第10話新しい日々
ショメルは階段の前の所まで行くと、重い鉄の扉を開けます。後ろで笛の音がして、誰かが追いかけてくる気配がしましたが気にしている暇などありませんでした。ショメルはお屋敷の三階まで走って行くと、廊下もそのまま突っ切りあの執務室の前まで行きました。
ノックさえせずショメルは部屋の中に入ります。椅子に座り寂しげに窓の外を見ていた、淡い紫の瞳をした例の女性はショメルを一瞥して
「何の用です。私はあなたなんか呼んだ覚えはありませんよ。」
と興味無さげに言いました。
息を切らせながらショメルは
「お願いがあるんです。現実の世界で僕に弟ができたんです。その姿を一目で良いから見たいんです。」
女性は
「そんなもの見てどうすると言うのです。あなたは現実の世界を捨てて来たのでしょう。意味ない事です。」
ときっぱり言いましたが、ショメルは必死に言いました。
「家族が幸せにしていることを確かめる為に、弟の姿が見たいんです。」
本当に心から幸せそうにしていたら、もうショメルには帰る場所がありません。
「そう言えば、あなたのご両親は弟さんをずいぶん可愛がっているらしいですね。見ても辛くなるのではないですか。」
ショメルは執務机越しに身を乗り出して言いました。
「どうしても必要な事なんです。」
女性は少し考え込んでいましたが
「良いでしょう。そこまで言うのなら、お見せしましょう。目を閉じなさい。」
と言いました。
木の杖か何かで頭を突かれる感触の後、ショメルの目の前には懐かしい家族の姿が写し出されました。食事中のダイニングで、ショメルの母親は弟と思われる赤ん坊を抱いて、ご飯を食べさせていました。くすぐったそうに笑う弟の姿はとてもかわいらしいものでした。ショメルの父親はすぐ側でそんな二人の姿を眺めつつ、優しく微笑んでいました。
その光景が不思議に思えました。あの両親がなぜとも思いました。自分自身が忘れ去られたかのようなその光景に、涙が出そうでした。
もう見るのは充分だと思い目を開けようとした時、ふと一枚の絵が目に入りました。ショメルが幼き日に両親を描いたものです。拙い絵でしたが、その絵にはショメルの純粋な願いが込められていたのです。額縁に入ったその絵は大切そうに壁にかけられていました。
ショメルの存在は確かに今も、そこにはあったのです。ショメルは思いました。自分には帰る場所があるとか、ないとか考える必要もなかったんだ。だってこんなに幸せそうな家族の中に僕はいられるんだもん。きっとどんな風にでもやり直せるはずさ。それだけがただ心から嬉しいな。
ショメルは目を開けると、ただ笑っていました。別に意図した訳でもなく自然に笑みが溢れでてきました。止まっていた時間を動かすような笑顔でした。
女性はその光景に言葉も出ないと言ったほど驚いていました。そして間もなくショメルの体が淡いオレンジ色の光に包まれて行きます。そしてようやく女性はなるほどと何かを悟った様に
「ショメルさん、もう二度と夢の世界に逃げてはなりませんよ。」
と優しく言ったのでした。ショメルの意識はそうやって薄れて行ったのです。
意識が覚醒すると、ショメルはあの森の中の小屋にいました。駆け足で家へ向かいます。少しだけ古くなった感じがするものの、確かにショメルの家です。ショメルは一度深呼吸をしました。ここにいても幸せな家族の声が聞こえてきそうです。よし、行こう。ショメルは一瞬ノックするかどうか迷ったものの、やっぱりノックはせずにドアを力強く開けました。
この先にどんな事が待ち受けていようと、それはショメル自身が作っていく、新しい日々なのです。ショメルはただその事が嬉しくてたまらないのでした。
笑えショメル @lionwlofman
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