【異界軍勢】
卓越した
異世界で行う決断の力は【
「シト! 隕石が……」
少なくともタツヤの声が聞こえた時、シトは自分に何ができるかを知らなかった。
ドクター
「――当然、君はそうするだろう」
呟きは、眼前のシトに向けられたものではない。
数秒で都市全域を焼き焦がすと思われた巨大隕石は、宙の一点で停止していた。
一呼吸にも満たない静止。
巨大質量は瞬時に微塵の賽の目に切断され、切断に続く恐るべき衝撃を受けて、空の彼方に燃え尽きていく。
衝撃の余波で破砕したネオ国立異世界競技場の大窓を通って滑り込んだ、細い影があった。まったく体重を感じさせぬ動きで、彼女は片脚で着地した。
「……やはり、エル・ディレクス! 実に久しぶりだ! このループでは敵と交戦せず、ここに向かったというわけだな!」
「ドクター
「私を誰だと思っている。即座に理解したとも」
「最後かもしれませんので。まず、言っておきます」
生身で巨大隕石を消滅せしめた彼女は、WRA会長にして異世界からの
呆気に取られる
「ドクター
「ならば、公式大会に我々の参入を許しているのは君の迷いと言えようなエル・ディレクス! 自覚なきままの搾取を無知な民衆に背負わせることが、異世界人の傲慢以外の何だというのか! これが真実、世界を滅ぼし得る遊戯と周知し……
「……」
「……」
両者は言葉を止めて、同時に空を仰いだ。
巨大隕石に引き続く、前兆なき滅びの災厄。無から生まれつつある黒雲が、不穏な青い稲妻を纏っている。
「……さて。外敵に対処するとしよう」
「ええ」
老科学者は端末から人造
残る中学生の中で、
「……待ってくれよ! いきなりこんな話して、シトにどうしろっていうんだ!? 俺達はただの中学生
「救えます」
無手で雷雲の直下へと歩みながら、エルは答えた。
「ドライブリンカーは、私達の世界では、ただの文明教育の道具でした。現実に関わりのない異世界で、自らの手で安全に文明を育て……それが世界救世へと繋がることを教える、体験型の教材。私は――この世界で、ドライブリンカーを異世界における
「会長……! この世界は、やっぱりあんたが!」
「そうする必要がありました。遊びだからこそ、君達は誰よりも多く異世界に
轟音が言葉を遮る。
大落雷の一撃は、同じく電光の速度のエルの正拳に打ち消されていた。
降り注ぐ破滅から、エルは
一度ばかりではない。出力を上げて二度、三度と【
会話のために、息継ぎのできる時間が短くなってきている。
「会長……」
「だから……! み、身勝手なお願いかもしれませんが……皆さんだけは、自分の世界のために戦ってください! わ……私は……! この世界を生きてしまったから! お母さん、お父さん……お婆ちゃん……君達のような友達だっていたのに、二度と、元の私のままで帰れなくなってしまった!」
それだけを告げて、さらに荒れ狂う破滅の海へと身を翻していく。
「戦ってください! 自分自身のために!」
――エル・ディレクスが侵した禁忌は三つ。
この世界では筐体に表示すらされない、禁断のレギュレーション――『転生侵略』の世界に
その世界を攻略できると証明するために、ドライブリンカーの量産を可能とする【
同世代の子供が誰一人攻略できなかった世界も、五つのメモリならば救えると考えたこと。
――――――――――――――――――――――――――――――
エル・ディレクス IP6,249,962,303,610(-103,109,881,523) 冒険者ランクSSSSSSS
オープンスロット:【
シークレットスロット:【
ベーススロット:【
保有スキル:〈核力発勁SSSSSS〉〈アカシック柳生SSSSS-〉〈完全構造SSSS+〉〈不滅細胞SSSSS+〉〈超並列思考SSSS〉〈分子欠陥知覚SSS〉〈予知SS〉〈トンネルエフェクトSSSS+〉〈完全言語SSS〉〈完全鑑定SS〉〈資産増殖SSSSS〉〈未来工学SS+〉〈未来物理学SS〉〈未来経済学SS〉〈絶対名声A+〉〈料理D〉他1968種
