第五話:川の手 三月二十日  ―決起―

◆主な登場人物

 コウトウ ……役所広司    シンジュク……片岡愛之助

 スミダ  ……武田鉄矢    ブンキョウ……八嶋智人

 チュウオウ……中井貴一    ネリマ  ……柄本明

                セタガヤ ……古田新太


 ナレーション……田口トモロヲ



【ナレーション】

 浅草や上野と言えば日本国内だけでなく、海外からの旅行者にも有名な観光名所であるが、いずれも台東区に位置していることは認知度が低い。

 台東区役所も上野駅から徒歩五分ほどの場所に立地しているにもかかわらず、大通りに面していないこともあってランドマークとはなり得ていなかった。


 犬猿の仲だった中央区と江東区が手を結び、勢いに乗る川の手連合。

 きっかけとなった二.一六事件の当事者、タイトウを巻き込み、いよいよその作戦が明かされる。



      *    *    *    *    *    *  



「また、お前はきつねうどん食ってんのか?」


「そういうあんたは、今日も生ラーメンじゃないですかぁ!」


「私は食後のプルーンが欠かせません」


 今日は台東区役所の地下にある職員食堂で、川の手連合の三人がこの庁舎しろの主を待っていた。




「いやぁ、お待たせしてすぃませぇん」


 腰の低さと柔和な笑顔で有名なタイトウ(三遊亭小遊三)が軽いノリで現れた。


「あたしが言うのも何ですが、なにも、こんな職員食堂ところで待っていただかなくっても」


「いや、ここの食堂はチカショクと呼ばれて、昔から有名だって聞いたからな。

 評判通り、しょうゆ味の中華ラーメンは旨かった」


「こういうところで食事をしているのも、『あら、庶民的♡』なんて言われて絶好のアピールになるんだよ」


「食物繊維と鉄分がプルーンには豊富なんです」


「それじゃ、あたしの区長室へやで話しますか」


 最後は聞こえないふりをしたタイトウは、三人が食べ終わっていることを確認すると四階へといざなった。




「まったく、シンジュクさんにも困ったもんですよ。

 いきなり『断交だ!』ですからねー」


 応接セットに腰を下ろすなり、タイトウが愚痴をこぼす。


「あれは、タイトウさんだから起きたことかもしれないな。

 相手がチュウオウさんだったら、あそこまで強気には出れなかっただろう」


 コウトウの指摘に、スミダも言葉を重ねる。


「あんた、いつも腰が低くて怒った顔なんて見せたことがないから、舐められたんだよ」


「ちょっと待ってくださいよぉ。

 まるであたしが悪いみたいじゃないですかぁ」


「いやいや、そんなことはないさ。

 むしろ悲劇の英雄ヒーローだよ」


「英雄、ですか?」


「あぁ、そうだ。

 横暴なシンジュクが悪い、タイトウさんが可哀想、と言うのが世間の見方だからな」

「で、この機に乗じてでシンジュクを倒す!」


 コウトウとのやり取りを聞いていたスミダにいきなり切り出され、タイトウは慌てた。


「えっ、あ、いや、ちょ、ちょっと待ってください。

 シンジュクを倒す、って!?

 あたしには全然話が見えないんですけど」




「世論を味方につけて、ここ東京を変えるんだよ。

 目的は三つ。

 一つ目は、シンジュクが牛耳っている二十三区長会を、川の手が主導する合議制に戻す。

 二つ目は、シンジュクの傀儡となっている東京都の再建を図る。

 三つ目は、東京駅前・八重洲地区への都庁舎移転だ」


 コウトウの言葉に、黙ってうなずくチュウオウ。


「いやはや何とも。

 犬猿の仲で有名だったコウトウさんとチュウオウさんが一緒にいるってだけでビビってたのに。

 それと、さっきからって言ってますが、ひょっとしてあたしも」

「もちろん、あなたも含めて、の話です」


 遮るように突き付けられたチュウオウの言葉に、うな垂れるタイトウ。

 しかし、八秒後に顔をあげたときは顔つきが違っていた。


「わかりました。

 あたしん所も言い掛かりをつけられて断交されてる身だ。

 腹ぁくくりましょう」


「あぁ。絶対に負けられない戦いがここにある!」


「でも、どうするんです?」


 三人の視線がスミダに注がれた。







「はぁ? そんなこと出来るわけないだろ!」


 コウトウは思わず立ち上がり、スミダを見下ろして怒鳴った。

 タイトウは驚きのあまり、口をぽかんと開けたままスミダを見つめる。


「今時そんなやり方でこちらの希望通りになったとしても、各区民が支持してくれると思うか?

 下手すりゃこっちが叩かれるぞ。

 シンジュクのやり方に反感を持っている世論の力を、みすみす失うことになるんだよ」


「はっきりと目に見える形で決着をつけるなら、数だ。

 数は力なんだよ」


 スミダも一歩も引かない。


「しかしだな」

「スミダさんの言う通りかもしれません」

 いつもの冷静な口調で、チュウオウが二人の間に割って入った。




「どれだけの人間がこのとうきょうを変えようとしているのか。

 我々だけが変えようとしていてもうまくはいかない。

 ここは志ある人々の想いに賭けてみようじゃありませんか」


 それでも黙って立っているコウトウに、チュウオウが立ち上がって言った。


「コウトウさん。あなたと私は?」


中江ちゅうこう同盟」

 一瞬ためらった後、二人で声を合わせながら右腕と右腕をがっちりと組む。


「このバロムクロスみたいなポーズ、いるかなぁ?」


「何事も形から入るタイプなので」


「いや、そういうことじゃなくって、バロムクロスなんて誰も知らないぞ」


「あたしは知ってますよぉ。

 小さい頃から昭和の特撮モノって大好きなんです」


 あたしも加わりたいなぁなどと呟いているタイトウを横目に、半ばやけくそ気味にコウトウが声を張り上げた。


「あー、分かったっ!

 スミダの案にチュウオウは賛成なんだな?

 タイトウさん、あんたはどうする?」


「どうするも、こうするも。

 こうなったら、なるようになれ! ってやつですよ」




「よしっ!

 我々、川の手連合はスミダの作戦で勝負を挑む!

 みんな、それでいいな!」


「おーっ!」


 相変わらず、軽いノリでタイトウは叫ぶ。

 チュウオウは静かにうなづき、スミダは座ったまま顔をくしゃくしゃにして笑っていた。




【ナレーション】

  ブンキョウの放った間者により、もたらされた情報とは。

  ついに、〈川の手〉連合の恐るべき作戦が明らかに……

  次回、「第六話:山の手 三月二十五日 ―驚愕―」お楽しみに!





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