第三話:川の手 三月四日 ―成否―
◆主な登場人物
コウトウ……役所広司 シンジュク……片岡愛之助
スミダ ……武田鉄矢 ブンキョウ……八嶋智人
ナレーション……田口トモロヲ
【ナレーション】
銀座四丁目の交差点から歩いて十五分ほど、新富町駅の前に立つ中央区役所。
この辺り一帯は都心環状線が解体された跡に堀の流れを復活させ、遊歩道を備えた河川公園として整備された。
川幅は狭いものの、東京駅近くの呉服橋から江戸橋を右折して浜離宮に至る水上バスも運行している。
この会議室からは京橋地区にかけての歴史ある街並みが一望できる。
山の手側も動き出した二日後、先んずるべく川の手側の二人はキーマンとなる男のもとを訪ねた。
* * * * * *
いたずらに時間だけが過ぎてゆく。
先日、料亭での席を設けた際には当日になってキャンセルされていた。
「遅いな」
スミダのつぶやきにもコウトウは目を閉じたまま反応しない。
因縁の
さらに十分ほどが過ぎ、苛立ちが緊張を覆いつくそうとした頃に、沈黙を破ってノックの音が部屋に響いた。
「大変お待たせ致しました」
物静かな口調ながら、よく通る声質も相まって威圧感さえ感じる。
チュウオウ(中井貴一)が部屋に入り、窓を背にして座った。
「先日は急用が入ってしまい、わがまま言って申し訳ありませんでした。
また、本日はわざわざお越しいただき恐れ入ります」
頭を下げながらも、鋭い視線はコウトウに注がれたままだ。
「コウトウさまには大変ご無沙汰をしております」
言葉こそ丁寧であるものの笑顔はなく、張り詰めた空気は変わらない。
「それで、お二人お揃いになってのお話とは?」
スミダが隣に座るコウトウをちらりと見た。
「実は」
「私からお話ししましょう」
スミダの言葉を遮り、チュウオウの目を見据えたままのコウトウが自らを鼓舞するような声を腹から絞り出した。
「つまり、二十三区の実権を山の手から川の手へ取り返す。
そういうことですか」
コウトウの話を聞き終わると、チュウオウは大きく息を吐いてから誰ともなく呟いた。
「都庁は既にお飾りとなって、機能していない。
シンジュクに都合の良いように使われているだけになっている。
都民のための政治を取り戻すことが、ひいては区民のためにもなるのでは?」
思いを込めた言葉と共に、コウトウが熱いまなざしをチュウオウへ投げかける。
「なぜ、私なのでしょうか?」
痺れるような緊張感は薄らいだものの、和やかな雰囲気とは程遠い。
しかし、何かが生まれようとしている気配は徐々に満ちてきている。
コウトウは浅く座り直し、脚を少し開いて体を前に傾けた。
「誰もが知っている通り、江東区と中央区は仲が悪い。
もう五十年近く冷戦状態だ。
あなたと俺との間も同じだ。
だけどな。
相手を卑下しているわけじゃない。
むしろその逆で、相手を認めているからこそ、素直になれないというか」
一息入れて言葉をつないだ。
「上手く伝えるのは下手な俺だが、ここは誰にも負けないと思ってる」
そう言って、自らの左胸を右こぶしで叩く。
「今は変なプライドを捨てて、あなたの力を借りる時だと、俺の
黙ったまま、チュウオウの口許がわずかにほころんだ。
「もし
ずっと黙って二人の話を聞いていたスミダが、おもむろに目を見開き、トレードマークの長髪を掻き上げた。
「都庁の移転。
「もともと旧都庁は東京駅の真ん前、中央区にあったじゃないか。
現都庁舎は築七十年を超え老朽化しているし、建て替えの大義名分も立つ」
「八重洲地区の再開発を行い、そこへ新都庁を建てる。
それが
二人の言葉を聞き、やや俯いて今度はチュウオウが目を閉じた。
「私たちは異なる道を歩いてきたが、目指す場所は同じはずだ。
『迷わず行けよ、行けばわかるさ』」
スミダの言葉を受けて、コウトウが一言。
「時は来た!」
「分かりました。コウトウさまの手強さは、他の誰よりも私が分かっています」
すっと顔を上げたチュウオウが微笑を浮かべた。
「ともに戦うことといたしましょう」
ゆっくりと差し出した右手を、コウトウが両手で包み込むように固く握りしめた。
ここに
「で、具体的にどう攻めるのか、腹案でもあるのか?」
コウトウが訊ねると、スミダはニヤリと笑った。
「もちろんさぁ」
【ナレーション】
セタガヤ、ネリマという一癖も二癖もある相手を前に
シンジュク、ブンキョウはどんな策に……
次回、「第四話:山の手 三月十六日 ―思惑―」お楽しみに!
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