俺の幼馴染は世界の果てのダンジョンマスター

夕闇 夜桜

本編

魔王編

俺の幼馴染は世界の果てのダンジョンマスター


 ダンジョン。

 それは物語などにも出てくる、何も無いような空間からモンスターなどを出現させたり、多彩な罠が仕掛けられていたりする空間である。

 決められた難易度ごとに名のあるダンジョンを踏破し、攻略すれば地位や名声も手に入れられるらしいが、とにもかくにも大変な場所であることには変わりがない。


 ――指定難易度・最高ランクに定められた、この地を除いては。


 『世界の果てのダンジョン』または『最果てのダンジョン』。

 そう名付けられた理由は、文字通り、世界の果てというかはしにあるため。

 そして、現在俺の居る場所であり、我が幼馴染が『ダンジョンマスター』なんてものになってしまった――いや、元からだったか?――元凶である。


「……」


 まあ、そんな前置きはともかくとして、目の前で幼馴染と冒険者と思われる見知らぬおっさんが戦っていた場合、どう反応するのが正解なんだろうか。


「くっ、娘。見た目に反して、中々やるな!」


 いや、いくらダンジョンマスター相手だからって、女の子相手に言っていい台詞ではないと思うんだが。

 いや、こいつには良いのか……?


「良くない!」


 相変わらず、変なタイミングで勘を使わないでほしい。


「ちょーっとだけ待っててね。このおっさん、さくっと倒しちゃうから」

「おー、頑張れー」


 あいつの言葉がもう冗談に聞こえない辺り、俺も大分だいぶ毒されてきたらしい。

 けどまあ、何て言うか……ダンジョンマスターになってから、ある程度経つが、あいつの身体能力は化け物じみている。

 ダンジョンマスターとなったために、身体に何らかの変化が起こったのかは分からないが、ずっと一緒に居た俺でさえ気付いていたのだから、あいつ自身が気付いていないはずがない。


 つか、ここって、『世界の果て(最果ての)のダンジョン』なんて言われてるけど、このおっさん、どうやってここまで来たんだ?

 この近くには、確かに(俺の出身地でもある)村~町レベルの場所はあるし、最難関判定されているダンジョンを攻略する際の準備も出来なくはないが――ダンジョンマスターになったあいつがこれでもかと魔改造したダンジョンである。

 つまり、ボス部屋とも言えるこの部屋に、よくもまあ到達できたなぁ、と思ったわけで。

 だがもし、ここを攻略できる存在が居るとすれば、隣国と言ってもいい魔国の王である『魔王』ぐらいではないのだろうか。もし、魔王でも攻略が無理だと言うのなら、もうこのダンジョンが攻略するのは不可能に近い。


 そもそも、幼馴染をこのダンジョンのダンジョンマスターにした時点で、俺はもうツッコミ疲れた上に、呆れ、諦めたのだが。


「……」


 目の前で繰り広げられる勝負を、こちらに向かってきたモンスターたちを片手間に倒しつつ、ぼんやりと見つめる。

 つか、あのおっさん。頭に生えたツノといい、禍々しい気といい、まさか魔王じゃ無いよな? 見た目は完全に冒険者だけど。

 もし、その魔王(仮)が、世界の果てとはいえダンジョンマスターである少女相手に苦戦してるとかどうなのよ。

 つかマジで、ここまで来ておきながら、(仮とはいえ)魔王すらも攻略できないとか、ここのモンスターを倒すほどの実力者に籠城作戦させたら、もう完璧だろう。食料面の問題があるから、無理だろうが。

