君を待つすこし

加科タオ

 電信柱についた蛍光灯が、スポットライトみたいだった。周りはただただ真っ暗で、人っ子ひとりいやしない。


 自分から呼びつけておいて、あいつはまだ来ていない。いつも余裕たっぷりに微笑んで僕を振り回してばかりのあいつを少しくらい困らせてみたくて、10分遅れて来たはずの僕が逆にもう10分は待たされている。


 思わず身震いした。手の感覚なんてとうになくなっている。耳も鼻もじんじんと冷たい。息を長く大きく吐いてみた。こんなに寒いのだから、白く凍ってもいいはずだと。しかし、暗い闇に広がる白を期待したのに目の前にはなんの変化もない。


 ああ、くそ、とひとり呟いた。僕の思い通りになることはひとつもない。


 もう帰ってやろうか、そう思って空を見上げた。雲が厚くかぶった空には、月も星の光もない。ただ、星の代わりに頭上の蛍光灯がまたたいた。その灯りに集まる羽虫が雪のように見える。ちらちら、ちらちらと揺れる雪。馬鹿みたいだ、と思う。こうやって妄想することでしか僕とあいつの間にはロマンチックなことなんて起こりやしないのだ。あいつに僕の心を読まれたなら、きっとからかって笑うんだろう。「馬鹿みたい」って、分かり切った言葉で。


 マフラーに顔を埋めた。冷え切った鼻が温まって、逆にまたじんじんと痛み出した。どうでもいい。そう思った。僕のマフラーは赤色。あいつが僕に似合うといつか言った、赤色。


 もう何分待ったかな。携帯を見ると、さっき確認してからまだ数分しか経っていなかった。何で僕がこんなに。そう思ったら途端に馬鹿らしくなる。


 もう帰ってやろうか。あぁ、もう帰る。帰ってやるんだからな。


 そう心では叫ぶのに、つま先の感覚がなくなっている足は一向に動かない。頭の中ではあいつがあの余裕たっぷりの薄ら笑いで歩いて来て、ごめん、待ったよね、なんていう姿がもうイメージされていて。


 僕は、期待してるんだ。あいつが来るのを。気づいたらさらにイラついてきて。


 早く、早く、早く来い。もう、君のことばかり考えていたくないんだ。だから、早く。


「ごめん、待ったよね」


 その声にどきりとする。あいつがいた。蛍光灯の光がかすかに届く場所、少しだけ遠い距離に。


「……帰ってやろうって、思ってたよ」


 声が震えた。その情けない響きに、誰にも聞こえない舌打ちをした。


「ごめんね」


 あいつの声も少し震えていた。僕が想像していたのと少し違う表情。僕はなんでか笑ってしまう。


「なんでそんな顔してんだよ、そんな、」


 言い終わらないうちにあいつが僕に抱きついてくる。だから僕もゆっくりと、あいつの背中に手を置いた。冷たくなった手に、急に熱が戻ってくる。


「ごめんね」


 あいつがまた、ぼそりと呟いた。いまさらって、それって本心なのかって、言いたいことは山ほどあった。


「どうでもいいよ」


 でも、僕の口から出たのはそんな言葉だった。そしてあいつは僕の言葉にどこか安心したように目を閉じる。その瞼から伸びたまつげに乗る光は、どんなにきれいに見えても人工的なもの。光源は虫がたかる蛍光灯。何にも、ロマンもドラマもないものだ。


「どうでもいいよ」


 僕はまたその言葉を口にした。今度はあいつに聞こえないくらいに、小さくだけれど。


 蛍光灯が瞬く。世界が消えて、また生まれる。


 僕たちはふたりだけ、何も起こらない世界を何度も何度も繰り返す。



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