【    】

「なに手こずってんの。ニャルゾウィグジイィ」

「いや、帰ってくるまでに片付けとくつもりだったんだけどなあ」

「この辺、住めなくなっちゃったけど」


 風景は、見る影もなく溶け果てていた。ここは異世界ではない。現実の都内の高級住宅地であり、多くの人命が、ニャルゾウィグジイィの戦闘の余波だけで無慈悲に奪われている。

 エル・ディレクスの〈情報統制SSS〉の影響下にあっては、これほどの大災害すら報道の電波に乗ることもない……少なくとも、あと二時間ほどは。


 金髪の青年は、半笑いのまま首を傾げた。エルの猛攻を受け続けていながら、彼の【異界肉体CODE0010】には掠り傷一つなかった。

 手酷く蹂躙されて地面に蹲るWRA会長を、彼は見下ろしている。

 周囲に群れる影のような群れは、【異界軍勢CODE0832】。物量の差は圧倒的であった。


「なに? もう死んじゃった?」

「……」

「そんなことないだろ? 転生者ドライバーは死んだら元の世界に戻るんだからさあ」

「ウン。もうちょっと痛めつけていいと思う」


 CチートメモリにはCチートメモリ以外の手段で対抗する事はできない。

 それでもエル・ディレクスのスキルランクであれば、圧倒的な【異界肉体CODE0010】に活路を見出せたかもしれない――だが、二人を同時に相手取ったならば。


「ははははは! ま、そんなに落ち込まなくていいよ。この街のことなんて大した問題じゃない。これから……世界滅ぼしちゃうわけだし?」

「ドライブリンカーがあったのだけ、びっくりしたよね。この世界」

「くだらないゲームだったよな、まったく! あんたみたいな転生者ドライバーに下手に勘付かれるのもウザいから、せっかくの【異界王権CODE0032】が使えなかった。嫌な思いもさせられたし……なんか大会やってるんだっけ?」

「ネオ国立異世界競技場でしょ。テレビで散々宣伝してたから。うるさかった」


 ヨグォノメースクュアは、遠く東の方角を見た。全日本大会が今まさに行われている会場である。


「やめ……!」

「あ、生きてる。やっちゃえ」

「ウン」


 黒い少女は、眉一つ動かさずにそのメモリを起動する。【異界災厄CODE5133】。

 空に忽然と現れた巨大隕石が、ネオ国立異世界競技場に影を落とした。


――――――――――――――――――――――――――――――


「28年……!」


 超世界ディスプレイを見る黒木田くろきだレイの声は、細い悲鳴にも似ていた。

 彼女が見ているものは、果てしなきインフレを遂げた対戦両者のステータス表記ではなく、画面右下の転生ドライブ経過時間だ。


「確かに……こんな攻略タイム、全然見たことないかも……」

「……そうじゃない。試合が膠着状態に陥った時……特に世界救世難度S以上のレギュレーションなら、28年以上の長期戦は全然珍しくない……! けれど、シト……鬼束おにづか……二人ともが、28年も経過している……」

「ボスを倒す時に一度もはち合わせなかったのも、偶然じゃないってこと……? 二人とも、こんな展開を打ち合わせてなんていない、敵同士のはずなのに……!」


 素人である星原ほしはらサキすら、明らかに意図的な冷戦状態を理解できた。

 両者が【絶対探知フラグサーチ】を構えているからこそ、それができる。互いが互いに一切干渉することのない、それ故に何よりも明瞭に互いを意識していなければ不可能な盤面。


黒木田くろきださん……もう、クリアは近いよね……!」

「普通なら、『単純暴力S+』にはもっと時間がかかる……けれどシトと鬼束おにづかは、事実上の協力救世タッグプレイをしているみたいなものだ。お互いに一度も妨害を行わなかった……今の合計戦力は、きっと最後の敵に届く!」


 超世界ディスプレイの中で繰り広げられる戦いを見つめながら、サキは一つの感慨を抱いていた。それは何もかも異なる状況であるはずなのに。


(タツヤと戦った時と同じだ……)


 きっと、それは共感や友情ではない――それでもなお、両者が日本最強クラスの転生者ドライバーであるからこそ、導き出す解は一つに収束する!


