vs異世界
【世界解放】
――それが
WRA異世界全日本大会は、準決勝までが終了した時点で一日目が終了となる。勝利を収めた
壮絶なる激闘を見届けた
「……やったな。シト」
「ああ」
通路に設えられた自動販売機の隣、壁際に並ぶ椅子に座る二人の
銀髪の少年は、
「やっぱ……すげーよ」
夕暮れの日差しに目を細めるようにして、タツヤは笑っていた。
「さすが、俺のライバルだ」
「……何度も言ったはずだが、貴様とライバルになった覚えなどない」
「ヘッ……そっか。じゃあ俺は、何度もそう思ってるんだな……」
「フン」
答えるシトの顔にも、普段のような険はない。
静かに目を閉じ、今日の
「なに終わったみたいな雰囲気出してんの」
彼らに呼びかける声があった。
「明日には決勝戦があるんだから。今から対策組まなきゃでしょ?」
場内のコンビニで買ったクッキーとジュースを、シトとルドウにそれぞれ渡す。
この時ばかりは、シトも彼女の好意に甘んじた。
「……
「まあ……その、ね。気持ちの整理がつくまでは、そっとしておいてあげて」
「そうか」
その上で彼女がアンチクトンに留まることを選ぶか、あるいはドクター
「信じられねェよな」
ポケットに両手を入れたまま、ルドウは淡々と呟いた。
常のような冷笑の調子はなかった。
「遊びでつるんでた同じ学区のガキが……もう、日本二位サマだ。……もっと遠いと思ってたのにな。所詮は狭い世界の強さだと思ってた。そいつらに負け続けた俺も……まあ、そんな程度のもんだって思ってたよ」
神童と称されながら、数多くの壁に最強の座を阻まれ続けてきた
「……テメーはそうじゃなかったな」
「貴様には負けた」
「クッ、クククク。そうだったな。ククククク」
全日本大会準決勝の勝利を祝う彼らの間には、快哉や笑いではなく、どこか道のりを懐かしむような平穏と静寂の空気があった。
……そして、サキは窓の外の光景を見た。
「ねえ、あれ」
夕暮れの太陽とは別に、もう一つの太陽がある。
それが
【
――――――――――――――――――――――――――――――
「……は?」
巨大隕石によるネオ異世界国立競技場……ひいては都市の消滅を見届けた後に、地面に横たわるエル・ディレクスの頭部を蹴り砕くはずであった。
しかし次の瞬間にニャルゾウィグジイィの前に広がっていた光景は、酸鼻と壊滅の有様ではない。
「なんだこれ」
それは、何の変哲もない住宅街である。彼一人だけが立っていた。
つい一瞬前までの惨劇が夢であったかのような日常の光景。彼ら
「……こんなのばっかりかよ、この世界は! ヨグォノメースクュア! おーい!」
ドライブリンカーを見る。『Y』の名は変わらずにステータス表示にある。
ヨグォノメースクュアは消失したのではなく、ただ距離が離れているだけだと分かった。そして当然に、エル・ディレクスの姿もない。この状況は。
(……
彼らはこちら側の常識を絶する異界のメモリを振るうが、それは彼らから見たWRA製メモリについても同様のことである。
故に、すぐにはその効果に思い至れるものではない……彼が既に目の当たりにしていたものであったとしても。
(まるで時間が巻き戻っているみたいな――)
ヨグォノメースクュアは別行動を取っており、住宅は破壊されておらず……そして、エルとは未だ遭遇していない。彼が記憶を保ったままに巻き戻されたのは、この世界の時間軸だ。それは、彼がデパートでの戦いで苦渋を味わわされた
端正な顔を歪めて、ニャルゾウィグジイィは舌打ちをした。
「面倒なんだよ……! 雑魚が、雑魚世界が、悪あがきしやがって……!」
この世界の脅威の程は、もはや分かった。滅ぼす。
ドライブリンカーが量産化され、流通する世界。彼らにとっても、それは初めて目にするイレギュラーであった。
これまでの
そして、エル・ディレクス。ドライブリンカーの流通を牛耳る異世界からの
小細工を弄した悪あがきは、正面から彼らを打ち倒す手立てがないことを自白しているようなものだ。
「――ヨグォノメースクュア!」
ドライブリンカーへと向け呼びかけると同時、ボタンを操作する。彼らの世界のドライブリンカーには、この世界のドライブリンカーには存在しない機構があった。
ディスプレイの発光色が青から赤へと変貌する。外装各部が放熱フィンと共に展開して、
「予定を二ヶ月早めよう! この世界を滅ぼす!」
――――――――――――――――――――――――――――――
「これで一日目も終わりかあ」
一般通路を並んで歩くのは、
準決勝を制したシトは、勝利の感覚を反芻するかのように無言だった。
「本当に、
「俺は
「うわ、すごい」
「ケッ! こーいう奴だよこいつは」
