vs鬼束テンマ[再戦]

【例外処理】

 時刻は前後する。

 純岡すみおかシトが壮絶な決勝戦を戦っているその頃、WRA会長エル・ディレクスは会場を離れ、都内某所へと向かっていた。


 WRAの権威を象徴するかのような、白塗りの転生トラックリムジンである。

 荷台部分は高級ホテルの一室もかくやの内装に飾られ、走行に伴う振動もエンジン音も、乗客に伝わることはない。


「……いい国ですね。日本は」


 ワイングラスを唇へと寄せて、対面の相手に微笑んでみせる。

 年齢からかけ離れた妖しい若々しさの中には、どこか少女めいた可憐さがあった。


「本当なら、こうした用事に煩わされることなく訪れたかったのですが」


 この転生トラックリムジンは、備え付けの計器が示している、とある一点へと向かっている最中である。

 それは来賓をもてなす送迎車であると同時に、エル・ディレクス来日の要件のためだけに備え、億単位の資金を費やして特別にカスタマイズされた専用車両であった。


 試合が始まる前に大葉おおばルドウが予想した通り、エルは異世界全日本大会の会場に留まってはいない。ならばその目的地に関しても、彼の予測の通りであっただろうか?


「うちは、そのご用事のお陰でええ思いできてますけど」


 エルの対面に座る者は、中学生の少女である。

 萌黄色の鮮やかな着物に、長く艶めく烏の濡れ羽色の髪。遍く関東の転生者ドライバーが名を知る強者であった。


 関東最強。外江とのえハヅキという。


「――うちにお話が来た理由、そろそろ伺ってもええですか?」


 関東予選トーナメントに敗退した彼女に、WRAから直々に『アルバイト』の依頼が舞い込んだのが一ヶ月前である。

 ハヅキは生来こうした物事の裏を深く考える性質ではなく、数日前より東京観光がてら、VIP待遇を素直に楽しんでいた。


「簡単なことです。全日本クラスの現役転生者ドライバーで、私が来日するこの日の試合を控えていない者……特に大会優勝常連で、WRAと接する機会の多い転生者ドライバーとなると、数も限られますからね。外江とのえさんがお話を受けてくれて、とても助かりました」

「お仕事言われましても、うちは見てるだけですけど」

「それが重要なのです」


 エルがリモコンを操作すると、車内の大画面モニタの表示が切り替わった。放送中のテレビ番組や備え付けPCの画面を経て、彼女の正面に座るハヅキの姿を映す。


「さっき教えた操作は覚えてますね? この画面は、私の服のボタンに組み込み済みの小型カメラに連動してます。雑音も交じりますが、音声も可能な限り届くはずです。ドライブリンカーを決して腕から外さないように」

「このCチートメモリも?」


 外江とのえハヅキの装着するドライブリンカーには、既に一つのCチートメモリが挿入されている。WRA会長から直々に受け渡されたそれは、通常の規格とは異なる、不吉な真紅のメモリであった。


「……【例外処理カテゴリエラー】」

「ええ。これは保険ですが、万が一の時にはそのメモリがハヅキさんの役に立つはずです。これからのことは……まだ子供のハヅキさんに聞かせるには酷なお話もあるかもしれませんが……」