――――――――――――――――――――――――――――――


「……二体か」

「人の子シト。ここに足を踏み入れた時点で、貴方は既に命を落としました。命なきものが進むことはできません――」

「悪しき魂への救済である」


 彼らの言う通りなのだろう。天声霊アーズの領域へと至る道は、物理的には惑星内核までの距離に過ぎないが、そこへの到達は次元の壁を破る以上に困難である。

 森羅精霊の一体、死と熱を司るヨルヘギアは真に無限の温度によって終末をもたらし、認識した遍く実在に死の概念を直接与える最強の守護者である。

 時と音を司るメーテ・イフの存在地点は創世の時より拡張を続ける宇宙領域の境界面であり、知性の根幹たる自我を崩壊させる歌に耐えうる意識体は存在しない。


 ――極限にまで成長した転生者ドライバーでない限りは。


「救済。救済の炎を受けよ」

「即死属性のみが、多少厄介ではある」


 メーテ・イフの支配影響であらゆる幾何学が曖昧になった灰色の道を、純岡すみおかシトは征く。全てが熱の果ての終焉を迎える未来、ヨルヘギアの死の只中をである。


「稀だが、転生体アバターの習得適性次第ではどれだけ経験点を取得しても〈不死〉までしかスキル成長できない場合がある――」


 シトは構えた。この極限の成長段階では、どれほど無敵の武器であっても使用者の戦闘スキルに耐えられはしない。彼は陽炎のような大幻影、ヨルヘギアに向けて拳を振り抜き……


「ギャアアアアーッ!!?」


 ――絶叫を響かせたのは、宇宙の彼方に存在するメーテ・イフ!

 現世に姿を見せることなく、遍く敵対者の精神を一方的に破壊する森羅精霊は、矮小な人間の左ジャブで観測不能領域に散乱した。

 これなるはシトの所有スキルの一端、〈妙有の突破SSSSSSSSSSSSSSS〉〈常時攻撃判定SSSSSSSSSSSS〉の暴力である……!


「この期に及んで『距離』は防御の用には立たん。〈遠距離攻撃〉の単純な延長スキルで攻略可能だ。そして、残る貴様は」

「オオオオオオ! 我らは星の意志の体現! 不滅の存バアアァァーッ!?」


 言葉を待たず、〈巨大基数無限剣SSSSSSSSSSSSSSSSS〉が閃く。無限の熱を持つヨルヘギアを最小単位よりも微塵に寸断し、永遠に消滅せしめた武器は、この世の何よりも鋭利にして不壊の刃……即ちシトの手刀!


「〈完全耐性対抗攻撃対抗耐性対抗攻撃対抗耐性〉。貴様の防御力の正体は、無限の熱量そのもの。熱量死に耐え得る防御スキルさえ保有していれば、生身での撃破に何ら問題はない……!」


 明らかに一惑星の領分を越えた権能と暴力を行使する森羅精霊の正体など、今のシトには些細な事柄だ。大方、外宇宙より訪れた神や超越者の成れの果てであろう。

 彼にとって敵となり得るのは、二名。世界救世の到達目標である天声霊アーズ。そしてシトと同様に究極の覇道を突き進む転生者ドライバー鬼束おにづかテンマである。


(……今までの異世界転生エグゾドライブから得られた全てをこの一戦にぶつけた。【基本設定ベーシック】の自覚の上で、これまでにないほど最適の転生ドライブルートを構築した自負がある……だが、それでも)


 ステータス画面を見る。シトの保有IPは、それでもなおテンマには及ばない――恐らくは、スキルランクに関しても同様であろう。

 最後の敵の下へ向かいながら、ドライブリンカーを確かめるように握った。今、どれだけかけ離れた存在と化していたとしても、彼が変わらず中学生転生者ドライバー純岡すみおかシトである証明である。


(これまでの戦いとは違う。俺はシークレットの力に頼らず勝たなければならない……! 切り札を切るタイミングは、決めている!)


 声が聞こえる。地上の声。彼が28年の人生で関わった、異世界の人類の声だ。


「シト様……シト様! どうか私達に、ただ一目の平和を!」

「やっちまってくれよ! 神だかなんだか知らねーけど……今のアンタにブン殴れない相手はいないさ!」

「社長ーッ! アンタがいなくなったら、この俺がこの会社乗っ取っちまうからな! 絶対に生きて帰ってこいや!」

「無事を祈っています。シトさん……力になれない私達を許して……」


 〈莫大認識共有SSSSSSSSSSSSSSS-〉。交渉系最上位スキルの一つである。シトが扱えば、先のメーテ・イフの如き有害知覚を全て遮断した上で、地上の全人類へと最終決戦の光景を中継できる。


「いいや。貴様らは十分以上に、俺の力だ……! 俺の優越性を信じる貴様らこそが俺にIPをもたらすッ! 鬼束おにづかテンマと、今より決着をつける!!」

「「「ワアアアアアアーッ!!」」」


――――――――――――――――――――――――――――――


純岡すみおかシト IP621,989,001,213,798 冒険者ランクSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSS


オープンスロット:【超絶成長ハイパーグロウス】【絶対探知フラグサーチ】【後付設定サプライズ

シークレットスロット:【????】

保有スキル:

〈巨大基数無限剣SSSSSSSSSSSSSSSSS〉

〈根源刹那拳SSSSSSSSSSSSSSSSSS+〉

〈妙有の突破SSSSSSSSSSSSSSS〉

〈常時攻撃判定SSSSSSSSSSSS〉

〈時間軸隔離SSSSSSSSSSSSSSSS〉

〈完全耐性対抗攻撃対抗耐性対抗攻撃対抗耐性SSSSSSSSSSSSSSSSSS〉

〈異能新造SSSSSSSSSSSSSSSSS+〉

〈永劫存在SSSSSSSSSSSSSSSSSS〉

〈莫大認識共有SSSSSSSSSSSSSSS-〉

〈全方術改五SSSSSSSSSSSSSSSSSSSS〉

〈人の巨星SSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSS〉

〈完全言語SSSSSSSSS〉〈完全鑑定SSSSSSSSS〉他239種



鬼束おにづかテンマ IP695,136,923,666,023 冒険者ランクSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSS


オープンスロット:【超絶成長ハイパーグロウス】【絶対探知フラグサーチ】【魔王転生ダークネス・ドライブ

シークレットスロット:【????】

保有スキル:

〈終の拳SSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSS+〉

〈混線超即死SSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSS〉

〈久遠の礎SSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSS+〉

〈生死相転移SSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSS+〉

〈世界記憶干渉SSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSS〉

〈存在確率操作SSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSS〉

〈運命掌握SSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSS〉

〈時間の二本目の矢SSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSS+〉

〈創造と破壊SSSSSSSSSSSSSSSSSS〉

〈全方術改七SSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSS〉

〈魔の現神SSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSS〉

〈完全言語SSSSSSSSS〉〈完全鑑定SSSSSSSSSSSSSSS+〉他217種


――――――――――――――――――――――――――――――


 到達と時を同じくして、もう一人の転生者ドライバーも最終決戦の場へと踏み込んでいる。シトは顔を上げて、その姿を見た。


(……強い)


 互いに交戦を避け続けてきた彼らが直に相対することは初めてだったが、それでも鬼束おにづかテンマが成し遂げた転生ドライブの厚みが、ありありと分かる。

 人の成し得る文明教育は、彼がただ一代でその殆どを終えてしまったであろう。魔族の教育を怠ることなく、乳児から老人まで、あらゆる福祉政策に力を注いだはずだ。今や、一部の魔族は外宇宙進出すら計画しているという話を聞いた事がある。


 彼らの踏み込んだ星の深奥――幾何学的な模様を描く床の中央には、白い髪を持つ神秘的な青年が座り込んでいる。

 それは少年にして少女。幼子のようであり、老人のようでもある。あるいは、人の姿を象っていることすら、それを見る者の認識の枠組みの故なのかもしれない。


「――やあ。ようやくここまで辿りついたんだね……テンマ。シト」

「28年。この時を待ち望んだぞ、純岡すみおかシト」

「……フン。ならば俺は28年2ヶ月だ。貴様に負けたその時から待ち望んでいた」

「僕がここにいたことに驚いたかい? そう……君達に助言を与えてきたのは、ここまで導くためさ。君達のような選ばれし者に、人間の真実を知ってほしかった。君達はちっぽけな人間だが……もしかしたら、僕に近い領域に至る権利がある」

純岡すみおかシト。やはり君には近しいものを感じる――もっとも、君をアンチクトンに誘う権利などは、私にはないのだがな」

「……くだらんことを。俺は貴様らのような罪悪を背負うつもりはない」

「ふ……君達は知っているかい? 人類がこの世界に生まれる前の星に、どれだけの命が瞬いていたのかを――」

「君の考えを聞こう。星の数ほどの世界が、一分一秒の内にも、無数に滅んでいる。それは厳然たる事実。可能性の尽きた世界は、転生者ドライバーの到来がない限り必ずそうなるのだ。どの道救いきれぬ世界の内の一つを自らの世界のために喰らうとして、そこにどれほどの質の差がある」

