第二話:山の手 三月二日   ―風聞―

【ナレーション】(田口トモロヲ)

 新宿・歌舞伎町の雑踏は昔も今も変わらない。

 不夜城としての顔が広く知られているが、昼間の顔も猥雑わいざつ混沌こんとんとした空気を漂わせている。

 その一角に彼の城、新宿区庁舎がある。


 新宿区長・シンジュク(片岡愛之助)は、新しい区庁舎しろを西新宿の京王プラザホテル跡地へ建てることを先の選挙公約として掲げた。

 都庁の隣に移転することで、名実ともに都の中心を担うことが目的だ。

 用地の買収も話が進み、すでに最終段階となっている。



      *    *    *    *    *    *



「あーんな環境の悪いところからは、一刻も早ーく移転するべきなーんです」


 本人は上品ぶったつもりの独特なイントネーションで、向かいに座る男へシンジュクは声を掛けた。


「おっしゃる通りでございます、はい」


 そう返事をしたのは文京区長・ブンキョウ(八嶋智人)。

 二世政治家であるシンジュクが都議会議員を務めていたころの第一秘書であり、自らも同じ道をたどって区長へと転身した。

 “シンジュクの腰巾着こしぎんちゃく”、“シンジュクにつくコバンザメ”などと揶揄やゆされているが、本人は一向にかまわず“シンジュクの懐刀ふところがたな”を自認している。


 今夜は西新宿にあるホテルのレストランで、夜景を見下ろしながら会食をしていた。お互いが行政の長となって以降も、月に数回、こうした情報交換の場を設けている。


「それより、この前はとんだ災難でございましたねぇ」


 ご機嫌をうかがうかのようにブンキョウが切り出した。


「おだまりっ。あーの話はナッシング!」


 一旦フォークを置き、眉間にしわを寄せたシンジュクがグラスの水を口に含む。

 膝の上に掛けたナプキンを優しく持ち上げ、そっと口元を拭った。


「まーったく、川の手の輩はひんがなーいですからね。

 思い出ーすだけで腹が立ーちます」


 その言葉に嘘はなさそうで、露骨に顔をしかめている。

 そんなシンジュク主君をさも心配そうに見つめながら、何度もうなずくブンキョウ。 


「おっしゃる通りでございます、はい」




「ところで、ちょっと気になる話を耳にしたんですが」


 こちらもフォークを置いてから声を潜め、シンジュクの方へ身を乗り出した。


「ん? 話とは?」


 芝居がかったように目を細めて、ブンキョウの方へ耳を寄せる。




「はい。どうやら、川の手の連中が妙な動きをしているらしいんですよ」


「なーんですか、妙な動きとは」


「具体的に何かという情報までは入ってきていないんですが。

 タイトウは何か言ってきましたか?」


 口をへの字に曲げ、首を傾けた様はまるで歌舞伎の見得を切っているかのようだ。

 そんな表情のまま、両肩をすくめながら掌を上に向ける。

 

「何も。ま、もう断交していまーすからね」


「そうですか。でも、何を仕掛けてくるのか分からない以上、先に手を打っておくことも必要かと」




「何か良い案でも?」


「はい。よろしいでしょうか」


 無言のまま、シンジュクは静かにうなづいた。

 食後のコーヒーを飲みながら、ブンキョウが続ける。


「セタガヤさんとネリマさん、あのお二方を今のうちに味方につけておくのが得策では」


 言うまでもなく、世田谷区と練馬区は二十三区の西部に位置し、いずれも比較的広い区域の中に自然を取り込みながら住宅都市を形成している。


「なるほど。確かに、あーのお二人は外様とざま区役所としては力を持っていますかーらね」


「はい。地理的なこともあり、川の手の連中とは接点がありませんが、我々とは共通の課題もあります」


 聞き役となったシンジュクは、相槌を打ちながら続きを促す。


「世田谷の等々力渓谷、練馬の石神井公園、新宿の西口公園と都庁、うちの小石川後楽園と、我ら山の手地域には自然を中心とした観光資源があります。

 これらを活性化することを目的として定期的に協議する、観光サミットを立ち上げてはいかがでしょう。

 直接、顔を会わせる機会を増やすことで信頼も得られるかと」


 シンジュクは話を聞いてにんまりとした笑みを浮かべた。


「それを私の案として発表しろ、と?」


「おっしゃる通りでございます、はい」




【ナレーション】

  犬猿の仲と言われているコウトウとチュウオウ。

  二者の会談は行われるのか、それとも………

  次回、「第三話:川の手 三月四日 ―成否―」お楽しみに!



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