【異界肉体】
「……必死になりやがって」
住宅街は、再び壊滅の様相を呈している。
ニャルゾウィグジイィに群がる黒衣の
「あれだ……不死身になる
巨竜に変じた一人の
何者が仕掛けたトラップがニャルゾウィグジイィの足の踏み場を的確に崩す。
ありとあらゆる試みは、彼の体に傷一つつけられずにいる。
アンチクトンの
「電話も通じない……! 政府に命令できるなら、【
――そもそも、何故エルの他に
彼らは果たして勝算があってこのようなことをしているのか。
ニャルゾウィグジイィにとっては、考えさせられる事自体が不快であった。
彼らはこの世界の上位に立つ
ましてや同等の敵を上回るための思考など、試みる必要自体がなかった。
【
だが、そのようになっていない。【
「いい加減に――」
時間が歪んだ。
彼の戦闘能力の根拠は、限界の身体能力を付与する【
「う……!」
「……!?
ニャルゾウィグジイィは自らを食い止めていたアンチクトンの
「ハハハハハハハ! なんだ! ちゃあんと不死身じゃない奴も混じってるじゃないか! だから……ハハハ! こういうとこだよな」
首の後ろを掻いて、舌打ちする。不愉快だ。
「どういう能力を持ってるだとか……どんな相性だとか。だから誰を後回しにした方がいいとか……? ただただ、面倒なんだよ。雑魚なんだから――」
【
足止めをする
敵の目的が足止めだというのならば、それを無視して他を破壊するほうが、よりいやがらせになる。
言葉を終えると同時に、そうしようとした。
「――とどめの前に一言言うてあげるんが、そちらの世界のお行儀です?」
……動くことができない。関節が拘束されているのだと分かった。
【
ニャルゾウィグジイィの右手側で極細の糸を引いているのは、新手の
萌黄色の和服を纏った、華奢な少女だ。
「ずいぶんとお優しい世界みたいで。よろしおすなぁ」
「ち……!」
負荷を無視して拘束を引き千切る。
次の刹那で拳を撃ち込むが、振りかぶった初動を絡め取られた。
「ハヅキちゃん!! 来てくれたのかよ!」
「
「めっそうもないです。タツヤくんも、予選トーナメントん時は無視してもうて。ふふふふ。かんにんな」
少女はニャルゾウィグジイィをただ一人で止めたばかりか……まるで彼への意趣返しの如く、会話を交わす余裕を見せつけてすらいた。
(待て……なんだ。なんだこれ。この空間に……最初から、罠を仕掛けていたのか……こっちは
だが通常のスキルであっても、それに限りなく近い能力を得ることができる。
「こいつ……」
「ふふふふ。こわいこわい。異世界の
IP獲得言動だ。
実力の落差をアピールすることで多大なIPを獲得する
異世界からの
圧倒的強者を前に、関東最強は微笑んでみせた。
「――うち、【
――――――――――――――――――――――――――――――
オープンスロット:【
シークレットスロット:【なし】
保有スキル:〈裁縫SSSSSSSSSS+〉〈絶佳裁縫SSS〉〈無尽の繊景SSSS〉〈単分子紡績SS〉〈超時空裁断SSS〉〈因果の糸の織り手SSSSS+〉
――――――――――――――――――――――――――――――
「残りの使用回数は四回だ」
時刻は遡る。
避難していた友と合流したシトは、まず自らの置かれた状況を伝えた。
「俺の考えでは、最低でも俺と
ネオ国立異世界競技場を臨む広場だ。落雷の余波の焦げ跡が残っている。
彼の前には
「やれるか、
「……【
「だろうな。だとしても、敵のドライブリンカーの仕様が異なる以上、この戦いの確実な終了条件は撃破による送還しかない。
「考えはあるんだろうな?」
「俺を誰だと思っている」
「チッ……気に食わねえ野郎だ」
頭をガシガシと掻いて、ルドウは顔を背ける。シトは次の一人を見た。
彼の知る限り最強クラスの
「ええですよ?」
「貴様にも協……いいのか」
「ええ。
口元に扇子を当てて、ハヅキは蠱惑的に微笑んだ。
元より精神の強度が高いのであろう。平時の余裕を取り戻していた。絶対強者のその様子に、シトは小さな安堵を覚えている。
「……貴様は、
「うち――
「ちょっと
「ふふふふふ」
「話を続けていいか」
やや居心地悪そうに、シトはサキへと話を振った。
「これで残り一回。無駄に回数を抱えていくくらいなら、俺は貴様に使ってもいいと考えている」
「えっ、アタシ!?」
「そうだ。
「そうだな。アタシがやるとしたら……」
顎に指を当てて、金髪の少女は考えを巡らせる。
シトの判断には理由がある。予選トーナメントを観戦していたその時から、
「……【
「そうか。理由は?」
「いや……アタシ、
「……未経験でここまでの読みか。さすがだ、
「あのね
受け渡された赤いメモリを、サキはそのまま突き返している。
「アタシはやる気ないから」
「……どうしてだ?」
「もう、鈍いなあ……! いいから残しておきなって!」
シトは沈黙した。作戦に活用できる
まだ
「……ああ。ならば
「ケッ、しょうがねえ。乗りかかった船だな」
「代わりにスイーツバイキング、ご馳走になってええです?」
――――――――――――――――――――――――――――――
――そして、今。
エルの秘書が運転する車でシトが目指すのは、
無差別な地点を直接に破壊できる、【
「敵はこの先か、
〈間違いねえ……!