「……違う。その質は全く違う。ルドウの言ったことを、今でははっきりと否定できる。俺達転生者ドライバーは、決して自然災害などではない。主導権とは、自らの意思でそうすることだ。たとえ貴様らの目的が俺の世界の守護であったとしても、虐殺の意思を何者かに背負わせて、そのままで良いはずがない!」


 テンマは、ごく微かに眉を動かしたようだった。揺らぐ事のない最強の大木は、その感情すらも強固に鎧っている。


「面白い。そしてますます興味深いぞ、純岡すみおかシト……! 滅び行く世界ではなく、私達をこそ哀れむか! よもや、黒木田くろきだレイの慈悲の心が貴様にも伝染したか……! ならばその憐憫で、私の血の滾りも鎮めることができるか!」

「愚か者め! 俺は弁論の強弱を決するためにここまで来たわけではない! 異世界転生エグゾドライブの勝負を分けるのは、戦略と構築の力! 絆も、心も……主張の正誤とやらも関係ない! 今の俺の目的は……貴様への勝利ただ一つしかない!」

「――どうやら二人とも、僕の忠告を聞く耳はないみたいだね……それならば、君達ごとこの世界の汚れた種族を消去し……そして新たな世界を始めるとしよう……!」


 創世の純白の光を纏いながら、天声霊アーズが浮遊する。表層上こそ地核中央に位置する10m四方に満たない空間のようでありながら、ここは彼の支配する独立した小世界であった。

 これこそ『単純暴力S+』の世界脅威! 物理定数、精神運動、ありとあらゆる異能……全ての法則が、アーズの支配下と化す!


「僕は全であり一。始原にして終局――再び無の極点にウッパァアアアアッ!?」

鬼束おにづかァッ!!」

純岡すみおかァーッ!!」


 二人の転生者ドライバーの拳が、天声霊アーズの頭蓋を両側から叩き潰した!


 シトは、単純なスキルランクではテンマに及ばない。

 切り札を切るタイミングは、既に決めている!


「【後付設定サプライズ】……!」


 〈巨大基数無限剣SSSSSSSSSSSSSSSSS〉は〈本体論的巨大基数無限剣SSSSSSSSSSSSSSSSS〉に!

 〈根源刹那拳SSSSSSSSSSSSSSSSSS+〉は〈根源収斂刹那拳SSSSSSSSSSSSSSSSSS+〉に!

 〈妙有の突破SSSSSSSSSSSSSSS〉は〈真空妙有の突破SSSSSSSSSSSSSSS〉に!

 〈常時攻撃判定SSSSSSSSSSSS〉は〈常時神性貫通攻撃判定SSSSSSSSSSSS〉に!

 〈時間軸隔離SSSSSSSSSSSSSSSS〉は〈メタ時間軸隔離SSSSSSSSSSSSSSSS〉!

 〈完全耐性対抗攻撃対抗耐性対抗攻撃対抗耐性SSSSSSSSSSSSSSSSSS〉は〈超越存在の完全耐性対抗攻撃対抗耐性対抗攻撃対抗耐性SSSSSSSSSSSSSSSSSS〉!


 全てのスキルが天声霊アーズに特効となる!


 テンマ。シト。光すら置き去りにする速度で、四の拳が閃く。

 予知、超知覚、事象操作――運命そのものまでもを含めた人智及ばぬ読み合いと打撃応酬が、二人の転生者ドライバーの間で繰り広げられている! 今こそシトは、鬼束おにづかテンマに拮抗している……!


「は、はははははははは! 本当に初めてだ……! こんな……こんな感覚を、味わえる日が来るとは! 正面からの戦いで私に追いすがった転生者ドライバーは、君が初めてだぞ! 純岡すみおかシト!」

「俺は切り札を切った! 貴様も――シークレットを切れ! 鬼束おにづかテンマ!!」

「……驚いたよ。概念防御を一つ打ち破るとはね。けれど君達人間は、所詮僕達の手で進化しオボォーッ!?」


 後頭部がテンマの天文学的な膂力で殴り抜かれれば、吹き飛んだ先にはシトの次元切断の貫手がある。時間因果すらも無視して、彼らは次の蹴りを同時に放っている。極限環境の分子運動が正確に一致するように……それは寸分違わぬタイミングで、間に挟まれたアーズの両腕をそれぞれ破壊した!


