第4話魔法のトランペット

その他の用事を済ませ夜になってようやく家に着いた団長は、考えていました。いい加減コンクールで結果を残さないとならないのは紛れもない事実だ。これ以上、いつもと同じ結果に甘んじてはいられない。そんな楽器を使わせるのはいささかルール違反かもしれないが、期待に応えるのも我が楽団の使命だ。

それに何より私自身、使ってみるのが楽しみでもある。そう考えると団長は久しぶりにゆっくり眠ることが出来たのです。

そうして団長が眠っていましたら、夜遅く遠慮がちに短い間隔でドアを叩く音が聞こえたのです。それなりに長い時間続いていたのでしょう。なんだか今日は風の音がうるさい気がして団長は目を覚ましたのです。

久しぶりにゆっくり眠れていたのに風の音に邪魔されるとは。団長はベッドから起きて何の気なしにドアへ近づいたのです。風がドアをノックするかのような、その弱々しい音は一定の間隔でなっています。団長はなんだか少し変だなといぶかしみながらドアを開けてみたのです。

団長の部屋の薄くぼやけた灯りに照らされて暗闇に浮かび上がるような黒いシルエットが現れました。灯りに誘われるようにそこにいたのは、黒いつば広ろ帽子を被って、白い手袋をした背の少し高い見知らぬ男でした。大切そうにトランペットらしき楽器の入ったケースを抱えて立っていたのです。

「夜分遅くに失礼します。大臣殿から話を伺って参った者であります。例の魔法の楽器をお持ちいたしました。」

闇に紛れそうなその外見とは裏腹に男ははっきりした口調で言いました。

「こんな夜中にわざわざですか。」

いい加減にしてくれとばかりに団長の声には、いくぶんかの苛立ちが隠せないでいました。

「善は急げと言いますでしょう。それにコンクールまでそれほど時間もありません。ご無礼は承知でこんな時間に参ったのです。」

世の中の摩訶不思議な楽器を大変な苦労をして集めているとの男です。やはり変わり者なのかもしれないなと団長は思いました。

「そうですか、それはご苦労様です。狭いところですがお入りになってください。」

団長は男を部屋の中に入れたのでした。男はドアを叩いていた時と同じ様に遠慮がちに部屋へ入ると、団長に促されるままテーブルの前のくたびれた感じの腰掛けに座りました。そしてテーブルに慎重にケースを置いたのです。

団長と向かい合って、少しの間、男はにらみつけるかの様に団長を見つめた後、今度は瞳の奥にある心の芯を掴みとるような視線をほんの一瞬見せました。男は一つ咳払いをしてから、話し始めます。

「私が今日、お持ちしましたのは、大臣殿からも伺っているかとは思いますが、どんなに技量の無い奏者でも、とても素晴らしい演奏が可能な楽器です。しかしこの楽器の力を発揮するには前もって、音楽へのまことの愛情を吹き込んでおかなければならないのです。失礼ですが、あなたにそれが出来ますか?」

「もちろん出来ますとも。」

躊躇なく団長は言い切りました。団長は思いました。音楽への愛情は一点の曇りも無い。これは心から自信を持って言える事だ。

男はしばらく何かを考え込んでから、ほとんど聞こえないような声で

「聞こえない音が聞こえるのですね?」

とつぶやいたのです。

おもむろにケースから一点の曇りもないほど、徹底して磨きあげられた美しいトランペットを取り出して

「ではこれをお貸ししましょう。あなたの心が楽器に届くと良いですね。」

それだけ言って軽く頭を下げると、足早に去って行ったのでした。

楽器に音楽への愛情を吹き込むのか。曲がりなりにも幼い頃から音楽の為に生きてきたのだ。団長は朝になったら、心を込めてトランペットを演奏するぞと意気込んだのです。





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