4.ウィングス・フォー・ホイールズ

come take my hand

We're riding out tonight to case the promised land

ここへ来て俺の手をとってくれ

今夜走り出して 約束の地をためしに行こうぜ



ジョン・イーデンの店に勤めて3日。

1日当たり、だいたい4人の客をとるが、まだ、最初から狂っているとか、サラに手を出そうとするとか、常軌を逸した客には当たっていない。

団体客に当たっていないのも運が良いと言える。

でも、いつか私は失敗するだろう、とサラは思う。

ユニーたちを狂気に導いていくのは非常に複雑な作業だ。

慎重に、おそるおそる細い道を辿っていくようなやり方。

予期しない出来事に出くわしたときには、きっと踏みはずす。

この仕事をしていれば、誰でも幾度かは間違えるはずだから、それでクビなるということはないはず。

長くやっている人の経験を聞いてみたいが、個室で分けられた控え室で、同僚との接触の機会は今までなかった。

おまけに、同じ時間を働いても、残る疲労は段違いだ。

数字は自分を励ますほどに現実的には、ちっともならない。




サラはまだ一度も着ていない、新しいドレスを選んだ。

シンプルな白いドレス。

ボスにもらった数着の中で、最も気に入っているものだ。

予想していたよりも早く、自信がなくなってきていた。

自分はもっとユニーたちのことを気に入っている、愛憎の両端を超えた上で、もはや愛していると言ってもいいほどだと思っていたのだけど。

人間に関する膨大に蓄積されたデータから、最もふさわしい行動や言動を引き出すのがユニーたち。

それは常に、周囲への完璧な気配りの結果として現れる。

それは人を心地よくさせるはずのものなのだけど、ときに人の嗜虐性を刺激し、大きなフラストレーションを抱かせることがある。

自分はそのような逸脱行為とは無縁だ、とサラはいつも思ってきた。




サラはいつもの部屋で、レイチェルと共にソファに座って、その日の最初の客を待つ。

ドアが開いて入ってきた男を見て、サラは小さく声を出す。

「なぜあなたがここに?」

「もっと早く来ようと思っていたんだけどね」

ダグが応える。

「この店の人気はたいしたもので、何のコネも持たない俺は3日待ちだよ」

「あら、お知り合いなの? 楽しいわね」

レイチェルが嬉しそうな声をあげる。

「おまけにべらぼうに高い」

ダグはレイチェルを一瞥して無視する。

「サラ、俺は君が好きなんだ」

「わーお、大胆ね」

レイチェルの顔が輝く。

「レイチェル、少し黙ってて」

サラはレイチェルを手で制して立ち上がる。

「そんなことを言うのに大金を払ったの? 他の場所でも会えるのに」

「君が誇りを売ろうとしているのを、黙って見過ごすことができないんだ」

ダグはサラの正面に立ち、両肩をつかもうとする。

「君は自分の価値を知っているはずだよ」

「私は自分の置かれた場所を受け入れているのよ」

サラはダグの両手をゆっくり拒む。




どういう思考回路をとおって、こういう発想が出てくるのだろう、とサラは思う。

「それに私はもう、すでに一度負けているの。ギャンブルにリスクは付き物でしょ? マイナスから始めるのはラクじゃないのよ」

「君に見せたいものがあるんだ」

ダグは強引にサラの手をとって、ドアへと向かう。

「ちょっと! 私の職場をなんだと思ってるの? あまり勝手なことをすると、この店は穏やかじゃないわよ」

サラは引きずられるようについていきながら叫ぶ。

「俺は金を払ってるんだ。時間内に少しぐらい君を好きにしたって許されるはずだ」

ダグは硬い表情で言う。

「だから、それは私の仕事じゃないわ。あなたが買ったのはレイチェルよ」

何とか説得しようとするが、強い力で手首をつかまれ、サラはこの男に抵抗できる気がしない。




薄明かりの店内を抜け、フロントの男が驚いている間にダグは階段を上がり、ドアを開けて外に出る。

「これを見てくれ」

ダグが指差す。

「何だっていうのよ?」

サラが見たのは、斜陽に輝く薄い青緑のボディ。

飛び出して上下に並んだ一対のヘッドライト。

伝説の中で活躍する小道具。

この国の神話を彩るペガサス。

「これ、キャデラック?」

「ビンゴ!」

ダグはあっという間に笑顔になり、ポーズを決める。

「68年のクーペ・デ・ヴィーユ。よくぞ知ってたもんだ。見たことなんかないだろうに」

「誰でも知ってるわよ」

サラはあきれたような表情でつぶやく。

「こんなもの、どこから拾ってきたの?」

「もちろん、“丘”から掘り出したんだ」

ダグはフロントグラスを軽く叩く。

「2年前に見つけて、ボディ以外はほとんど作り直したり買ったりしてね。エンジンにシャーシ類もほとんど。あのアトリエにあったのは、2つを除いてあとは全部本当に昔ながらの旋盤だよ」