手に
「日本一になっちまったら、俺の出るような大会には出なくなるかなあ」
「そりゃそうだろ。テメーはそもそも、全日本大会どころか地区予選レベルも怪しい実力だろうが。クソ素人」
「シトともっと戦いたいんだよ」
夕刻だが、季節の関係か、太陽は地平線に沈み始めてはいない。
シトはもう少しだけこの会場に残るつもりでいた。
「……少しだけ一人で歩いてくる。貴様らも、好きに――」
三人を振り向いて発した言葉は、途中で止まった。南入口の方向……人の流れに逆らい、必死の様子で競技場内に飛び込んできた少女の姿があった。
少女は、まるで知り合いの姿を探すように辺りを見回していたが、汗の雫に濡れた黒髪の隙間から、シトの一団を認めた。
「――
「
萌黄色の和服を乱して走り寄る少女は、まさしく
だが、余裕の笑みも消え、人目を憚らず疾走する彼女を一度でも目にした
「ああ、よかった。誰も知り合いが見当たらへんかったら、どないしよ思うてました。
関東最強の
「
「
アンチクトンと無関係であるはずの彼女が、どこでその名を知ったというのか。語気を強めるシトをよそに、ハヅキは落ち着きのない様子で窓の外の晴天を見ている。
「……きっと、時間があらしません。できればうち、今すぐに
「だが、ドクター
「――私の名を呼んだかな。
全員の虚を突いて、返答があった。
振り向くと、そこには白衣と、片眼鏡越しの眼光がある。
ハヅキの現れる時を、まるで最初から分かっていたかのようであった。
「ドクター
「
「え……そのう……この方、
「このような相手だ。知らずに来たのか」
「ハハハハハハハ!
「けど、なんぼ急ぎの用でも、ここで言うんは――」
ハヅキは、不安げに他の
「――構わん! それはこの場にいる誰もに関係のあることだろう!
「……っ、あの、
「……なんだと?」
反応したのは、
一方でドクター
「『あのままだったら』……ということは、今はそうではない。我々は一目瞭然に生きている! 時間軸的には今よりも未来の状況ということか! 隕石を落とした者の特徴については説明できるかね!」
「金髪の男の方と、黒い……なんやろ。コスプレみたいな格好しとる女の子です。会長さんが戦ってました。信じられへん話かもしれ……」
「信じるとも! ――そうだろう、
「知っている相手だ。異世界からの
「……クソが。よりにもよって、今日かよ……」
最悪の可能性の一つとして、それはあり得る話であった。異世界からの
……それどころか、もしもその
(……デパートの二人組。奴らは
エル・ディレクスが彼らと戦ったのだという。
ならば彼らの生きるこの現実のどこかで、用いられたというのか。
最悪の
「……
「ふむ。確かに、ここにいる者に状況を理解させるには、直接その目で見てもらう方が早いかもしれん……特にそこの君達!」
「えっ、アタシ!?」
「ドクター
「構わん。私としては
今にも老博士に襲い掛からんばかりの
彼の威嚇を意に介することもなく、ドクター
「……時刻表示が……40分後……!?」
シトはすぐさま異常に気付いた。
画面の中では、空気の歪みのようにしか捉えられない速度でエル・ディレクスが空を駆け、ニャルゾウィグジイィが一撃のもとに大地を割っていた。超世界ディスプレイを通さない、現行技術の限界の映像。現地世界の人間の知覚にとってみれば、
「……全部、この世界で起こってたことです。信じます?」
「信じるわけねェだろ」
即答したのは、
「時間が巻き戻ったとしたら、【
「確かに
「……ええ。けれど、うちは例外です」
ハヅキはドライブリンカーを開き、装填された一本のメモリを見せた。通常の
シトは狼狽し、その
「……【
「違う。観察すべきだ、
「これは、なんだ‥…。この赤いメモリは! ドクター
「……
それは、シトが若い半生で幾度も挑み、そして解き明かせなかった謎であった。
父が最後に彼に託した【
「会長は……貴様は、父さんは! このような日が来るのを知っていたのか!? ドライブリンカー普及の目的は……貴様が異世界を滅ぼす目的はなんだ!」
「無論、全て知っている! WRA! アンチクトン! 分かたれた道であろうと、我々はそれぞれの道で備え続けてきた! 目的は、まさにこのような日のため!」
会話を交わす彼らを、天上からの光が強く照らした。
藍を帯び始めた空に、巨大な炎がはっきりと見える――【
異世界からの
滅亡の具現をまさしく頭上にして、老博士はむしろ確信の哄笑を響かせていた。
「――そう、今!! それが今だ
それが
その一つ以外は。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます