第四話:山の手 三月十六日 ―思惑―
◆主な登場人物
コウトウ ……役所広司 シンジュク……片岡愛之助
スミダ ……武田鉄矢 ブンキョウ……八嶋智人
チュウオウ……中井貴一
ナレーション……田口トモロヲ
【ナレーション】
平成の頃には、おしゃれな街として若者たちに人気だった三軒茶屋。
首都高の解体により、分断されていた感のあった街並みにも統一感が生まれた。昭和をイメージした喫茶店が集まるようになった今では「茶屋」と呼ばれ、老年世代の憩いの地となっている。
開業百四十年を迎えた世田谷線は、都内で唯一の軌道線として路面電車の面影を残していた。その世田谷線に乗り三軒茶屋から三駅、松陰神社前という由緒正しき駅近くに世田谷区役所がある。
川の手の動きを知らぬまま、山の手側もかねてよりの計画通り、主要メンバーが一堂に会した。
* * * * * *
会議室の窓には、樹齢百年になろうかという欅がその枝々に若葉を芽吹かせ、雄大な姿を映し出している。
「ここのケヤキはあーい変わらず見事ですね」
「おっしゃる通りでございます、はい」
シンジュクとブンキョウの会話を聞きながら、ここの主であるセタガヤ(古田新太)が笑いながら言った。
「この
自然を大切にして育んでいくのは我が区の伝統ですな」
会議室には、シンジュク、ブンキョウ、セタガヤそしてネリマ(柄本明)の四人が顔をそろえている。
皆一様に笑顔を浮かべているものの、目が笑っていない。
「シンジュクさんの呼びかけでこうして集まりましたが、本当の狙いは一体何ですか?」
セタガヤがいきなり切り込んだ。
「観光サミットと言っても、ウチやネリマさんは東京とは思えないような自然を売り物にしていますが、ブンキョウさんとはちょっと毛色が違ってるし。
シンジュクさんの所に至っては建築遺産じゃないですか。
ちょっと無理やり感がありますよねぇ」
「いやいや、山の手地区でも有数の観光資源を持つ我々が連携を深めていく、ということは大きな意味を持つと思いますよ」
受けに回ると弱いシンジュクに代わって、ブンキョウが応じた。
「しかしねー、元々はタイトウさんの所へ視察に行ったわけじゃないですか?
あの一件があったからって、急にこちらへ来られてもねぇ」
「あたしは構いませんよ」
ここで初めて、ネリマが口を開いた。
「持ちつ持たれつと言うこともあるし。
観光サミット、結構な話じゃないですか」
「まったく、何考えてるか分かりゃしねぇ。食えねぇ
セタガヤが顔を背けて俯きながらつぶやく。
「なにか仰りましたかな?」
とぼけた表情で聞いておきながら、セタガヤを見てニターッと笑った。
すぐさまシンジュクへ向き直った時には、既に笑顔は消えている。
「具体的にどのような企画を立ち上げるのかは事務方に任せるとして、このように観光を通じて協力関係を持つということは、当然、双方に利益が生じるということですな」
「もちろんです。
各区の発展こそが私の目指すところです」
シンジュクが間髪入れずに答えた。
「まー、観光による地域の活性化、大いに結構。
しかしですな、あたしも今期限りで引退するつもりなんですよ。
そのための何か花道があればと思っております」
シンジュクの顔色を探るかのように、やや上目遣いでネリマが続ける。
「そう言えば、この六月で二十三区長会の議長も交代でしたなぁ。
区長会の議長というものも、一度はやってみたいもんですなぁ」
(この親父、あからさまにポストを要求しやがった)
驚いて目を見開きながら見つめてくるセタガヤに、ネリマはまたしてもニターッと笑い返してボソッと囁いた。
「早い者勝ちだよ」
「いやぁ、わーたくしで出来るかーぎりのことは協力させて頂きます」
百戦錬磨のネリマを前に、シンジュクはぎこちない笑みを浮かべながら返すのがやっとだった。
今日の所は、この会議を月に一回の割合で定期的に開くこと、具体的なイベントは各区から実務担当者を決めて別途協議することを決めて、散会となった。
会議室を出て、地下の駐車場へ向かう途中でシンジュクがブンキョウを呼び止める。
「ネリマさんには一本取られましたーね。
伊達に三期連続、十二年も区長をやっているわーけではないですね」
黙ってうなづくブンキョウ。
「でも、あーの人は自分に正直な人だから、これで我々の味方となるでしょう。
むしろ、手強いのはセタガーヤさんかもしれませんね」
「おっしゃる通りでございます、はい」
【ナレーション】
中江同盟を成立させた〈川の手〉連合。
タイトウを交えた三人に、スミダの口から語られるものとは……
次回、「第五話:川の手 三月二十日 ―決起―」お楽しみに!
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