6.潤い


 成功とは、成功する意志のある者のみがたどり着けるもので、好運とは、好運を見つけて生かせる人のもとにのみ訪れるものだ。

俺が金曜日のナイトマーケットでナツミちゃんと会った時、彼女はベンチに腰掛けて水槽に足を突っ込み、かかとの角質やすねの古い皮膚を魚に食べさせているところだった。

俺はウィークエンドマーケットで大阪の女のコと出会った経験をもとに、自分のタイ国ライフにおいて起こりうること、また導きうる方向を描いていたから、瞬時にスイッチが入り、自分がすべきことをしていた。

水槽を指差し「Can I take a picture?」と声をかけた俺に、「Yeah, yes」とぎこちなく答えた彼女は、間違いなく日本人だった。

一分後には、俺も靴と靴下を脱いでナツミちゃんの隣に座り、水槽に足を突っ込んでいた。


 ナツミちゃんは黒く長い髪を簡単にアップに結わえ(バンコクの暑さを考えれば当然の行為ではあったが、しかしこれは俺のとてつもなく好きな髪型でもあった)、すっきりした眉と少しだけ黒目がちに謎めいて優しい大きな瞳、日本人にしては筋がとおって高いので少し目立って見える鼻、控えめな唇の端がキュッと結ばれているのは人の視線にさらされる中で表情筋を引き締めるのが当然になっている美人(望むと望まざるとに関わらず、ともかく美人に生まれたということを認め、受け入れている美人)の証、女性らしく丸みをおびて高くなった頬(これも俺の好きな頬の形だ)と少しとがったあご、そして見るからに美味しそうなあごの下と耳の下、それにうなじにかけての首筋を持っていた。

紺色のポロシャツの下には必要十分な胸のふくらみがあり、フレッド・ペリー(のちに俺と彼女が街角に立ち並ぶ露店で大量の模造品を見る事になるそのブランド)のトレードマークを持ち上げていた。

白いローライズのクロップドパンツにぴったりと包まれた足は、むきだしの足首へと美しいラインを描き、少しだけ豊かな腰周りがまた女性らしい魅力を俺に語りかけた。

旅先の女の良いところは、必要な分以上の装いを持ち歩かないために、彼女自身の魅力を存分に発揮しているところだ。

ビーチやゲレンデ、あるいは制服や就職活動のための画一的なスーツがそうであるように、ある制限を課せられたその装いは、工夫の余地が少ないがゆえに、その人自身の魅力を明らかにする。

たった一つの着こなしや身のこなしが、決定的な差異として現れる。

俺はナツミちゃんを観察し、彼女が俺の心に呼び覚ます喜びに耳を傾けていた。

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