勇者編
勇者(仮)たちがやって来た
『世界の果てのダンジョン』または『最果てのダンジョン』。
指定難易度・最高ランクに定められ、そう名付けられた『そこ』は、文字通り、世界の果てというか
そして、魔物たちと話せるということから、俺はダンジョンの影響で魔族化するとのことらしいが、ダンジョンを出入りしているからなのか、現状ではそんな様子もなく、(どちらかというと)穏やかに暮らしている。
「……」
まあ、そんな前置きはともかくとして。いつものように食料等を持ってきたのだが、目の前で幼馴染と冒険者と思われる見知らぬ青年(+α)が戦っていた場合、どう反応するのが正解なんだろうか。何かデジャヴ。
「くそっ!」
「ったく、ようやく攻略出来たかと思えば、ラスボス登場とか本っ当、笑えないわよ!」
いや、ラスボスは魔王だろ。
それに、そいつはダンジョンマスターであって、ラスボスではないし。
その間にも、剣がぶつかり合い、魔法が飛び交う。
「……」
……これ、手伝った方がいいか?
かなり大変そうに見えるんだが。
「いらない!」
相変わらず、変なタイミングで勘を使わないでほしい。
あと、お前が声を掛けてきたから、俺の存在がバレたじゃねーか。
「私が声掛けないと、分かんないでしょーが!」
まあ、どういう理由で俺の思ってることがあいつに分かるのかは、相変わらず不明なため――だから、勘扱いにしているのだが――、そのことを知らない人たちにしてみれば、あいつが一人でギャーギャー騒いでいるように見えるのだろう。
そうこうしている間に、完全に仲間だと思われた俺に向かって、魔法が放たれようとしていた。
「おいおいおい!」
そして、飛んできた魔法を何とか回避するが、着地点となった地面が、少しだけ凹んでいた。
もしかしたら……いや、もしかしなくても、当たっていたら大怪我か死んでいたかもしれない。
ちなみに、持ってきた荷物も無事である。
「女だけに戦わせるなんて、男の風上にも置けないんじゃない?」
「……いや、俺はお前たちが戦い終わるのを待ってるだけだし」
「うわっ、私たちの手柄を横取りするつもりだったって? なおさら酷いじゃない」
どこをどう解釈すれば、そうなるのだ。
「……ちょーっとだけ待っててね。こいつら、さくっと倒しちゃうから」
「おー、頑張れー」
そして、どこに怒らせる要素があったのか、あいつがこっちに向けて微笑んだかと思えば、そのまま青年たちに向かって、魔法を放つ準備に入る。
その言動だけで、もう冗談で済ませるつもりがないことぐらい、付き合いの長さから察せられた。
「さぁて、何人が立っていられるかな?」
ダンジョンマスターになってから、あいつの身体能力は化け物じみているわけだが、どうやら魔力面でも変化はあったらしい。
魔王相手に本気で魔法戦やらなかったあいつが、彼ら相手には容赦なく魔法を撃ち込もうとしている。
――それにしても。
と、ふと思う。
ここは『世界の果て(最果ての)のダンジョン』なんて言われてるが、ダンジョンマスターになったあいつがこれでもか、と魔改造したダンジョンである。
この青年たちはどうやって
それに数日前にも、『もし、ここを攻略できる存在が居るとすれば、『魔王』ぐらいだろうし』と思っていたところで、魔王が実際に攻略しに来ていたのだが、人外である魔王はともかくとして、今の
「……あれ、防ぐのか」
幼馴染の魔法が炸裂したが、挑戦者たちには盾で防がれたり、防壁を張られたりしている。
正直、大きな魔法は使ってみたいところではあるが、俺の所持魔力では数発が限界だろうし、回復にもある程度の日数が必要になるのだろう。
ポーション? それなりの稼ぎがあっても、一~二本が限界だ。それに、種類次第では薬草の方が効き目は早かったりする。
「……」
まあ、そんなことはどうでもよく、目の前で繰り広げられている勝負を、少しだけ離れた場所から、以前仲良くなった魔物たちと共にぼんやりと見つめる。
つか、あの青年たち。見事というべきか、美男美女美少女揃いだな。
そこで、ふと思う。
「……まさか『勇者』じゃ無いよな?」
『魔王』が居るぐらいだから、『勇者』が居てもおかしくはないんだが。