「驕るな……!! シークレットを切るのは、君が先だ、純岡すみおかッ!!」

「ふふふ……まさか人間如きにこの形態を見せることになるとは思わゴオッパ!?」

「俺は、貴様より上だ……! 鬼束おにづか!!」

「待っ、ちょっ、ゴボッ、なんだこいつらァーッ!?」


 この転生ドライブは確かに協力救世タッグプレイに等しい状況ではあった。

 だがしかし、天声霊アーズが巻き込まれた二人の転生者ドライバーによる破壊の嵐は、これまでの異世界転生エグゾドライブの世界脅威の誰も味わったことがなかった暴力であったことだろう!


 ……そして。

 その極限の状況下でなお、冷静に戦局を見定めている者がただ一人存在している。


純岡すみおかシト。君の選択は正しい。君のシークレットが私の予想の通りであれば)


 絶対的な無敵を保証された天声霊アーズの体力は、見る間に減っていく。

 彼の〈完全鑑定〉のスキルランクは、シトを圧倒して高い。


。――既に君も予想しているはずだ。私と君のデッキ選択は同じ……シークレットは【後付設定サプライズ】! 【後付設定サプライズ】同士の対決であれば……後付の名の通り、既に変化済みのスキルに特効を取得できる後出し側が絶対有利。故に、IPで上回っている間、私はこの札を切る理由はない。だが)


 天声霊アーズの肋骨を通じて、シトの拳の感触が伝わる。顔面を蹴り抜いた先、それを互角の力で抑え込むシトの力を感じる。

 世界の終焉を告げる永久機関の如く、二人は互いの拳をぶつけ合っている。


(この状況にまで辿り着くことまで、君の! 私の【後付設定サプライズ】で、君のシークレットに勝つことはできない!)


――――――――――――――――――――――――――――――


「……【針小棒大バタフライ】」


 固唾を呑んで最終決戦を見つめていたタツヤは、ふと呟きを漏らした。

 直感が導き出した解に、大葉おおばルドウも目を見張った。


つるぎ……そいつは」

「ルドウが、シトとの戦いで使った切り札と同じだ……そうだろ……! シトがこの状況から絶対に勝てる切り札を持っていたとしたなら……もしも、鬼束おにづかと同時にラスボスに辿り着くことまでコントロールしていたなら、それしか勝ち筋はない!」

「待て、それは……マジに、!?」


 純岡すみおかシト。敵の転生ドライブ戦略を完璧に看破した上で……時にギャンブルとも取れる綱渡りの駆け引きを、見る者の裏を掻く戦術を躊躇なく実行し、鮮やかな勝利を掴んできた、最強クラスの転生者ドライバー

 だが、彼は……『単純暴力S+』のレギュレーションにあっても、あの鬼束おにづかテンマと拮抗しながら、最終決戦のタイミングまでも手の内に収める域にまで、戦いの中で成長していたというのか。


 別の可能性はないか。ルドウはタツヤの答えを咀嚼している。

 他のあらゆるCチートメモリを考慮しても……やはり、【針小棒大バタフライ】。それしかない。


「今の純岡すみおかがIPで逆転するには、【不労所得パラサイト】程度じゃあ明らかに桁が足りねえ……! 自分より格上の敵の功績を目の前で横取りする【針小棒大バタフライ】……! こいつでラスボスの撃破IPを奪うしかねえんだ!」

「【針小棒大バタフライ】は、結果を見てからでも使える……鬼束おにづかがどんな手段でラスボスを倒そうが関係ねー……! 戦闘が始まった時点で、シトの勝ちだった!」

「……だが、待て。直接攻撃ダイレクトアタックの可能性はないのか!? もしもだ。順当に鬼束おにづかのシークレットが【後付設定サプライズ】だったとして……! ラスボスを無視して純岡すみおかを攻撃する可能性はねェのか!?」

「いいや……できない! シトには〈完全耐性対抗攻撃対抗耐性対抗攻撃対抗耐性〉がある! 鬼束おにづかのスキルでもすぐには体力を削りきれないだろ……! 【後付設定サプライズ】でスキルを変化させてシトの防御を貫通させたなら、本命のラスボスと戦う能力がなくなっちまう! フリーになったラスボスが横から殴ってくる!」

