第24話 黄金の林檎亭、おすすめですよ!

 ――とまあ、レギンガルドへ出発するまでに、色々なことがあった。どうにかこうにか、城門の中へと入れることも出来、一安心とばかりにウィルマーは胸を撫で下ろ……すはずだったのだが。

「宿が、無いっ!?」

 どうやら、数年に一度の世界樹祭の開催期にぶち当たってしまったようだ。

「(そう言えばそんな時期か……)」

 と、ウィルマーは内心悪態をつく。

 一度滅びを迎え、焼け落ちた世界樹。その焼け跡から顔を出した新芽に、初めて花がついた事を祝う祭。契りの祭りフェアトラーク・フェスト同様、歴史的かつ世界的に盛り上がるイベントの一つだ。

 今年は色々な祭が被ってることも多く、せっかく旅行に来たのであれば色々な祭を見て帰ろうという者も多い。

 ドワーフの国ニーダスヴァルトから人間の国レギンガルドに行くには、ただ、川に沿って南下すればいいだけだ。

 それは寄るだろう。

 祭の事が無くても、レギンガルドは交通の要所だ。他の都市に行くにしたって、ここを通らずしてはどこへもいけない。全ての道は、レギンガルドから分かれると言われるほどの中心地。それだから、普段からそれなりに宿屋は埋まっているのだ。祭が開かれているのであれば、普段以上に混み合うのは必定。"旅に必要なのは何よりもまず情報"だと、今更にセバさんの言葉を思い出すウィルマーだった。

「まじかー……」

 魔石を良くおろしていた馴染みの商会をたずねるも、やはり、今はどこも満員だと言う。

「……まあよ、馬車ぐらいは止めさせてやるから探してきな」

 禿頭とくとうの商人が、方々に指示を出しながらこちらの肩を叩いて苦笑する。

 祭にそなえて仕入れた品を、飛ぶようにさばいていく。そんな鉄火場には、およそ邪魔でしか無いだろう客人だ。しかし、そうであってもしっかりと相手をしてくれる辺り、商売人としては一流なのだな、と思う。

「はは……、ありがとうございます」

 顔馴染みの商人に手を振られながら建物を出るウィルマー。世界樹の枝葉の隙間から、容赦ようしゃのない日光が暴力的に降りそそぐ。

 早速、指示が飛んだのか、商会の小間使いが自分たちの馬車を引いていった。

 少々うんざりした顔で映がやって来る。

「【もう、頼み込んで馬舎うまやにでも泊まらせてもらえば?】」

 しれっとすごい事を言う。

「【思いっきりが良過ぎるんだよなあ……】」

 とても最近まで現代の快適な環境で暮らしていたとは思えない発言だ。

 実際、道中馬車の荷台で寝たりはしているのだから、今さら宿を取らなくても……、ということなのかもしれないが、流石に身体がカチコチだ。しっかりとしたベッドで寝たい、とウィルマーは首をさすった。

 うっすらと昔セバさんと旅した時のことを思い出す。

 旅人は、修道院や教会の一部が解放されているところに泊まることもある。

 だが、今ウィルマーや映は、そんな場所に泊まりに行くわけにはいかない。

 一度教会の者に見つかってしまえば大騒ぎになるだろうし、教会側もこちらを保護せざるを得ない。教会側に身柄をあずけてしまった場合、自由は全く無くなるだろう。ましてや土の祭司にやらかしてることもあるので、出来るだけ近づきたくはない。教会や修道院に泊まるという線は無しだ。

 それだから、宿屋に泊まりたいのだが、沿道えんどうの名だたる宿屋は全滅だった。

 一階が酒場で二階が宿屋というところもあるそうだが、治安としてはあまりよろしくないように思う。だが、そう文句も言っていられない。文句を言っているうちにそういったところも埋まってしまうだろう。

「【いや、まだもあるしとりあえずは探そう。情報を集めやすい、めぼしい酒場をさっき聞いたからさ】」

 そう言いながら、雑踏に踏み出していく二人。油断すると肩をこすられるほどの混み具合。土煙つちけむりのにおいが鼻をくすぐる。久しぶりだな、と思いながら、ウィルマーは道を歩いていく。