如何せん、彼らの組み合わせが、剣士、騎士、魔法使い、神官という、『ソレ』なのだから笑えない。
もし、その剣士が勇者(仮)だった場合、あいつに
『……勇者?』
「ああ、そもそも魔王が居るんだから、居てもおかしくはないんだが、似たような組み合わせのパーティなんて、結構居るしな……」
人数にしろ、組み合わせにしろ。そんなの、山と居る。
だから、その情報だけで『勇者』と決めつけることはできない。
とりあえず、勇者っぽいのが居るから、今日は魔王を絶対に近づけるなと、補佐官さんに連絡しておく。
連絡先については、あまりにも魔王がここに来るものだから、何かあったとき用として渡された。
『ご迷惑をお掛けしていることは重々承知しているのですが、休憩もなく押しつけると、荒れて仕事が増えるので、もしそちらにお邪魔しているならご連絡ください。居場所だけは把握しておきたいので』
まあ、大体そんな感じである。
さて、『勇者(仮)』について、連絡を入れ終われば、再び幼馴染たちの方に目を向ける。
正直、あの魔王の性格を考えると、興味本位でやって来かねないが、そこは補佐官や側近の人たちに頑張ってもらうとして。
「ねぇ、いい加減にしない? 君たちの実力なら、魔王だって倒せるだろうし、私に構ってる暇なんて無いでしょ」
幼馴染の言い分は間違っていない。
それだけの実力があるのなら、ここにこだわること無く、魔王城に向かえば良いものを。
「たとえ……」
「……?」
「魔王を倒したとしても、君みたいな存在が残り、次代の魔王になられでもしたら、俺たちは今この場で、君を倒さなかったことを、きっと後悔する」
何やら、話が飛躍したなぁ。
どういう基準で、次の魔王が生まれたり、継がれたりするのかは不明だが、最終決定するのはあの魔王と側近たちだろう。
もし、幼馴染が魔王に選ばれたとしても、ダンジョンマスターであることから、ここは離れられないため、魔王城に行くことすら不可能である。
「そういや、前と同じやつで悪いが、一応持ってきたんだ。食うか?」
『うん』
いつの間にか、隣に座っていた妖精種に、前回と同様に勧めてみる。
味を覚えたのか、前回のように驚いた顔をしていないが、口に入れた妖精種は小さく笑みを浮かべた顔をしていた。
やっぱり、性別は分からないし、あるのかも分からないが、他の
『まだある?』
「有るか無いかを問われれば、有るんだが、さすがに一度に食べるのは良くないぞ」
そもそも、こいつらに何らかの異常があっても困る。
さすがに、そこまでは見抜けない。
『うー……』
菓子は欲しいが、俺の言い分も分かる。
そのため、数匹の心の中では葛藤しているんだろう。
『我慢、する』
「本当に良いのか?」
決意したかのような妖精種に、意地悪な質問をしてみれば「ぐっ」と声に出しながら、何かに耐えるように視線を菓子から逸らしていた。
そうするほど、悩んでいたのか。
『ぐぐぎっ……!(オレも、耐える……!)』
妖精種に感化されたらしい数匹も、耐えることにしたらしいが――
『ぐぎ、ぐぐぎ! ぐぎぎっ!(オレは無理だ! 貰う!)』
どうやら、素直なやつも居るらしい。
『のう』
「何だ」
『そなたが持ってきた
「どうにか、って?」
まさか、作れとか言わないだろうな。
『いや、そなたから施されてばかりでは、こちらも駄目になってしまうからな。故に、確認したかった。もし、作ったものであるのなら、その方法を教えてほしい。だがもし、交換で得たものであったのなら……』
「あんたらの皮とか、いらないからな」
何となく、そんなことを言い出しそうな気がしたので、先回りして言っておけば、困惑した表情を向けられる。
『だが、そなたらにとって、我らは生活の糧にもなりえるんだろ? そなたが糧の一つで得たと言うに、こちらから何もせんというわけには行くまい』
「そう言われてもなぁ……」
見返りが欲しくて、やってる訳じゃないしな。
それに――
「前にも言ったと思うが、これは、
幼馴染に食料を運ぶついで。
「そして、その途中で
彼らのことを『友人』と例えたからなのか、モンスターたちの大半が驚きを
『君、は……我らを『友人』と言うのか』
「おかしいか?」