――――――――――――――――――――――――――――――
「【
雷鳴、爆風、あるいは閃光の中で、ドクター
「――その
「貴様らが世界を滅ぼして得たエネルギーで、それをしろというのか!」
シトは父の形見を握り締めている。
彼の正義は違う。アンチクトンの所業を認めるわけにはいかない。
「その通りだ! 一億の競技人口を以てしても、WRAがドライブリンカーの得た世界間エネルギーを筐体を通じて回収していたとしても、人類絶滅を果たした一度の世界救世との間には、天文学的なエネルギー効率の差が存在するのだ! そう
世界を喰らう外敵から身を守るために、この世界の破滅を遠ざけるために……彼ら自身が誰かにとっての外敵となり、異世界を破滅させていた。
死を避けるために、他の生物を殺し続けなければならない食物連鎖のように。
この世界を救うための悪。他の誰にも
(父さんは……この【
それは何故だったのだろう。
きっと
この世界を守るために、侵略者と同じ行為に手を染めるのか。世界を作り変え、誰もが軽率に世界救世を行うことは正しいあり方なのか。
それは彼の人間としての弱さだったのかもしれない。
……だが、あの日の笑顔を思い出すことができる。
(父さんは)
メモリを握り締めた拳を、シトは自らの額に当てた。
(……俺の未来に、希望を見ていた。その時に、きっと正しき決断ができるのだと。だからこのメモリを、
ドクター
分かっている。
「信じろ、
「俺は……! まだ、貴様らに代わる答えを出せていない!」
「それでいい!! だが! 世界を救うために、今は迷うな!!」
受け渡された真紅のメモリはドクター
チャージを終えた【
「五回だ! 私自身が成し遂げた世界救世は、計三十七! 全てのポテンシャルを君の【
「……五回。そこから先は、俺が考えるべきことか!」
「そうだ! 全て君の力! 君自身の可能性だ! 世界を救え
シトは走り出す。戦うために、思考を走らせはじめている。
かつての
けれど僅かな一歩、彼は止まった。背中越しに尋ねた。
「ドクター
アンチクトンの創造主にして、この世界を変貌させた者達の一人。
打ち付けるような災厄の強風に白衣をはためかせながら、笑った。
「――君は知っているはずだ! 時に善を、時に悪を為し! 思考も行動も、状況に伴い相互に矛盾する! 他の生命を奪っても、ただ生きていたいと願う! 私はただの、一人の人間に過ぎない!!」
シトは駆け出す。
それだけは否定できない。生きる誰もにとって、自分のいるこの世界こそが、他の何よりも特別なのだから。
彼らには今こそ、世界救世の義務がある。
――――――――――――――――――――――――――――――
「シト! 俺も戦う!」
戦いへと赴くシトに追いすがる、小柄な姿があった。
エル・ディレクスと会話を交わした
「
シトは訝しんだ。
「……この世界が置かれている状況について、何か一つでも理解しているのか?」
「全然分からねーよ!」
当然、シトがどこに向かっているのかも分かっていないのであろう。
彼は直感で、何をすべきか理解する者を判別している。
「でも……お前には作戦があるんだよな! いつもみたいな、どんな
「ならば、貴様の手が必要な相手がいる!」
敵は二人。今は、発動した【
「アンチクトンの
「アンチクトンの連中だと……!」
ドクター
「そうだ。奴らも必ず戦っている! 貴様が合流し……奴らを助けろ! タツヤ!」
答えを待つことなく、【
「……ヘッ。お前に賭けるって言ったもんな。任せておけ」
「これから作戦を伝える!」
――――――――――――――――――――――――――――――
高級住宅地の一角。大地からは意思持たぬ人型の影が無数に湧く。
地球上にとってみれば一匹の細菌にも満たないその小さな黒点こそが、世界壊滅の兆しであった。