「……っ、純岡すみおかは、そこまで計算してやがるのか!? 防御スキルの成長上限がそこまであることに賭けてたのか!?」


 そうであれば、まさしく強運をも味方につけた、最強の転生者ドライバーであるに違いない。

 そして、全ての状況がこの勝ち筋を示している以上、信じる他にない。


 純岡すみおかシトのシークレットメモリは、【針小棒大バタフライ】――


――――――――――――――――――――――――――――――


「……頑張れ……」


 会場からの声ではない。それは異世界の、地上の誰かが発した声であった。


 地殻に開いた巨大な穴を囲むように集う、人間と魔族の大軍勢である。

 長きにわたり敵対を続けてきた彼らは、その指導者が雌雄を決する今こそ、種族存亡の戦端を開くべきであったのだろう。


 それでも誰一人として、剣を構える者はいなかった。

 彼らの主が、この世界を脅かした真の宿敵――天声霊アーズへと挑む、この世界の命運を分ける最後の決戦を見守っていた。


「勝ってください、テンマ様……!」

「テンマ様!! 皆、信じております! 貴方が救ってきた誰もが!!」

「テンマ様……! どうか無事で!!」

「――俺達もだッ!!」


 魔族の中で波紋のように生まれた囁きに割って入る叫びがあった。

 それは人間の声である。


「俺達もシト様に救われてきたんだ! 忘れたのか! たとえ小さな声だとしても、祈れ!! 我らが生きていることこそが、シト様の成した功績だと示せ!!」

「おおおおおおッ!!!」

「シト様!! 頑張れ、シト様!!」

「テンマ様ーッ!!」

「貴方の築いた文明の光を、絶やしはしませんぞ!!」

「シト様!!」

「テンマ様!! 勝って!!」


 群衆の胸にあるのは敵意ではなく、大いなる敬意であった。

 人が、魔族が、〈莫大認識共有SSSSSSSSSSSSSSS-〉の力で同じく極限の決戦の光景を共有し、彼らにIPを送っている。現地の者へと示した優越性。鮮烈なる英雄の指標。それが転生者ドライバーの力である!


――――――――――――――――――――――――――――――


「ハァ……ハァ、鬼束おにづか……!!」


 時間の感覚は既にない――そのような枷をとうに外れた超越者二人に、時間軸など意味を持たない。しかし人としての存在の延長として、果てしなく殴り合った後の如き感覚を、二人は共有している。

 究極の防御を貫いたダメージは決して少なくなく、形而上血液がシトの拳からは雫となって流れた。


「……あと一撃。それでこの転生ドライブは決着となる。シークレットを解放しろ」


 概念めいた死闘を制したのは、やはり最後まで鬼束おにづかテンマであった。

 とうに敗北を悟りながら、それでもなお揺らぐことはない。


 彼は王者の佇まいのまま、自らシークレットスロットを解放した。


「見ての通り、私のシークレットは【後付設定サプライズ】。スキル変化による対応力を選んだ。私への直接攻撃ダイレクトアタック、【弱小技能ウルトラレア】、あるいはあかがねに仕掛けたような内政戦術……その全てに対処可能なCチートメモリだった。君も、きっと同じ考えだったのだろうな」

「……」

「私は自分自身の力でここまでたどり着き、君を圧倒した。この【後付設定サプライズ】を乗り越えるCチートメモリがそのシークレットスロットに存在しなければ……そこで、君の敗北が確定する。純岡すみおかシト」


 シトは目を閉じた。【針小棒大バタフライ】を出せ。鬼束おにづかテンマはそう告げている。

 最弱のCチートメモリが、最強の転生者ドライバーを下す。

 そのようなことがあったのなら、まさしく鮮やかな逆転勝利なのであろう。


「……鬼束おにづかテンマ。貴様は最強だ。だが、負けたことがないわけではない。黒木田くろきだレイは貴様に勝ち越しながら、貴様を最強の指標として比較の引き合いに出した。貴様は敗北に折れることなく――なお最強のまま、この場まで到達している」

「……? 何が言いたい」

「ずっと考えていた。どうすれば貴様に勝てるのかを。第二回戦……黒木田くろきだの選択の次第では、俺はとうに負けていたはずだ。だからこそ、この手に賭けてもいいと思えた……以前の俺なら、考えられなかった賭けだ――」

純岡すみおかシト……」

「シャアアアアアアアァァァッ!!」


 テンマが返そうとした言葉に割り込むように、怪物がそこに生まれる!