人によってはおかしいと口にする者も居るかもしれないが、俺には彼らが何を言っているのか分かるし、会話が出来ている以上、そう呼んでもおかしくないと思っているのだが。
『それは……』
『ぐぎっ! ぐぎぎ、ぐげっげぐぐぐ、ぐげっ!!(おかしいだろ! それに、兄ちゃんが敵だと思われることの方が大変だ!!)』
『ぐが!(そうだ!)』
『ぐぎぎぐが!(兄ちゃんも気を付けるべきだ!)』
『うん、自分が人間であり、私たちと違うということを理解するべき。たとえ、話すことが可能だとしても』
妖精種たちからの言葉に、今度は俺が困惑する番だった。
確かに、人間同士でも揉め事は起こるから、種族問題での問題なんて、それ以上のことになるんだろうけど……俺は、会話できている以上は、可能な限り、仲良くしたいと思っているのも事実だ。
「お前たちの言うことは間違ってないかもしれない。でも、俺だって、お前たちが居なくなると寂しくなったり、悲しくなる」
『ぐげ……(兄ちゃん……)』
今でも彼らがこっちを襲う気や、殺す気があれば、俺がこんな風に思うことは無かっただろう。
けれど、彼らは優しかった。まるで、類は友を呼ぶとでも言うかのように。
それにしても、と目の前の光景に目を向ける。
「終わらないな」
そして、嫌な予感がする。
「小僧、この我が来てやったぞ!」
「……」
バーン! という効果音が付きそうな勢いで、何やら見覚えのある奴が、やって来た。
奴の後ろでは、仕事をさせておいて少しは休めていたと思っていたのに、何か以前よりも酷くなっているようにも見える補佐官。
「……すみません。止められませんでした」
補佐官曰く、今日だけは側近たちにも協力してもらい、何とか城に引き留めようとしてくれていたらしいのだが、奴は『魔王』である。『勇者|(っぽいやつ)』が居ると知り、興味が湧いて、つい来てしまったらしい。
「せっかく、教えてくださったのに、すみません……」
「いや、教えておいた方が良いと思ってやったことなので、気にしないでください。それに、こうなることを予想できなかった俺も俺なので……」
元はと言えば、教えてしまった俺が原因だから、補佐官が謝る必要はないと思うのだが。
「それにしても、いつから
「俺が来たときには、もう始まってたからな」
魔王の問いに、そう返す。
だから、いつからと聞かれても、正確なことは分からない。
「ふむ……娘の方はダンジョンの効果もあるから、いざとなれば問題ないかもしれんが、相手をしている小僧たちはジリ貧だな」
魔王の言う通り、このダンジョンの恩恵を受けているのは、ダンジョンマスターであるあいつと、そこに棲むモンスターたちだ。
対して、挑戦者である青年たちは、体力・魔力を消費していく。
魔王があいつと戦えていたのは、膨大な魔力を上手くやりくりしていたからだろう。
「あいつじゃなくて、お前が相手だったら、勝てるか?」
「うん? 最初から見ているわけではないから、何とも言えんが、もし、お前らの結婚式が賭かっているのなら、我は全力で勝ちに行くぞ」
ブレねぇな、こいつ。
そこまでして、参加したいのか。
「魔王様、もし本当に参加できるとき用に、余興の準備したりしてるんです」
こっそりと補佐官が教えてくれたが……実は暇だったりしないよな? 魔王城勤務者。
「ちょっと、そこで何してるの!?」
少しだけ余裕が出来たらしい幼馴染が、こっちの様子に気づき、声を上げる。
当然、勇者一行(仮)もこちらに目を向け――
「まさか、そこにいるのは魔王か!?」
ほらー、バレたー。
「っ、こんなときに……!」
しかも、青年はどうするべきか、悩むような表情になっている。
「おい、娘。さっさとそいつらを倒せ。我は残り
魔王、その言い方は……
「
こういうところは、さすが魔王、と思える。
だからこそ、ラスボスだとか言われるのだろうが、それでも、一瞬だけ感心してしまった。補佐官たちが文句言いつつも、反逆の意志などを示さない理由が分かった気がする。
「我を倒したければ、全快し、全力で来い。城で相手してやる」
魔王の言葉に、また面倒なことをと言いたげな顔をしながらも、補佐官は城に連絡を入れたらしい。
「大丈夫ですよ。魔王様はそう簡単にやられませんから」
いや、その心配はしてない。
「っ、」