 ――レギンガルドは、世界樹を囲むようにして発展した都市だ。路面は基本的には石畳で、立ち並ぶ家々も石積み。それらは、ほぼすべてがニーダスヴァルト原産だ。ニーダスヴァルトがようする山岳、ヤラベルクの中腹から伸びる上水道。それとともに流れる川は山岳さんがくから切り出された石を、レギンガルドへと運ぶ運搬路ともなる。

 道端みちばたでは、ヤラベルク原産の魔石が売られていたりもする。どれも販売許可のいらない、小石が加工されたようなものだ。ここでもニーダスヴァルトとの密接ぶりがうかがえる。

 あとは、遠い港から運ばれた酢漬けの魚や、果物を売る者もいる。露天で並んでいるような店はだいたいそういう安物売りが多い。

 中には、氷の精霊の力を使って鮮度を保ったまま運ばれた魚、などという高級品を売る店もあるが、それはどちらかというと客寄せのおもむきが強い。耳目を集めた上で、それ以外のものを買ってもらおうというためのものだ。

「【綺麗ね】」

 その言葉に振り返り、映の目線の先を見る。

 南国キルシュ・ヴァールでられた、赤を貴重とする極彩色ごくさいしき豪奢ごうしゃな布が、露天の床に広げられていた。

 ちらちらとした木漏れ日を反射する金糸きんしがまぶしい。

 そういったものに目を取られるとは、やはり映も女の子なのだなと微笑むウィルマー。

「【そうだね】」

 おろしや買い付けで来ているわけではない。人と旅をする楽しさというものを、ウィルマーは、少し思い出したような気がした。

 ――そう、この時はまだ、街並みを楽しむ余裕があったのだ。


       ◆


 「宿が……、無い……!!」

 ウィルマーは頭をかかえていた。商会で教えて貰った宿屋を始め、目に付くところはとりあえず訪ねてみたが、全て満員だった。

 今は中央広場の噴水のへりに座り込んでいるところだ。あいも変わらず人波ひとなみ途絶とだえず、近くでは吟遊詩人ぎんゆうしじんが歌を披露ひろうしているものだから、その客も多い。


 "地にまどいて きん求め つかみし木徒もくと 枯れて

  水を願うも 今更遅く 火風ひかぜの問いが さいなむばかり――"


 何やら物騒な歌だ。周りの観客からはひそひそと、"予言だ" "予言の歌だ……"と声が上がっている。

 何の話しかわからないが、愉快ゆかいな内容では無いのは確かだ。

 ウィルマーがため息をついて辺りを見回すと、映が、地面にいつくばって側溝の中をのぞいていた。

「【――なにやってんの……!?】」

 ちらりと目線だけでこちらを見上げ、

「【……なに、やってんの?】

 愚問ぐもんだとばかりにまゆをひそめる映。

「【ウィルマー、あなた、上下水道がどう通っているかとか気にならないの?】」

「【えっ、と……】」

 考えたこともなかった。

「【ここは、よほど考えて街を造ったのね。しっかりとした水路が構築されてるように見えるわ……まるで地下に街が一つ出来そうなぐらいに張り巡らされていて、そこに住み着く悪党や魔物! ロマンだわ……これはもう、実際に降りて――】」