「ふっふふふふ。異世界転生者ドライバー?」


 ハヅキは、開いた扇子で口元を隠す。

 彼女もまた、世界の真実の一端を知らされた転生者ドライバーの一人であった。


「うちは全然、かましませんよ。うちの知らん面白いことが、世の中にはぎょうさんあるもんですなあ」

「……あっさり受け入れられてしまうのも、ちょっと複雑な心地ですね。ハヅキさんみたいな中学生は、なかなかいませんよ」

「もちろんです。うちはうちですもの」


 走行の実感を感じさせることもないままに、やがてトラックは目的地に到達する。

 WRAの業務とはおよそ無縁に近い、高級住宅地の一角である。


「では、ハヅキさん。あとはよろしくお願いしますね」


 トラックから出て行く影は、エル・ディレクス一人だ。

 ドライブリンカーと同期させた計測結果を追って、一つの住宅へと踏み込む。


「……」


 元は、別の住人がそこに暮らしていたはずである。

 土地や家具ごとを一括で、非常識なほどの『価格』で買い取られた家。


 ……その鉄門を挟んで、住人らしき若者が訪れたエルを見つめている。

 ワイシャツに黒ネクタイ姿の、大学生らしい金髪の男であった。


「何?」

「……こんにちは。WRA会長の、エル・ディレクスと言います」

「いや、そういうことじゃなくってさ」


 鉄門は高熱に融けた。


 青年の超音速の機動が、空気を隔ててすら周囲を焼き払ったのだ。

 その速度のまま、エルに拳を直撃させていた。


 彼は何事もなかったかのように頭を掻いて、恐ろしい破滅の痕跡を見た。

 視界の先の高級住宅は、トンネル状に消え去っている。まるで巨大な砲弾が通り抜けたかのようであるが、それに相当する物体は、吹き飛ばされたエルの体である。


「だから……あんた、何? なんでステータス表示にCチートスキルがあるの?」

「ふ……【異界肉体CODE0010】。肉体強化型のメモリですか?」


 拳を受けた防御を解く。

 吹き飛ばされた足元がアスファルトを直線のレールのように抉り、衣服の所々が衝撃の余波に焼け焦げていながら、WRA会長は笑うことができた。


「――噂よりも大したことはないですね。ニャルゾウィグジイィさん」


――――――――――――――――――――――――――――――


エル・ディレクス IP6,249,962,303,610 冒険者ランクSSSSSSS


オープンスロット:【産業革命インダストリアルR】【倫理革命モラルR】【超絶知識ハイパーナレッジ

シークレットスロット:【複製生産パイレート

保有スキル:〈核力発勁SSSSSS〉〈アカシック柳生SSSSS-〉〈完全構造SSSS+〉〈不滅細胞SSSSS+〉〈超並列思考SSSS〉〈分子欠陥知覚SSS〉〈予知SS〉〈トンネルエフェクトSSSS+〉〈完全言語SSS〉〈完全鑑定SS〉〈資産増殖SSSSS〉〈未来工学SS+〉〈未来物理学SS〉〈未来経済学SS〉〈絶対名声A+〉〈料理D〉他1968種


――――――――――――――――――――――――――――――


 時は現時点に戻り、ネオ国立異世界競技場。

 準決勝を控えた純岡すみおかシトは、控室にて録画映像を眺めている。

 それは関東地区予選トーナメントにおける鬼束おにづかテンマの戦いの記録だ。


(……強い)


 シト自身は元より、関東最強の外江とのえハヅキすらも寄せ付けることのなかった、付け入る隙の見出せない強さ。


 アンチクトンのDダークメモリへの対策の完成ならば、あかがねルキ戦で証明した。

 ……ならば鬼束おにづかテンマという個人に対しては、それが通用するだろうか。


「またあいつの試合見てんのか、シト?」


 扉が開いて、赤い野球帽の少年が現れる。ある意味で、彼がこの戦いの日々に身を投じる最初の契機となった一人だ。つるぎタツヤ。


「……来たか。つるぎ

「ヘッ、当たり前だろ! 俺にできることならなんでも言ってくれ!」


 シトは録画映像を止めた。元より、何十回と繰り返し眺め続けたものである。


「奴の試合を見て理解できたことがある。……鬼束おにづかテンマには弱点がない。奴は本当に、実質三本のCチートメモリだけで戦いを勝ち進んでいる。それこそ、【悪役令嬢ネガ・フェアレディ】のような反則チートに持ち込まなければ勝てないだろう」

「おいおい、なに弱気になってんだよ!」


 タツヤはずかずかと控室に踏み込み、荷物置き用テーブルの一つに座った。


「シトが負けたのは、不正規イレギュラーメモリの【魔王転生ダークネス・ドライブ】をシークレットに隠されてたからだ……! 確かにあんなCチートメモリを予測できるわけねーよ。でも今は事情が違うだろうが、シト!」

