第7話つたないハーモニー
まだ団長は寝ぼけていましたから、今の出来事も夢のような気がしました。ボーッと三日月を見ていて、時計の針がどのくらい進んだか分かりませんでしたが、気が付くとあの白銀の鳥が窓枠に戻っていたのです。
とても大切そうに小さなトロンボーンを持っています。それとあと三羽の鳥が一緒でした。一羽の鳥は薄い緑色に空色のまだら模様が可愛らしい鳥で、なんともお似合いな小さなテューバを持っていました。
もう一羽はコバルトブルーに黄色の横縞が入った鳥でこれまた、鳥向けのサイズのトランペットを抱えています。
最後の一羽は白いくちばしに闇夜の一部を切り取ったかの様な真っ黒な少し大きい鳥で、小さなホルンを持っていました。白銀の鳥が言います。
「さあ、あなたは指揮棒を持って下さい。心のままに。素敵な音楽を奏でましょう。」
鳥にまともな演奏なんかできるもんか。そう思いながらも団長は渋々、指揮棒を持ちます。演奏の腕前を見るにはそれから三十秒も必要ありませんでした。
うんざりするほどひどい演奏です。リズムすら合わせることが出来ず、どの楽器もまともな音さえ出ていないありさまです。大まじめに一生懸命演奏しているのは分かりますが、曲がりなりにも有名な楽団の団長である自分がこんな演奏会など五分とやっていられません。
「これはまたひどい演奏だな。あのラッパ吹きと同じレベルだ。」
それだけ言うと団長は指揮棒を片付け始めようとしました。するとどうした事でしょう。どこからともなくぎこちないけれど、それでもやさしい音色が聞こえ始めてきたのです。誰かが楽器を弾いているのだろうか。団長が音のする方へ歩いていくと、開け放たれた窓から音が聞こえてくるのです。
「そよ風の演奏ですよ。月の演奏もあります。他にもまだまだいますとも。」
団長が耳をそばだててみますと、音が聞こえてきます。フルートをはじめとした木管楽器の演奏です。確かに下手なのですが、なんだか夜の草原を一陣の風が撫でていくような、そんな風景を思い起こさせます。
「風が奏でているのですよ。まだまだ皆やって来ますよ。」
バイオリンをはじめ弦楽器の音も聞こえて来るようです。そしてこの外れた音は、まるで毎日聞いているあの音のように下手くそですが、ビオラやチェロやコントラバスなどが子どもの手を引く母親のように、優しく、支えている気がしてきたのです。
「私たちの演奏に誘われて来たんです。月と夜空の星たちのハーモニーです。私たちにお似合いでつたないけれど、なんとなくやさしい感じがするでしょう。」
そんな馬鹿なと思いましたが、練習場の側には家などもなく、もしかして本当なのかもしれません。本当のところはどうなのでしょうか。白銀の鳥は言います。
「さあ、もう一度指揮棒を手に取って。私たちと一緒に一つの音楽になりましょうよ。私たちもあなたもかけがえのない、この音楽の一つなのです。あなたも私たちとひとつになれるんですから。」
風のフルート、月のバイオリン、ビオラやチェロやコントラバスなどは空に僅かに見える星たちの演奏です。そうして風に乗って流れて来る音が、指先から体の全体へとゆっくりと溶けていき、不思議と少しずつ団長の指揮と合わさってきた気がします。そしてどういう訳か、だんだん下手くそだなんて事、気にもならなくなってきて、なんだか自然と笑みが溢れてきたのです。
誰もがこんなに下手くそな事さえ気にせずに、ただただ皆と一つの音になりたくて、それでいて自由に奏でていたからかもしれません。子どもの頃はきっと誰もがそうだったような気がするな。団長は少し懐かしい気持ちになっていました。
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