スプラッシュ

@marumarumariko

スプラッシュ


ああ、大丈夫っす

僕、溺れてるわけじゃないんで

って、誰に言ってるんだよ、オレ

僕、だって?

よそゆきの一張羅まで遣って……


波際で寝転んでただけで

気がつけば海のど真ん中……真ん中がわかんないが

とにかく陸地が見えないとこまで流されたらしい

まったく……どこまでツイてないんだか

笑うしかないよ……まったく


両親に事故でぽっくり逝かれ

預けられた祖父の家は九州の田舎も田舎

なんもない海辺に良く言えばバー?

ぶっちゃけ言えば居酒屋をちょっくら西洋風にした店で

そこの二階が寝床兼リビング兼キッチンってか……

要はショボイ生活が待っていたわけだ

中学から転がり込んで大学入試に二度ミスった現在まで

無口なじーちゃんとオレと

ショボイ店なのに不思議に集まってくる客たちと


入試にミスるわ、おまけに彼女にフラれるわ

……優クンといてもお互い成長できないと思うの……

そりゃそうだろさ

彼女はフレッシュフレッシュフレッシュ♪な女子大生になるんだ

ショボイ田舎のショボイ男じゃ物足りねぇだろうさ


あれもこれも全部かき集めてもっとショボくれてやると

じーちゃんに当たり散らして波際まで来てこの始末だ


泳げないわけじゃないが泳いだところで陸まで帰れるかどうか

ならこうして"浮いて待て"だ

そのうち近くの漁師の船が通るだろう

海保の巡視船がパトロールに来るか

にしても体が冷えてきてるみたいだ

ノドもカラカラだし

オイオイ……なんかムッチャ恐ろしくなってきたぞ~

泣きたい気分だ

誰か早く助けてくれよ~~


パシャパシャ

ピシャピシャ


うん?


あれ何だ?


丸っこい体に短い手足……か?必死に動かしてるあれは


うん?


亀?

かめ?

カメ?


どんなに目を凝らしても

あれは亀だ……

カメって……

こんな時はウツクシイ人魚とか

ユウガなイルカじゃないのかよ~

なんか……この災難のショボさって……

じーちゃんが作る弁当みてぇだ


それにしてもあれは海ガメじゃね?

なんで海中を泳がないんだよ

こっちも首を上げるのに疲れんだよ

もしもしカメよカメさんよ、だな


うん?

そーいやオレめがけて必死になってんの?

オレしか漂ってないし……なんでどして?


言ってる間にカメがオレの横にピタリと止まった

思ったより大きい

三角にとがってるのに変に優しげな目だ

そしてアゴ?首?をクイと上げた……ように見えた

短い手?足?だかを"フン"と振った……らしい

甲羅に乗れ、ってか?んじゃ遠慮なく……

背中から乗ろうとしたら振り落とされ腹這いになったところに

スッとオレの下にカメが潜った

さすがに海中では勝手がいいらしい

見ず知らずのカメさんだけに苦労をさせるのも心苦しい

オレも必死に水を掻いた

バシャッバシャッ

ピシャピシャ

スイスイ

一匹と一人のコンビはなかなかリズムがよくね?

バシャッバシャッ

ピシャピシャ

スイスイ

水しぶきが心地いい


足が届く砂浜まで戻ってきた

カメさんは振り向きもせず海に帰っていく

見えなくなるまで見送るオレを知ってか知らずか

なぜか空中に舞い上がり派手な水しぶきを立てた


カメさんの背中に乗っかりながら思い出した

いつも無口なじーちゃんが

地元の悪ガキに泣かされて帰宅したオレに話してくれたことを

昔、網に掛かった海ガメを漁師からもらい受け

日本酒を柄杓一杯飲ませて海に放してやったそうだ

お前が困った時、きっとそのカメが助けてくれると

は?どんな理屈だよ!と、やさぐれ者のオレは鼻で笑った


じーちゃんは助けてもらってここにいるんだ!

あの水しぶきに助けられたんだ!



なんで助けられたかは聞いてない

聞いてないがかつては名うての漁師だったらしいじーちゃん

今は船も持たず娘が遺してったショボイ孫と暮らしてる

でもじーちゃんはショボくない


水しぶきで助けられた……ってか


水しぶき……



じーちゃんの店にネオンが灯ってる

ひし形の看板に跳ねてるような字で泳いでるのは




スプラッシュ










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