 だからこそ、俺はあいつにこうして食料を届けているのだが。

 理由としては、村に居る奴らの中で、俺以外がボスこの部屋まで辿り着けないからだ。


「ぐっ、やるな。小娘」

「はっはっは、その程度か。勇者よ」


 お前はどこの魔王だ。

 あと、目の前に居るそいつは勇者ではなく、魔王だ。


 モンスターを倒し、処理するのにも飽きてきたので、体育座りで二人の勝負を見ていたら、何匹かの人形ひとがたモンスターが同じように体育座りで勝負を見ていた。

 しかも、いつの間にか数が増えてる。こちらに敵意が無いからと、放置していたからなのかもしれない。


「……食うか?」


 食べさせて良いのかも分からなかったが、ただ見ているだけなのも退屈なので、隣に座っていた妖精種(というより精霊のたぐいか?)に勧めてみる。


『貰う』


 簡単な菓子だが、口に入れた妖精種は驚いた顔をこちらに向けてきた。

 はっきり言って、性別が分からないし、あるのかも分からないが、何となく仲良くなれそうな気はした。

 他の人形ひとがたモンスターにも菓子を配ってみれば、妖精種と似たような反応はされたが、彼らの言いたいことを察せられるようになってきたらしい。

 また逆もしかり。


「あー。やっぱあいつ、お前らにも迷惑掛けてるのか」


 俺がそう言えば、頷く人形ひとがたモンスターたち。


『いつの間にか階層が増えてることもある』


 何だ、冒険者どころか地図士マッパーやモンスター泣かせなのか。あいつは。


『それはまだ序の口。新しく出来た階層のフィールドに、いきなり引っ越せとか言うこともあるから』

「……うわぁ」

『ぐぐぎっ、ぐぎっぐぎっ!(オレなんか、レベルが足りないのに、引っ越せって言われたんだ!)』

「あー、レベルが足りないと、大丈夫だと分かっていても死ぬしなぁ」

『ぐぎ、ぐぎぎっ(ああ、時折、自分の能力を過信し過ぎて、死んでいく奴らも居るがな)』


 そうか。モンスターの世界にも、そういう奴らが居るのか。


『君は苦労していないか?』

『我らが主のために、そなたはここまで来ているのだろう?』

「まぁなぁ。今はダンジョンマスターなんてやっているが、あいつも元は人間だから、きっと周囲まわりにモンスターが居るとはいえ、同族がいなけりゃ寂しいだろうし、だからこそ、そういうのをお前らに構うことで誤魔化したりしてるんじゃないか?」


 そう言えば、モンスターたちがまばたきを繰り返す。


『君は優しいな』

『確かに、同族が居ないのは寂しい。他の種族の縄張りに入り込んだ感じだろうからな』

『ぐぎっ、ぐぎぎ、ぐげっげ?(けど、だからって、兄ちゃんがケガしたら意味無いだろ?)』

『ぐが!(そうだ!)』

『ぐぎぎぐが!(兄ちゃんも気を付けるべきだ!)』


 うん? もしかして、俺ってば、心配されてる?


「ありがとうな、心配してくれて」

『べ、別に心配なんて……!』


 おお、ツンデレ持ちが居たか。

 そう思っていれば、服の端を引っ張られる。


「何だ?」

『また、来てくれる?』


 服を引っ張ってきたのは、最初に菓子を上げた妖精種。


「ああ、あいつを一人にするわけには行かないからな。もし、俺がここに来なくなったら、それは俺が死んだときだ」


 まあ、あの町に住み、ここに出入りする以上、死ぬことはないだろうがな。


『……じゃあ、その時までは、また話せる?』

「ああ、お前らが倒されることなく、無事だったらな」


 お互いが死なない限りは、話し相手になろう。

 モンスターとて、悪い奴らばかりではないのだ。


「お、勝負は終わったか」


 もう勝負は終わったのかと目を向けてみれば、対戦していた二人は目を見開いていた。


「……モンスターたちと、話せたの?」

「いや、何となく何言ってるのか分かってるだけで、正確に分かってる訳じゃないぞ?」

「そういう意味じゃない!」


 珍しく、声を荒げた幼馴染に驚いていれば、モンスターたちも驚いた顔を見せる。


「娘、それだけでは、奴には伝わらんぞ?」

「うっさい、部外者は黙ってて」

「小僧、モンスターと話せるということはな、」

「黙ってろって、言っただろうがぁっ!!」


 俺の事は小僧なんだな、とか、魔王が続けようとした言葉に意識を置いていたら、再度幼馴染が叫ぶ。

 本当にどうした。情緒不安定か?