それは自らの影法師をコピーするように、複製を作り出す。発動されている限り忠実な影の軍勢を乗算的に生み出し続け、いずれは海をも埋め尽くす無限の物量で世界を呑み尽くす。
一切の労力なく効率的に世界を滅ぼす
「……到着したのは私達が最後か」
「やれやれ……案の定、討ち漏らしが出てきちゃってるじゃあないですかァ。住民は本当に救助済みなんでしょうねェ?」
「どちらにせよ、こいつらをこれ以上のさばらせるわけにはいかんな」
「いくらテンマさんがいるとはいえ……この量は、二人では正直きついですよォ」
荒廃の風景を前に立つ黒衣の二人組があった。
アンチクトンの人造
「やるしかあるまい」
二人は歩みを進めながら、基盤めいた
それは異世界からの侵略者に対抗する唯一の手段。一つのオリジナルの複製だ。
「【
「……ク。【
左手の建物が崩落する。質量のみで建造物を砕いたのは、黒雲のような軍勢だ。
横合いから二人に襲いかかり――
「クソ野郎どものくせに!」
空から斜めに飛来した閃光が、黒雲を破った。
「美味しいところだけ持っていこうとしてるんじゃねえぞ! アンチクトン!」
――――――――――――――――――――――――――――――
オープンスロット:【
シークレットスロット:【なし】
保有スキル:〈我流格闘S-〉〈軽業S+〉〈超反応A+〉〈走馬の視力A〉〈頑健A〉〈神経制御A〉
――――――――――――――――――――――――――――――
着地痕には直線に炎が走り、今しがたの衝撃の凄まじさを物語っている。
彼らを援護した少年は、既にこの現実で
この世界で一時的に付与されたポテンシャルは揮発性のIPと経験点に変じ、【
「フ。君は……
「
「どうでもいいですが。あなたごときがなぜ、私達の援護を? これは現実です。遊びでは済まされませんよ」
「知るかよ……! テメーらと同じ理由だとでも思ってろ!」
路地の正面からはさらなる群れ。
それも、【
痩身の
「ところで……現実の
「
影の兵の一体の爪が、ルキの腹部を貫いていた。
彼らの身体能力は現行人類を大幅に凌駕し、一体一体が異世界のBランク冒険者とも遜色のない個体戦力を持つ――
「く、くくくくく」
学生服を纏ったその姿が、ぐにゃりと崩れる。
「この場合、私って元に戻れるんですかねえええ!! ひ、ひひひひひひひ!!」
――――――――――――――――――――――――――――――
オープンスロット:【
シークレットスロット:【なし】
保有スキル:〈ジェネシス・スライムS〉〈絶息の罠S〉〈物理無効S+〉〈温度変化無効A〉〈溶解S〉〈無限再生S〉〈無限分裂S〉〈破裂B〉〈人間化B〉
――――――――――――――――――――――――――――――
――彼らを無視して別の方角へと侵攻しつつある一群もまた、別の異様な一団に阻まれていた。現実ではあり得ざる炎が、雷が閃き、破壊が破壊を押し戻しつつある。
「ヒャハハーッ! チート能力で無双! サイコーだぜ!」
「俺達は選ばれた転生者だァーッ!」
「ちょっと男子ー! 落ち着いて行動しなさいよ!」
「落ちこぼれ野郎をいじめたいぜ!」
「軍勢を生み出す異界のメモリか」
一つのビルの上から、彼は魔王の如くその様を睥睨している。
炎に吹き上がった一陣の風が、黒いコートを大きく靡かせた。
「それが君達の手段ならば……敢えて、言わせてもらうぞ」
【
地を抉る稲妻と化したタツヤがすれ違いざまに影を引き裂き、そして市街を覆い尽くさんばかりに広がったルキが、敵を拘束し栄養源として吸収していく。それが、僅かに三人の……この世界の
「――この世界を舐めるな。『異世界』」
――――――――――――――――――――――――――――――
オープンスロット:【
シークレットスロット:【なし】
保有スキル:〈扇動B〉〈戦術指揮B+〉〈千里眼C〉〈広域把握B〉〈並列思考C〉〈思考同調C〉
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