2-2:チート主人公、決戦する

 異世界エンデ・ヘイムへ彼ら――『無尽艦隊インフィニティフリート』が襲来してから半日以上が経ち――現在は日は地平線に隠れようとしている頃。

 この時点で『無尽艦隊インフィニティフリート』の艦隊で残っているのは首魁たる因果超越者イング・ヴェイダールが乗る旗艦一隻のみだった。

 ほんの半日前までは世界を覆い尽くすほどの軍勢を誇っていたそれはいまや見る影もなく、無残なものである。


 自分の軍勢が壊滅するさまを見せ続けられたイング・ヴェイダールはいま何を思うのか。


「貴様達……一体何者だ? 我らがこの地に降り立ち、一日も経たぬ間に……まさか壊滅させられるとは思いもしなかった……なんなのだ、お前たちは……」


 現在、イング・ヴェイダールは己の前に立つ五人の侵入者に対して問うていた。

 その問いかけるイング・ヴェイダールの姿はあまりの出来事に心が折れかけている一人の男の姿だった。

 因果の収束特異点であるこの地を掌握し創造神の域にまで到達するつもりで侵略を開始したのに半日程度で壊滅する無様を晒したのだから心も折れそうになるだろう。


「だろうね」

「うむ、だろうな」

「そうだね」

「そうでしょうね……」


 だからジゼル、ルー、ミリイ、フォリアの四人はそんなイング・ヴェイダールに同情していた。

 もしこの損害によって何らかのダメージを相手に与えていたのならイング・ヴェイダールの態度は違ったのかもしれなかったが、しかし現実は非情である。

 一馬を含め彼女達は一切のダメージは負うことなく、イング・ヴェイダールの仲間は全て一方的に因果地平の彼方までふっ飛ばされたのだ。


「俺は異世界からやってきた鳴雨一馬! お前の企みを阻止するためにやってきた! もう、この名乗りも会う度に言ってきたから何度目か覚えてねぇっ! マジでお前の仲間なんだったんだよ! めちゃくちゃ面倒くさかったぞ! 簡単に無限とか……無尽蔵とか……そういうのやめろ! うんざりしたぞ!」

「その台詞をお前が言うな! 私のほうがうんざりしている! 本当になんなのだ……!」


 一馬はこのある種の悲惨な空気を読まずに思ったことを口に出す、その言葉はあまりに正直過ぎて煽っているとしか思えないレベルだろう。

 しかしそれも仕方のない話である。今の一馬には相手を気遣って話す余裕も、場の空気を読む余裕もないのだから。

 図らずも『無尽艦隊インフィニティフリート』は一馬の時間を奪うことで精神的に追い詰めることには成功していたのだ。それが『無尽艦隊インフィニティフリート』にとって良き結果をもたらすものではあったかどうかとなると別の話になるのだが、


「えーっと……そうだ、アレだ……素直に帰って、二度とこの世界に関わらず、悪さをしないと誓うなら俺達はもう何もしない! ぶっ飛ばしたテメーの仲間たちもテメーならなんとかできんだろ! お前らが襲ってくる度に言ってるからこれももう何度目か忘れた! もういいだろ、俺も疲れた!」

「ふざけるな! 貴様は私を馬鹿にしているのか!」

「いや、馬鹿にしてるつもりはねえ! ただ、俺はさっさと帰りてぇだけなんだよ、分かってくれ!」


 一馬としてはこれ以上の戦いを避けるための降伏勧告のつもりであったが、正直過ぎるそれはただの暴言でしかない。

 仲間である少女たちにすらそれはフォロー不可能なレベルであり、少女たちはみな閉口している始末だ。

 当然、イング・ヴェイダールは怒りを露わにし、完全に降伏勧告は火に油を注ぐ結果となった。


「ええい、なにが帰りたいだ! どこまで私を愚弄すれば気が済む! こうなれば私の全霊を以て貴様をこの世界の因果の彼方まで追放し、絶望の後に消滅させてやろう!!」

「あ、馬鹿! やめろ! そういうのはもういいから! ここまでの戦いでお前もすげえ面倒くさいやつだってこと分かるんだぞ!」


 一馬の脳裏にはここに来るまで戦った相手達を思い出していた。

 【量子の棺】のドゥールギーニ、【境界の彼方】のカービス、【有限無尽】のノウベンド、【事象混線】のベディアールらを始めとした無数の因果掌握者達。

 戦った一馬の感想としてそのどれもが非常に面倒くさい相手であった。その首魁ともなればそれが今までを超えるレベルの面倒くさい相手だということは察しがつく。

 だからなるべく一馬は戦いたくなかった、コイツを相手にするのは時間がかかるから。


「私の名はイング・ヴェイダール! 私の権能【因果指定】はあらゆる因果を束ね、その結果を押し付ける! また無数の因果を世界に張り巡らせあらゆる場所に存在を可能とする! 攻守ともに究極の権能!」