「いいや。そのつもりはない」
できない、と言う方が正しい。
この世界には多くの
(直接撃破の解析には年単位の時間がかかる。【
まず間違いなく、こちらの世界が運用できるIPが先に枯渇するはずだ。
ならば別の手を取るしかない。彼は車から降り立ち、
ここから先は
「【
「待って!」
鳴り響く急ブレーキと共に、叫ぶ声があった。
彼らの車を追って到着したタクシーから身を翻したのは、彼の見知った顔である。
「……!」
「ね……ねえ、シト! もう一度言って!」
細い、二つ結びの黒髪が靡いた。
シトは息を止めて、その少女を見ていた。
「――君の力が必要だって! 他の皆と同じように……! ぼくも、きみと一緒に戦うことができるって!!」
少女は走り、息をつき、そしてまっすぐシトの瞳を見た。
シトの知る最強の
彼女もここに来ていた。世界を救うために、彼女が戦うことを決めたのだ。
「…………」
シトは強く目を閉じる。絞り出すように言った。
「ああ…………! 必要だ。……ああ、気付いていなかった……こんな時に……君の力こそが必要だった。そうか……来てくれたんだな……
「……シト?」
「いいや。何でもない。嬉しいだけだ。
また共に戦うことができる。自身でも信じられないほどに、それが嬉しかった。
「言われていた……
「……そうか。ごめん」
レイの側も、ようやくそれに気付く。
シトは涙を流すことすらなかったが、彼女には分かった。
「ぼくはずっと、自分のことばかりだったよね」
彼も、レイと同じようにずっと不安だったのかもしれない。たとえそれが、あの
「それでも、もう一度、言わせてほしい。好きなんだ! ぼくが善でも、悪でも、それだけは確かなことだって、信じてほしい! シト!」
――嫌われたくないと。
再びその手を握るために、何か一つでもきっかけが欲しかったと。
「だから……手を!」
「ああ!」
【
レイは迷わず二つの
今の彼女ならば、シトの考えている全てが理解できる。
――――――――――――――――――――――――――――――
オープンスロット:【
シークレットスロット:【なし】
保有スキル:〈戦術指揮B+〉〈通信B〉〈魅了B+〉〈対人構築C+〉〈思考整理C〉
――――――――――――――――――――――――――――――
「……で、こんなところに来たわけ?」
街路を融かし尽くし、大地を貫かんばかりに陥没させる、理外の暴力。
「そんな風にやられるために?」
酷薄な赤い瞳が見下ろしていた。
黒いゴシックロリータを纏う、小学生ほどの銀髪の少女である。
彼女の攻撃でシトが絶命していない理由は、
「すごくかっこ悪いね」
「無駄だ……」
一言を答える間に、数えきれない連撃が頭部を大地に埋めた。
絶息の苦痛を与えられながら、それでも死に切ることはできない。
「……」
「も、もう一度……言う。無駄だ。【
「そう」
ヨグォノメースクュアは、ただ無関心の溜息をついた。
ニャルゾウィグジイィが何やら派手な妨害に遭っていることは察することができるが、彼女が遭遇したのはこの取るに足らない
【
ヨグォノメースクュアに挑む行動からして、そもそも見当違いなのだ。
世界消費の決定が下された以上、彼女の仕事は安全圏からエル・ディレクスを攻撃し続け、唯一の不確定要素である彼女を動かさないようにしているだけでいい。
「もういいから、他のとこ行くね」
「…………
「……」
ヨグォノメースクュアは動いていない。一瞬、そのように見えた。
残像すら残さない蹴りがシトに突き刺さる。【
「答えろ。貴様らが逃避せずに生きている人生とやらはなんだ? 貴様らにとっての
「ウン。バカと話すのはつまんないよ」
「それは」
爆撃のような拳が、さらにシトの顔面を打った。家屋の残骸に突っ込む。それでも死ぬことができない。
「……そ、それは……世界を滅ぼし、エネルギーを回収する、ただの義務だ……! 貴様らにとってのドライブリンカーは、世界消費の兵器! だからこそひたすらに効率性を追求した、直接に世界を滅ぼす
「なんなの……!」
さらに続けて打撃を叩き込む。叩き込み続ける。
――ただの中学生のはずだ。この世界においてはそもそも