 見る影もなくおぞましい、触手の集合めいた醜悪な肥大肉体を露にした……天声霊アーズ終焉究極形態である!!


「知ったことか!! ゴチャゴチャと、この我を差し置いてッ!!! 事象の彼方に吹き飛べ侵略者ども!! 貴様らも、貴様らの民も、この惑星も!! 我を不快にする一切合切、もはや必要ないわ!!!」


 絶対滅殺の虚無が、アーズを中心として爆発!

 その爆発を掻い潜って、二つの転生者ドライバーは閃光のごとく交錯する!


「――【針小棒大バタフライ】だと思うか」


 テンマと同時に拳を振りかぶりながら、純岡すみおかシトは告げた。


「俺のシークレットが、【針小棒大バタフライ】だと思うか!! のIPを奪い取る、そのCチートメモリだと信じたかッ!!! ならばそれが、貴様の最強の根源だ!!」


 IPにおいても攻撃力においても、テンマはシトを上回っている。

 それは確かな事実であったはずだ。テンマの優位性の、何よりも確かな証明。


 決着の一撃を放つ寸前に、シトはシークレットスロットを解放した。


鬼束おにづかテンマ――貴様は、格上ではない!!」

「……ッ、……バカな……!!?」

「俺の、勝ちだ!!!」


 テンマは恐れた。動揺のままに【後付設定サプライズ】を発動した。

 そして最後の一撃が――。


――――――――――――――――――――――――――――――


純岡すみおかシト IP621,989,001,213,798 冒険者ランクSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSS


オープンスロット:【超絶成長ハイパーグロウス】【絶対探知フラグサーチ】【後付設定サプライズ

シークレットスロット:【なし】

保有スキル:

〈本体論的巨大基数無限剣SSSSSSSSSSSSSSSSS〉

〈根源収斂刹那拳SSSSSSSSSSSSSSSSSS+〉

〈真空妙有の突破SSSSSSSSSSSSSSS〉

〈常時神性貫通攻撃判定SSSSSSSSSSSS〉

〈メタ時間軸隔離SSSSSSSSSSSSSSSS〉

〈超越存在の完全耐性対抗攻撃対抗耐性対抗攻撃対抗耐性SSSSSSSSSSSSSSSSSS〉

〈異能新造SSSSSSSSSSSSSSSSS+〉

〈永劫存在SSSSSSSSSSSSSSSSSS〉

〈莫大認識共有SSSSSSSSSSSSSSS-〉

〈全方術改五SSSSSSSSSSSSSSSSSSSS〉

〈人の巨星SSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSS〉

〈完全言語SSSSSSSSS〉〈完全鑑定SSSSSSSSS〉他239種


――――――――――――――――――――――――――――――


「……」

「……おい」


 天声霊アーズは撃破された。救世完了。


 観客席は静まり返っていた。

 つるぎタツヤも、大葉おおばルドウも、何が起こったのかを理解できなかった。


「……何が起こっている。なんでだ」

「……」

「どうして、IPが純岡すみおかの方に入っている……」


 両者の一撃は同時であったはずだ。同時の攻撃で、天声霊アーズは撃破された。

 ならば獲得IPは等しいはずだ。同時に、等しい偉業を成し遂げたのだから。


「……分からねえ……でも、分かる……」


 IP。転生者ドライバーの力の根源は優位性であり、主導権である。故に。


鬼束おにづかの方が…………。心か、拳の速さか……それとも、【後付設定サプライズ】を発動したぶんか……どれかは分からねえけど……! シトに遅れたんだ……鬼束おにづかは、初めて……。異世界の連中の全員が、そう感じたんだ……」

鬼束おにづかの強さは……」


 そうだ。シトもまた同じだったのだ。

 テンマと同じように、たった三つのCチートメモリだけで、壮絶な転生ドライブを戦ってきた。


 Cチートスキルではない。テンマを支えていた優越性を打ち砕いたのは、その事実だけだった。敵もまた、Cチートメモリに頼らぬ実力でここまで辿り着いたのだと、最後に知ってしまったから。


鬼束おにづかの強さは、Cチートメモリを使わないことそのものだった。奴の自信を支えていたを、純岡すみおかは取り返しやがったのか……最後の最後で……!」

「シトが俺に相談したのは、このことだったんだ。あいつが欲しかったのは、奴に本当に勝つ方法だった……本当の意味で、シトは勝負していた……」


 ――あるいはそれが、ただ自分を不利にするしかない手段であったとしても。


「シトは、勝った」


――――――――――――――――――――――――――――――


純岡すみおかシト IP621,989,001,213,798(+182,532,111,965,421)