そして、勇者(仮)はどうするのか決めたらしく、幼馴染と向き合った。
「やっと、終わったか」
あの後、何がどうなったのかと言うと、あいつが魔法一つで勇者一行(仮)を吹き飛ばした。
彼らの方は、初級レベルの防壁を張るほどの魔力も残っていなかったらしい。
俺|(とモンスターたち)は、魔王が張った防壁で守られていたので、無傷である。
「……大丈夫なのか?」
少しばかり不安が滲んだような声を出せば、「うん?」とでも言いたげな目を向けられる。
「どちらも大丈夫だろう」
「そうそう。すぐに手当てしてもらえるように、町近くに着くようにしてダンジョンの外に放り出したし、私は大きな怪我もなく無事ですよ?」
笑顔を浮かべながら、くるりとその場で一回転する幼馴染に、そうする余裕があるぐらいには大丈夫そうだと安堵の息を吐く。
「無事なら良い」
そう言って、幼馴染の頭を撫でてやる。
もし瀕死にでもなられたら、心配や不安で仕方がなかったことだろう。
だから、こうして目の前で無事だと確認できることは有り難い。
「小僧、もうその辺にしておいてやれ。娘が真っ赤だぞ」
ニヤニヤしながらも、見てらんないと言いたげな魔王の言葉に、幼馴染の顔を見てみれば、本当に赤くなっていた。
さすがにやり過ぎはよくないと、名残惜しげに幼馴染の頭から手を離せば――
「……私は、リュー君が、好きだから」
そう言って、次の瞬間に頬に感じた感触に驚いていれば、サプライズ成功と言わんばかりに微笑む彼女と、驚く声と拍手やら何やら派手な音が鳴りまくる。
『ほぉ、これはこれは』
『もうっ、マスターったら、積極的ぃっ!!』
微笑ましそうに、高年齢のモンスターが納得したかのように頷き、いつの間に来ていたんだと聞きたい女性型モンスターたちがキャーキャー声を上げている。
「これは、結婚まで秒読みか? ん?」
「お前は本当にそればっかりだな!」
そもそも、恋人になってまだ日は浅いし、婚約すらしてないのに、結婚まで秒読みも何もあるか!
「いやー、魔王様に仕方なくやらされていましたが、我々の努力が水の泡にならずに済みそうで、有り難いです」
補佐官にまで裏切られた。
「そんな『裏切られた』みたいな顔をしないでください」
そうは言うが、顔がニコニコしてるから、騙されんぞ。
けど、これ以上、ぐちぐち言っても仕方ないのだが、言いたいことは言っておこう。
「……もし本当にやることになっても、魔王たちは呼ばない方針の方が良さそうだな」
「何だと!?」
「そんな!」
本当、上が上なら、下も下だなと思う。
何で補佐官まで、その反応なんだよ。そんなキャラじゃなかったはずだろうに。
「もういいよ……この人たち相手にしてると、キリがないし」
忘れてた訳じゃないんだろうが、空気が変わってしまったから、幼馴染が遠い目をしながら、そう告げる。
「それもそうだな。お前らも、もう帰れ。目的の勇者(仮)は見れただろうが。そして、帰らないようなら、式やることになっても呼ばんぞ」
「よし、帰るぞ」
「そうですね」
こいつら……どんだけそこに力を注いでいるんだ。
もし本気だったらヤバいとでも言いたげに、バタバタとしながらもあっさり帰っていく魔王たち。
「……本当、騒がしい奴らだよな」
「……うん」
モンスターたちもいつの間に解散したのか、その場には俺たちしかいなくて。
「……リュー君」
「……何だ?」
幼馴染は、その先をなかなか口にしなかったが――……
「式、やることになったら、本当にあの人たち、呼ぶの?」
その問いに、少しだけ彼女を一瞥して、答える。
「それは……どうなんだろうな」
どう答えるべきなのか、悩むところだが。
「その時の俺たちに任せるしかないだろう」
後で過去の自分を恨むことになったとしても、未来のことについては未来の俺たちに丸投げするしかない。
「まあ、もう少しだけ、こういう時間があっても良いだろ」
「それもそうだね」
今はまだ、騒がしくもゆっくりとした日々を送ってもいいのかもしれない。
俺の幼馴染は世界の果てのダンジョンマスター 夕闇 夜桜 @11011700
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