 確かにイング・ヴェイダールの【因果指定】は強力なスキルだったが、この状況では一つの大きな問題があった。


「異世界より来る怨敵、鳴雨一馬とその仲間たちよ。私を愚弄したことを後悔し、絶望して死ぬがよい!」


 それはイング・ヴェイダールの【因果指定】のランクがA+なのに対し、一馬は<因果防壁:SS>、ルーは<因果防壁:S>、ジゼルは<因果防壁:SSS>、四神獣憑依フォーポゼッション時ミリイは<因果防壁:SSSS>、フォリアは<因果防壁:S>――というように耐性のランクが上回っていたということだ。悲劇を通り越して喜劇とも言えよう。


 すでに戦いの結果は見るまでもなく決している。

 そして鳴雨一馬にとって数十度目となる世界の命運をかけた最終決戦ラストバトルが始まった。



――――――――――――――――――――――――――



「……ちとせ、あがった」


 そう千歳に話しかけたシャルの今の姿はパジャマだった。

 シャルの頬はほんのりと上気しており、正に湯上がりと言った様相である。


「あ、シャルちゃん! お湯の加減はどうだった、熱くなかった?」

「ううん、そんなことない」

「そっか、良かった~」


 シャルの答えに千歳はほっと胸をなでおろす。

 いつものように自分の温度で風呂の湯を張ってしまっていたため、シャルが困らなかったかどうかを千歳は気にしていたのだ。


 当然の話であるがシャルは異世界の規格外の存在であるため風呂の湯程度で四苦八苦などしなかっただろう。なんなら溶岩風呂ですら余裕なレベルである。

 そんな相手に風呂の湯加減を気を配るのは実に一般人である千歳らしいと言えるだろう。


「……ねぇ、ちとせ」


 そんな安堵している千歳にシャルは唐突にそれを尋ねる。

 千歳にとってそれは唐突なものだったのかもしれないが、シャルにとってはずっと聞きたいことだったのかもしれない。


「なに、シャルちゃん?」

「かずまのこと……おこってる?」

「え? あ、うーん……」


 急にそれを聞かれて千歳はすぐに答えることはできなかった。

 それは千歳にとっては一つの答えは出してはいるが、今もまだ悩み続けていることだ。


「もう慣れちゃった、かな? 一馬のやつ、中学二年生の頃からずっとこうなんだから慣れちゃうよ。第一、仕方ないし」

「そう、なんだ……」


 少し考えてからなんでもないように千歳はそう答えた。中学二年から今の高校二年の四年間、ずっとこんなことの繰り返しなのだから慣れるし仕方のないことだ、と。

 千歳はそう思って、そう結論づけてはいる――だが、はたしてそれは真実なのだろうか。

 少なくとも聞いているシャルは納得はいっていない様子である。


「今はシャルちゃんがいてくれるし寂しくないよ。ありがとー、心配してくれて。嬉しいよー」

「ちとせが、だいじょうぶなら……うん、わかった」


 そんなシャルの様子を感じ取ったのか千歳はぎゅっとシャルを抱きしめた。

 不安に感じさせたしまったのかもしれないと思い、安心させるようにそうする。

 千歳はそう言う以上はシャルにはどうしようも出来ないことだから、シャルはそっと千歳を抱きしめ返すだけにした。


「それよりシャルちゃんの方はどうなの? ……その、いま私と一緒にいるわけだけど。寂しくない?」

「ううん、ちとせといっしょだしだいじょうぶ。それに……かずまはわたしにそういうのもとめてないと思うし」

「そっか。……うん、そうだよね。一馬ってそういう奴だもんね」

「うん」


 一馬はそういう人間だということを千歳は知っている。

 どこまでも自分勝手で、おせっかい。それでいて滅多なことでは他人を頼らないのが鳴雨一馬という少年だった。

 だからシャルをこの世界に連れ込んできたのは、シャルにとって特別なものを見つけて貰いたいだけなのだろう。

 なら、と思い千歳はそれを――二枚のチケットを取り出した。


「それよりどうしよっか、これ。シャルちゃん、私と一緒に遊園地に行く?」

「ゆうえんち……?」

「色んな乗り物があって楽しいよー、シャルちゃんのいたところから見たら大したことなくてあんまり楽しくないかもしれないかもしれないけど」

「ううん、行ってみたい……たのしいかどうかわからないけど、しりたい」

「そっか! じゃあ――」


 自分の説明を聞いてシャルが目を輝かせているのを見て千歳は喜ぶ。

 千歳は一馬の代わりという話ではなく、純粋にシャルを楽しませたい思って誘おうとした。


「でも、それはまだちとせがもってて。かずま、すぐにもどって来てくるかもしれないから」


 しかしそれをシャルは断った。一馬が戻ってくるかも知れないから、と。

 そのシャルの考えは千歳にとってはあまりに意外で――もう諦めていたものであったため、一瞬だけ思考が真っ白になってしまった。


「……そっか、そうだね」


 だから千歳はたったそれだけを返す事に僅かの間ではあるが時間をかけてしまう。

 そしてそれ以上のことを千歳はシャルに言うことはできなかった。


