がないと判断したのだろう。

 ちなみに遅れた原因たるルーはといえば全く謝るような素振りはなく、フォリアに弁当の話をしていた。正に魔王に相応しい傍若無人っぷりだった。


「それじゃあ、改めて今度こそしゅっぱーつ!」


 ともあれ、こうして全員が揃ったことでようやく五人の異世界の少女は遊園地へと出発した。

 一馬と千歳を追って――出歯亀するために!

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