それが何故ここまで心折れずに、立ち上がり続けることができるのか。
何が彼を支える。そこまで利己を殺して、苦痛に耐える理由があるのか。
「俺は……もう、知っている。どの世界も同じだ。そのような掠奪を続けなければ……維持のできない世界もある……!」
「何……? お、おかしいわよ……あなた……!」
――――――――――――――――――――――――――――――
オープンスロット:【
シークレットスロット:【なし】
ベーススロット:【
保有スキル:〈交渉S+〉〈威圧の弁舌A〉〈洞察S〉〈挑発S+〉〈議論展開A-〉〈高速思考A〉
――――――――――――――――――――――――――――――
「……【
「いいから」
ヨグォノメースクュアの拳は、空気との摩擦で雷電すら生じた。とうに瓦礫と化した景色を焼く一撃ですら、殺すことができない。
「黙って」
心を折ることができない。あのデパートでの戦闘と同じだ。
このどうしようもなく無力な少年を、どうやって倒せばいいというのか。
(――別に。無視すればいい。ただ……)
「貴様らが語った搾取や蹂躙の権利は、貴様らの世界の欺瞞だろう……! いずれ自ら滅ぼす世界の素晴らしさなど、一体どのように楽しめばいい! 貴様らはそれを知っているはずだ! 略奪のための【
「……ッ!」
無視すら許さない。
ただの子供の、根拠を持たぬ憶測に過ぎないはずだ。だが【
「いいから。死んでよ。もうこの世界は終わりなんだから」
「この世界は終わりはしない」
「終わるの! 他のところは滅んでるんだから! 無意味なことしないで、大人しく滅びなさいって言ってんのよ!」
再び蹴り、殴る。そうしなければ、彼女自身の激情が収まらない。
どれほどの精神力だろうが、きっと痛みに心が折れる。そうでなければならない。
「な、何も知らず……
「バカじゃないの!? 雑魚……雑魚ども!!」
「逃避でも、願望でもなく! 貴様らの理解の及ばない楽しみが……可能性が! この世に存在していることが、許せないか!
明らかに常軌を逸した、
まさしく異世界からの
少なくとも、ヨグォノメースクュアにとってはそうだった。
自分自身でも明確でなかった言葉を、彼女は叫んだ。
「
許せない。
「
「ならば俺達は! その楽しみの分だけ、貴様らより上だッ!!」
――IP獲得言動だ。
しかし蓄積した技術は、経験は、全て彼ら自身のものだ。
「この世界ごと」
もはや形振りを構う必要などない。
彼自身を殺せぬのならば、最大発動の【
その絶望をシトに見せつけるためだけに、衛星じみた隕石を頭上に召喚している。
「消してやる……!」
〈
彼女の声に割り込む通信があった。
ならば、この声は。
困惑と憤怒をぶつけるべく、ヨグォノメースクュアは再び少年に殴りかかった。
シトはドライブリンカーに叫んでいる。
「……タツヤ!」
「
自らが海に沈んでも構わない。一撃で地盤ごとを壊滅させる。彼女は無敵だ。
もはやどれだけ抵抗しようが、勝つ手段などない。倒す手段などない。
【
「――相手の座標を送れ!」
その瞬間、ヨグォノメースクュアの眼前からシトの姿が消えた。
代わりに現れたのは、遠く離れていたはずのニャルゾウィグジイィの姿であった。
「え」
【
金髪の青年の肉体は微塵に砕け、それはその肉体からの反動を受けたヨグォノメースクュアの体も同じであった。
――――――――――――――――――――――――――――――
「ったく……無茶させやがって。
――決着の地点より遠く離れた、ネオ国立異世界競技場。
ダークグリーンのジャケットを羽織った少年は、深く長い息をついた。
長い戦いが始まってから、彼は一歩もその場を動く余裕がなかった。
「確かに言ったよ。ちょっとした座標変更なら可能だって」
この世界の
偉業を見る者すらない心地よい静寂の中で、英雄は勝利の笑いを笑っていた。
「……マジでやらせるかよ、普通」
――――――――――――――――――――――――――――――
オープンスロット:【
シークレットスロット:【なし】
保有スキル:〈法則解明SS+〉
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