第8話心の音

そしてそんなこんなしているうちに、どういう訳でしょうか。練習場にバイオリンを持った見慣れた顔がやって来ました。

髪を短く刈り上げた、清潔そうな感じの若者。団長の楽団のバイオリニストの一人です。そのバイオリニストのすぐ後ろからやって来たのは、恰幅の良い長身の中年男性。やっぱり彼も団長の楽団のメンバーでコントラバスを弾いています。続いて小太りの打楽器担当、さらには、いつも気の弱い、オーボエを吹く小柄な女性のメンバーまで来ました。

あれよあれよと団員たちがやって来て、メンバーが皆集まりました。ただあの年老いたラッパ吹きだけは現れませんでした。急な事に頭があまりついてこない団長は

「皆、どうして?」

と絞り出すように尋ねます。

「家にいたら、確かに音楽が聞こえてきたんです。近所で誰かが演奏しているのかとも思いましたが違うようで、その音楽に何故だか自分も加わりたくなって、誘われるようにやって来たんです。」

聞こえるはずもない音楽が団長も、団員たちをも突き動かしていくかのようです。あれだけあのラッパ吹きの演奏に文句を言っていた団員でさえ、ラッパ吹きのような外れた音の演奏に文句一つなさそうでした。一人一人、表情は違いますが、どこかそれでいて、通いあって調和のとれた一枚の絵のようです。

「心の音は聞こえるはずが無くたって響くものです。」

白銀の鳥は誇らしげに言ったのです。しかしまだ少し団長のプロの音楽家としての矜持が邪魔をしているようでした。

そうこうしているうちなんだか眠くなって、椅子に腰掛けたのは、夜も遅い時間だったからでしょうか。そして気がつかぬまま、うとうとして、そのまま眠ってしまった団長が気がついた時、月夜の光が差し込む部屋には、あの白銀の鳥も誰もおらず、床にケースに入った例のトランペットがあるだけです。

取り残されたかっこうの団長は、なんだか少し演奏したりない気がして、ケースからトランペットを取り出して一人静かにメロディーを奏でていきます。それはごく普通のありふれた音でした。どうした事でしょう。いつもなら平気なはずが、何故だか一人きりの演奏が寂しくなって、手を止めて、窓から月夜を眺めます。

やっぱり風が優しく頬をかすめていきました。今にもあの白銀の鳥が窓辺にやって来そうで、ただ夜空を見つめていたのです。聞こえるはずもないさっきのあの演奏の音が、不思議と団長の耳に届いた気がしました。





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