「あきれるわね。私が行った日は隠してたの?」

「あの日は塗装屋に持ち込んでいたんだ。ちょうど最後の仕上げにかかっていたころでね」

ダグは指先でボディをなでる。

「君みたいな人でも、隠し事を全部見抜けるわけでもないのさ。悔しいかい?」

「私だって、ヒューマンをそこまで馬鹿にしてるわけじゃないわよ。ましてや、あなたのことは」




ダグは微笑む。

「あとで驚かしてやろうと思ってたんだけどね」

「けど、何よ?」

サラは腕を組む。

「少し予定変更で、このまま出発しよう」

ダグはクーペに寄りかかり、両手を広げてみせる。

「やめてよ、ダグ。自分が何を言っているかわかっているの?」

サラは首をふる。

「完全にわかっているよ。こいつはエアカーと違って、エンジンをかけるたびにIDなんか要求しない。地上道路を走るやつなんか、警察だってほとんど相手にしないさ。俺たちはどこへだって行けるんだ」

「そんなことはいいの。それでどうするのよ? どこに行くのよ。またここへ還ってくるだけじゃない」

「誰にもわからないよ、そんなことは。君みたいなお嬢様の目には映らないかもしれないけど、この大陸には、ネットから外れて勝手気ままにやってるヤツがたくさんいる」

「無理よ。なんで勝手に私のこと信じてるの? あなたってそうやっていつも失敗するんでしょうね」

「確かに俺は一度、愛に挫折した」

ダグはサラに歩み寄る。

「でも、それは次も失敗することの証明にはならないさ。それにほら、俺が前にダメになった主な理由は、今度の場合には完全に当てはまらないんだし。君みたいなスペシャリストにはね」

ダグは微笑んで、軽くウィンクをしてみせた。

「ダメよ、私には欲しいものがある。あなたはそれを捨てろと言うのね」

「欲しいものが何なのか、君は明確に言うことはできなかったじゃないか」

ダグはサラの手をとる。

「ビジネスで成功して社会的に認められること? 大きい家に住んで子供を大学に入れること? 俺は自分の欲しいものがハッキリとわかっているよ。サラ、それは君なんだ。俺は君が欲しい」

「やめて、ダグ。私はそんなふうに生きられやしない」

サラは手を振りほどき、目をそらす。




「君も俺を愛しているはずだろう?」

ダグはもう一度、サラの手をとる。

「俺の目を見て、サラ。俺を見て、愛していないと言えば、俺はあきらめる。だが俺についてくるなら、俺は君をこの負け犬の町から連れ出すよ。こんな薄汚れたオアシスにしがみついていても、君は何一つ手にしないさ」

「きっとダメになるわよ」

「ダメになるかもしれない」

ダグはクーペのところへ行き、ドアを開けた。

「でもどの道、確かなものは何もないだろう。どこで何が起こるかなんてわからないさ。君は俺を愛してないと言うか、このドアをくぐって夢の車に乗り込むか、どちらかだ。」

「ダグ、そんなふうに言わないで。そんな言葉はいつか寂しくさせるばかりよ」

サラはうつむいたままだ。




そのとき、ジョン・イーデンの店から破裂音が聞こえた。

続いてたくさんの叫び声。

「あ、やばい。もう始まっちまった!」

ダグが慌てて運転席にむかって走る。

「何の音なの?」

サラが振り向いて叫ぶ。

「いや、ユニーの開発者の一人として、この店はどうも気に食わないんでね!」

ダグがエンジンをかけながら叫ぶ。

「この街の脱出記念だと思ってさ、時限発火装置を仕掛けておいたんだ!」

「あぁ、どうしてあなたはそうなの?」

サラは両手で頭を抱える。

「本当に自分勝手なことばっかり」

「どうするのさ?!」

クーペの中から、ダグが怒鳴る。

「運命に身をゆだねるか、この街で数字を数えて日々を明け暮らすか、どちらかだ。ドアは開けてあるぜ!」

「でも私はこんな格好で。上着ぐらい取りに行かせてよ、ダグ」

「上着なんか現金でも買える。さぁ乗れよ、サラ。そのドレスは最高なんだから」




サラはスカートの裾をつまんで駆け出す。

クーペのサイドシートに転がりこむとすぐ、ダグは一気に加速した。

「見たか? 死に物狂いでみんな飛び出してきやがった!」

ダグが嬉しそうに叫ぶ。

「あなた殺されるわよ。ジョン・イーデンは見栄のために人殺しするタイプなんだから」

サラが振り返りながら言う。

「どうあるべきか、なんて問題じゃないさ。問題は、美しいかどうか、だ。こんな車であんな街を飛び出す、俺たちみたいな恋人たち、どう思う? さすがに俺のチューン・アップ。こんな加速はエアカーじゃ感じられないぜ」

ダグが右手でハンドルをバシバシ叩く。

「全部あなたが組み上げたの? いきなり壊れたりしないでしょうね」

「走行テストはほとんどしてないけどな、技術屋としての俺の腕は信頼してもいいよ」

「祈るしかないみたいね」

この無神経さと無鉄砲さは、ユニーたちには絶対に真似ができない。

だからといって、私はこんなことに魅力を感じるのだろうか。

サラはため息をついて、前方を見る。

早くも街の外れにさしかかり、目の前には岩と石ころだらけの乾いた風景が広がっている。

こんな荒地とロマンチックで向こう見ずな男たち。

この国に古くからある組み合わせ。

これはラストシーンだろうか。

それとも、幕開けだろうか。

どちらにしても登場人物にとって、筋書きはいつも読めないものだ。

サラはもう一つため息をつく。


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A Dustland Fairytale ~ゴミ溜めからの逃走~ kc_kc_ @ndounganye

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