「じゃあ、私もお風呂に入ってくるから。シャルちゃん、待っててね」

「うん」


 千歳はシャルには申し訳ないけど少し気分を変えたくなって浴室へと向かった。

 別にお姉さんを気取っているわけではないが、あまりその事に関する自分を見られたくはなかったから。


「……ふぅ」


 湯船に浸かり千歳は一息ついた。

 ぐっと身体を伸ばして身体をほぐす、ゆったりとお湯の温度に身を委ねてリラックスしていく。

 その中でふと先程のシャルとの会話が頭に思い浮かぶ。


(うん、一馬がこうやってあっちの世界に行くのはいつものこと。……最初は色々と複雑だったけど今はもう割り切っちゃってるし)


 今まで色んなことがあったと千歳は思い出していた。

 はじめは色々と心配していたが今はもう心配はしていない。あちらで頑張る一馬の事情を知っているのだからフォローしようとしようと思っている。

 だから何も問題はないはずなのだ。


(すぐに戻って来るかもしれない、か。……いつからだろ、そう思わなくなっちゃったのは)


 バレンタインやクリスマスと言った様々なイベントや行事もお構いなしに一馬はあちらへ駆けつける。それは一馬とはそういった思い出を作れない事を意味する、千歳にとって寂しさを覚えるものだ。

 こうしてシャルに思い出させてもらわない限り、千歳はそれを考えないように――期待しないようにしていた。

 つまり実のところ千歳は全然割り切れてはいなかったのだ、普通の年頃の女の子がそのように割り切れるはずがない。


(どれも、私が言う前に行っちゃったからわかんないけど……もしもその時に私が言っていれば……)


 だから一度、考え出すと千歳は止まらなくなってしまう。

 もし自分がその時に約束をしたのなら一馬は守ってくれただろうか。一緒に自分と過ごしてくれたのだろうか。今回の事も――、と。


 そうして千歳が答えの出ない思考に没頭しようとし始めた時、それは打ち切られる――その時に、それが起こったのだから。


「――え? きゃっ!」


 それは密室であるはずの浴室の大気が渦巻き、空間そのものが軋み、異なる世界へと繋がっていく感触。

 この不可解な現象に千歳は覚えがあった、それは一馬の異世界転移現象だ。


「な、なに!? ……ま、まさか」


 かつて何回か目の前で見たことのあるそれが、いま千歳の前で展開されようとしている。

 千歳は何かあればすぐに動けるようにと思い湯船から立ち上がり、移動としようとしたその時――それは現れた。


「よお、今戻ったぜ千歳」


 千歳の目の前に現れたのは鳴雨一馬、その人。

 今の一馬の装いは出発した時のそれではなく、異世界の戦いに備えるように誂えた姿だ。


「か、一馬っ!?」

「野暮用を片付けてきたぜ、これでなんとか遊園地にいけるようになったからよ。全く、今回の敵はクソ面倒で……何なんだよ無尽艦隊インフィニティフリート――って。え?」


 そこでようやく一馬はここがどこで千歳がどんな姿なのかを理解する。

 ここには湯の張った湯船があり、シャンプーやリンスといった石鹸が並び、椅子と風呂桶が置かれていて――そして生まれたままの姿で言葉を失っている千歳がそこにいた。

 つまりは浴室という事を一馬は理解した。


 当然、千歳に向かって話しかけていた一馬は今の千歳の姿をまじまじと見つめることになり、今の普段は衣服によって隠されているそれが露わとなっいる千歳は普段の千歳からは想像出来ない魅力を直視する事になる。

 また年相応に発育した千歳の身体は超級異世界転移者といえど男子高校生たる一馬にとっては刺激の強いものだった。


「あ、あのな。これには深い訳が……こう、早く千歳に報告しようと……ッ!」


 突然の一馬の出現に驚き、言葉を失っている千歳であったが現状をしっかりと認識しているためその顔は羞恥で真っ赤に染まっている。

 だから一馬は狙ってこの場所に出たわけでないと慌てて千歳に弁明しようとするが――


「~~~~っ!! いますぐ出ていってよ、一馬の馬鹿ーっ!」

「す、すまーん! 申し訳ない!」


 それよりも先に千歳の叫びが爆発して、一馬はそのまま浴室から退散することとなった。

 自身の身体を隠すだけで両腕が塞がっていたのは幸いだっただろう、もし手が自由になっていたのならどのようにされていただろうか。


「……はぁっ、はぁっ。……もうっ」


 そして千歳の顔は一馬が出ていっても未だに赤い、少なくとも今日の間は一馬の顔を見るたびに先程の思い出して赤くなるに違いない。

 しかし今の千歳にとってそれはどうでもいいことであった、そんなことよりも千歳にとって重要な事があるのだから。


 それは当然――


「本当に、馬鹿なんだから」


 呟く千歳の声に怒りの感情はなく――その口元は緩く、綻んでいる。


 ――一馬と一緒に遊びに行けるようになったことだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る