「違うから」


 何と説明したら良いのか分からない、と言いたげな顔で、幼馴染は顔を逸らしている。


「――モンスターと話せるということは、もう、普通の人間では居られない」

「は?」

「種族的には人間だけど、普通に人としては居られない。それが、このダンジョンの効果」

「そんなの、ずっとお前を見ていたから知ってる」


 だが、違うと幼馴染は首を横に振る。


「ダンジョンマスターである私に与えられた効果と、外から来た人に与えられる効果は違う」

「外から来た、って……」

「冒険者とか、のことだね。そして、君は、ここに来る頻度が多い。他ならぬ私によって」


 否定はしない。するつもりはない。


「ああ、そうだな」


 だって、げんにこうして持ってきている訳だし。


「だから、さ。普通の人間として生きたければ、もう二度とここには来ないでほしいんだ」

「は……? いや、意味分かんねぇんだけど」


 何で、一気にそこまで飛躍した?


「モンスターの声が聞こえ、この場にも容易く来られる者が、ただの人間な訳がないだろう。それも、最高難度のダンジョンに棲むモンスター相手にあっさり勝ち、信頼を得ているとなれば尚更、な」

「何が言いたい」

「単刀直入に言えば――魔族化が進んでいる、としか言えんな」


 魔族化。

 話は聞いたことがある。

 文字通り、人間や人形生物ひとがたせいぶつが突然変異で魔族となることだ。

 何故そうなるのかは分からないし、解明されていない。

 魔物の血を取り入れたからだとか、遥か昔に魔族やその血縁者と結ばれたためにその血が表に現れたからだとかは言われているが、根拠はない。だったら何故――


「どうして、自分が魔族化なんてしかけているのか、か? そんなの簡単だろ。お前がこの娘に会いに、このダンジョンに来ているからだ。このダンジョンが外部から来る者であるお前に与えた影響こそ、魔族化させるものだったんだよ。娘はその事に今気づいたようだがな」

「……」

「だから、娘はお前にもう来るなと言ったんだ。普通の人間として過ごすためには、このダンジョンから離れ、魔族化の気を浴びないようにすれば良いだけだしな。お前に取り込まれた分も、ダンジョンに関わらなければ、自然消滅するだけだから、どうするのかはお前次第だぞ」

「んなこと、あんたに言われるまでもない」


 本来なら、幼馴染が説明するはずだったことを魔王から聞かされて腹が立たない訳はなかったが、過ぎたことはもう良い。


「お前は、それで良いのか? 俺が、ダンジョンにもう二度と来なくなったら、誰がお前の食料を運んでくるんだよ」

「そんなの、どうにかする」

「どうにかって、具体的には?」

「う……」

「決まってないくせに、口に出すのは止めろ」


 こいつの悪い癖だ。


「で、でも、ここに来たりしたら……」

「なあ、俺さ。そもそもまだ、自分の意見を言ってないんだが」


 幼馴染が悲しそうな顔をする。

 だから、何で俺から悲しいことを聞かされると思ってるのかね。こいつは。


「俺は、今まで通りにここに来るし、お前を一人にするつもりはない」

「でもっ……!」

「いいから、最後まで聞け。早とちり娘」


 そう言って、気持ちを落ち着かせる。


「一回しか言わないから、よく聞け。さっきも言った通り、今まで通りにここに来るし、お前を一人にするつもりはない。で、どうすれば良いのかを、俺なりに考えてみた」

「……」

「だから――もう、一緒になるぞ。親たちの思惑通りになるのはしゃくだが、お前を一人にせずに済むし、家にも困らない。俺が魔族化したところで、そんなに支障はないだろうし、生活できるだけマシだからな」