 言うやいなや側溝のふたを外し始めようとする。

「【映、映! 興味があるのは良くわかった! けど、ちょーーっと落ち着こうか!?】

 どうにか引き戻そうと、ウィルマーは映の肩を掴む。

 手を払われた。

「【あなたがぐだぐだしているから、こうやって時間を有効活用しているんでしょう……?】」

 映が立ち上がり、こちらをめあげる。

 腕を組み、首をかしげ、切れ長の瞳で凄まれると、ついちぢこまってしまうが、いやいや。

 映さん、あなた自分も探そうとしてくれていいんですよ……? と口のはしがひくつき始めるウィルマー。

「【あのさぁ……】」

 と、喧嘩が始まるその瞬間。

「おやぁ! どうされたのですかご両人!!」

 鼓膜こまくを爆音が叩いた。

 顔をしかめながら振り向けば、今にも肩が組めそうな距離で男が立っている。先ほどまで近くで歌を披露していた吟遊詩人ぎんゆうしじんだ。

「仲良くしましょう! ほら、祭りも近いですから、ね!」

 映ともどもバシバシと強く肩を叩かれる。

「良ければ、お話しを聞かせて下さい。こう見えてわたくし聖職者を目指しているので……!」

 胸を張る吟遊詩人。色素の薄い、片目が隠れるほどの長い前髪を揺らし、にっこりと笑うその人物。白いローブにケープをまとったその姿は、なるほど聖職者に近しい雰囲気を感じなくもない。

「あ、いや、ちょっと今晩泊まる宿がどうにも見つからなくて……」

 少し、映ににらまれたような気がするが何故だろう。何やらあつかましく馴れ馴れしい感じのする人間ではあるが、自分としてはわらにでもすがりたい気分だ。

「おやぁ、それは一大事ですね!」

 と言いながら、吟遊詩人はこぶりなギターらしきものをかまえる。ポロンとげん爪弾つまびき、口を開いた。

「では、ここで一節――」


 “踊るよ 踊るよ 林檎亭りんごてい 太古の昔 神々が

 食べたと噂の黄金こがね林檎りんご スープにパイも絶品だ

 旅の疲れをいやしにお出で きっとご加護があるだろう

 だけれど旅人 きをつけて 悪いやからがたむろして

 看板娘が困ってる 美人の娘が困ってる――”


 ジャカジャンとげんをかき鳴らすと、決まった! とばかりに目線を送ってくるのだが、なんだろうこの人は。

黄金おうごん林檎亭りんごてい、おすすめですよ!」

「……そこの宿からお金貰ってるのかなあ……」

 映に、後頭部を思いっきり叩かれた。いや、俺? とウィルマーは思うが、無視をしなかった自分が悪いのか。

「ちなみにお金は貰ってる。正当な宣伝だね! 黄金おうごん林檎亭りんごてい、おすすめですよ!」

 白い歯をきらめかせながら言うものだから、たちが悪い。

「いや、なんかすごく物騒ぶっそうしめがあった気がするんですが……」

 ぽんぽんと肩を叩いてくる吟遊詩人ぎんゆうしじん

黄金おうごん林檎亭りんごてい、おすすめですよ!」 

 NPCかよ。

「……いや、でも面倒ごとに巻き込まれるのはちょっと」

「――迷える子羊よ。よく考えなさい。今はどこも宿が埋まっている。黄金おうごん林檎亭りんごていは空いている。問題事は片づければいい。困っている人がいる。宿の人には感謝される。宿泊費をまけてくれるかもしれない。これのどこに問題が――?」

 真顔でにじり寄られると、顔をそむけるしかない。

「それにあなた、お強いのでしょう?」

「――どうして、そう思うの?」

 後ろから映が割って入ってきた。

「いやなに、そんな気がしたから、程度のカンですよ。いずれにしろ、私が聞く限りでは、黄金おうごん林檎亭りんごてい以外に空いている宿はありませんよ」

 白々しく肩をすくめる吟遊詩人NPC

「そう。……有益な情報ありがとう」

 映が、こちらの耳を引っ張って場所を移ろうとする。よろけながらも、ウィルマーはされるがままにその場所をあとにする。吟遊詩人ぎんゆうしじんはあとを追ってはこなかった。

「黄金の林檎亭には、ヘルエヌ、ヘルエヌがよろしくと! 伝えておいてくださいねー!!!」

 全身をつかって手をぶんぶん振ってくるヘルエヌという名らしい吟遊詩人。なんだなんだと衆目の目を集め始めたので、映と自分は、可能な限りの早足で、その場を離れることにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

殻園のレナトライゼ 麻華 吉乃 @asage_yosino

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