冒険者ランクSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSS


オープンスロット:【超絶成長ハイパーグロウス】【絶対探知フラグサーチ】【後付設定サプライズ

シークレットスロット:【なし】

保有スキル:

〈本体論的巨大基数無限剣SSSSSSSSSSSSSSSSS〉

〈根源収斂刹那拳SSSSSSSSSSSSSSSSSS+〉

〈真空妙有の突破SSSSSSSSSSSSSSS〉

〈常時神性貫通攻撃判定SSSSSSSSSSSS〉

〈メタ時間軸隔離SSSSSSSSSSSSSSSS〉

〈超越存在の完全耐性対抗攻撃対抗耐性対抗攻撃対抗耐性SSSSSSSSSSSSSSSSSS〉

〈異能新造SSSSSSSSSSSSSSSSS+〉

〈永劫存在SSSSSSSSSSSSSSSSSS〉

〈莫大認識共有SSSSSSSSSSSSSSS-〉

〈全方術改五SSSSSSSSSSSSSSSSSSSS〉

〈人の巨星SSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSS〉

〈完全言語SSSSSSSSS〉〈完全鑑定SSSSSSSSS〉他239種



鬼束おにづかテンマ IP695,136,923,666,023(+4,968,501,212,714)

冒険者ランクSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSS


オープンスロット:【超絶成長ハイパーグロウス】【絶対探知フラグサーチ】【魔王転生ダークネス・ドライブ

シークレットスロット:【後付設定サプライズ

保有スキル:

〈終の拳SSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSS+〉

〈混線超即死SSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSS〉

〈久遠の礎SSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSS+〉

〈生死相転移SSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSS+〉

〈世界記憶干渉SSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSS〉

〈存在率操作SSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSS〉

〈運命掌握SSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSS〉

〈時間の二本目の矢SSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSS+〉

〈創造と破壊SSSSSSSSSSSSSSSSSS〉

〈全方術改七SSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSS〉

〈魔の現神SSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSS〉

〈完全言語SSSSSSSSS〉〈完全鑑定SSSSSSSSSSSSSSS+〉他217種


――――――――――――――――――――――――――――――


「……フ、フフフフフ」


 世界送還の光の走査線に包まれながら、鬼束おにづかテンマは膝を突いた。

 たった今失ったのは、彼自身も自覚せずにいた、彼を支える強みだった。


「最初から……何もかも、対等な条件だったのか……。まさか空白のシークレットで、ここまで辿り着くとはな……純岡すみおかシト……」

「……だからこそだ。空白だったからこそ、横道に迷う余裕はなかった。最後の切り札がない俺は、常に必死に転生ドライブに臨むしかなかった。攻略タイミングの計算……最終局面でのIPの強奪。貴様ほどの転生者ドライバーと戦いながら、そこまでコントロールする余裕など。空白のシークレットでなければ、俺はそもそもここまで到達できなかった。それだけだ……それだけが、事実だ」

「フハハハハハハハ!」


 シトは勝利を誇る様子もなかったが、テンマは笑っている。

 敗北を知らぬ彼の、それは決定的な変化だった。


「負けた! この私が……本当に負けたのだな! これが、そうか……私の知らなかった、敗北の味か! そうか……そうか、これが……」

「……最後に貴様に及んだのは……偶然だ。偶然の際の、勝負の揺らぎだ。貴様は……真に強い転生者ドライバーだった。思想は相容れなくとも、俺は……敬意を表する」

「……ああ」


 天を――地上を仰いで、テンマは呟く。残してきた魔族の民を思った。


「ここから先の世界は、どうなるのだろうな」

「……知ったことではない。俺達が消えた後に戦いを始めようと……あるいは種族が共存することになろうと。それは奴ら自身の選択だ。転生者ドライバーの役割は、これで終わりなのだからな」

「――純岡すみおかシト。この転生ドライブは、やはり君の勝ちだ。勝負の揺らぎなどではない」


 彼らは決して相容れることはない。

 それでも、異世界転生エグゾドライブを通して言葉を交わすことはできた。


「君との戦いが楽しすぎて……世界を滅ぼす余裕など、まったくなかったよ」



 WRA異世界全日本大会準決勝。

 世界脅威レギュレーション『単純暴力S+』。


 攻略タイムは、28年6日1時間9分59秒。

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