「……」


 幼馴染が先程から驚いたまま、一切言葉を話さない。

 ちなみに、俺の告白をモンスターたちはニヤニヤしながら聞いてやがった。後で蹴り倒してやろう。


「どうかしたか?」

「娘、返事してやれ。男の一世一代の告白を無かったことにするつもりか?」

「――ハッ!」


 俺が声を掛けても、返事をしなかったのに、魔王が声を掛けて反応するとか……


「別に嫉妬するようなことは何も無いだろうが。心の狭い男は嫌われるぞ?」

「うっさい。そもそも嫉妬じゃねぇし。大体、おっさんがそいつ揺らして意識戻したってこと、分かってるからな?」

「チッ、つまらん」

「何か言ったか?」


 ばっちり聞こえていたが、今は無視しておいてやろう。


「で、返事は?」

「あ、その……」


 目が泳いでいる。


「じゃあ、また明日来る」

「えっ」

「えー、先伸ばしかよー」


 つか、魔王。お前、ダンジョン攻略が目的だったんじゃないのかよ。

 それが何で、モンスターたちと一緒に俺たちのやり取りを見てるんだよ。


「それじゃあ、俺はもう行くからな」

「あ……」


 幼馴染が何か声を洩らしたような気もするが、その後に何も言ってこなかったことから、単に言い悩んでいるのか、何の用事も無かったか、それとも――俺を引き止めたかったか。

 最後にそう判断したのは、服の端を引っ張られたから。


「……いや、その必要はない、から」

「ん?」

「また、明日に来る必要はないから。……リュー君が、私で良いなら、それで構わない。正直、嬉しかったから」


 幼馴染にしては珍しく、赤くなっている。


「つまり?」

「本当に、私で良いの? 気を使ってない?」

「使ってない。そもそも俺がお前に気を使ったことなんて、あるか?」

「……あるじゃん」


 うつむいたまま、何か呟く幼馴染に、首を傾げる。


「でも、そっか。せっかく言ってくれたんだから、私もちゃんと言わなきゃ、駄目だよね」


 そして、背筋を伸ばし、幼馴染は言った。


「こんな私で良ければ、よろしくお願いします」


 と――





 その後にどうなった、といえば、特に進展とかがあったわけでもなく、俺たちはいつも通りに過ごしていた。

 時折、魔王が来ては「お前ら、いつ式を挙げるんだ」と言って、部下の魔族たちに「人間たちの挙式に貴方が出られるわけないでしょう」と返しながら、連れ戻されている。

 「俺はあいつらの仲人をやるんだぁぁぁぁ!」という声が聞こえた気もしなくはないが、悪い。まだ、仲人は必要ない。


「結局、何しに来たんだろう?」

「本当、何だったんだろうな」


 二人して、魔王が連れていかれた方をぼんやりと見つめる。


「……リュー君」

「何だ?」

「いや、何でもないよ」

「何だよ。気になるじゃねーか」

「本当に何も無いよ。ただ、呼んでみただけ」


 もし、あれから何か変化があったとすれば、きっと俺たちの距離が少しだけ縮まったことだろうが、それでもまあ、今までとそんなに変わってはいない。


「そうか」


 それでもまあ、もう少しだけ、こんなやり取りをする時間があってもいいとは思う。


「式には絶対に呼べよ!? 絶対だからな!?」

「すみません、すぐに連れていきますから!」


 魔王が姿を見せたということは、途中で逃げられたのだろう。

 もう半泣き状態の部下の魔族の人たちに対し、苦労してるなぁ、と思いつつ。


「……あのおっさん。そろそろ本気で締めてこようかなぁ」

「俺も一緒に行こう。で、一緒に締めよう」


 幼馴染の言葉に同意しつつ、どう締めるか考える。


 俺と幼馴染、時々魔王と連れ戻しに来ては申し訳なさそうな部下の魔族たち。

 それが、このダンジョンでの、今の日常だ。


 ――とりあえず、今は部下の魔族の人たちの胃を心配しておいてやろう。


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