「……確かに、ある程度の善戦はできるかもしれない」


 録画映像を巻き戻し、テンマの襲撃の時点を映し出す。

 シトはこの時点で敵のIP偽装を確信して、迎撃の体勢を整えていた。


「だが……奴の直接攻撃ダイレクトアタックを受けた時点の俺は、Cチートスキルの正体の当たりをつけてもいた。あの外江とのえが見たこともないメモリであるなら、不正規イレギュラーメモリ。そして奴の動向から判断するに、それは恐らくIP獲得判定の逆転であろうと」

「じゃあ、あの時のシトは……」

「予測し、対策を取り、その上で負けたということだ。理由はただ一つ。IP獲得判定の逆転を前提に置いた上でも、鬼束おにづかテンマのIP獲得量が……即ち転生者ドライバーとしての実力が、俺の想定を遥かに上回っていた」


 次の試合では、Cチートメモリの選択の時点から彼のDダークメモリへの対策を取ることもできるはずだ。鬼束おにづかテンマとてアンチクトンの転生者ドライバーとして出場している限りは、シトが下した他の二名と同様、Dダークメモリを用いずに転生ドライブに臨むことはあるまい。


 だが、それだけだ。テンマ自身の転生者ドライバーとしての実力がシトを圧倒しているのならば、生半可な策は覆せないIP物量の前に打ち砕かれるだろう。


「貴様を呼んだのはそれが理由だ。俺の戦い方では、奴を上回ることができない。……貴様の見ている世界は、この俺とは違うはずだ」

「……」

鬼束おにづかテンマは強い。奴の強さの根源が分かるか、つるぎ


 彼はCチートメモリではなく、転生者ドライバーを見て判断している。

 つるぎタツヤ。異世界転生エグゾドライブの素人ながら、セオリーに縛られないセンスと実力で勝ち進んできた、真のダークホース。


 シトの問いを受けた今のタツヤは、モニタに流れる映像を真剣に眺めている。


「……はっきりしたことは言えねえ。でも……自信だ」

「自信?」

鬼束おにづか転生ドライブには迷いがねーんだ。まるで、最初から作戦を立て終えてる時のシトみたいにさ。絶対に自分が間違わねえ……いや、仮に間違ったとしても大丈夫だって自信があるんじゃねえかな」

「……自負の強さ。心の強さか……」


 ――絆や心で異世界転生エグゾドライブに勝つことはできない。


 鬼束おにづかテンマの強さの種類は、邪悪なアンチクトンの転生者ドライバーでありながら、つるぎタツヤと酷似している。それ故に、理で戦うシトが上回ることができると、確信を持つことができない。


「身も蓋もない感想になっちまうけどよー……俺の見た感じだと、鬼束おにづかんだ。自分が負けることなんて想像もしてねえ。多分、そういう転生者ドライバーだ」

「……強い。そうだろうな」


 あかがねルキも、黒木田くろきだレイも、実力の指標として真っ先に持ち出した転生者ドライバーの名は、鬼束おにづかテンマであった。アンチクトンにおいて、誰もが認める最強の転生者ドライバー

 その自負故に、ただ一人【魔王転生ダークネス・ドライブ】を使い続けることができるのだろう。


 思考しなければならない。

 敵の強さに形があるのならば、その綻びを突くことができる。

 だが、そうではないのだとしたら? タツヤの行動は読み切ることができたが、今のシトはテンマの内面すら知らないままに戦わなければならないのだ。


「俺は……」


 テーブルの上にCチートメモリを広げたまま、長く思考を続けた。

 鬼束おにづかテンマがこの中から四本、準決勝戦のデッキを構築するのだとしたら。

 敵の、形のない強さを倒すためのCチートメモリがあるのだとしたら。


つるぎ。俺は負けていた。本当なら、第二回戦で黒木田くろきだに負けていた身だ」

「おい、何言ってんだよ!? まさか諦めるとか言わねえだろうな!」

「違う……! だからこそ、やる価値があるということだ!」


 Cチートメモリを掴み取る。元よりアンチクトンと戦うべく出場した大会だ。

 ならばこそ、鬼束おにづかテンマとの戦いで終わっても悔いはないと思えた。


「感謝するぞ、タツヤ……! 俺のデッキは、これで決まった!」


――――――――――――――――――――――――――――――


「ついに! WRA異世界全日本大会、Bブロック準決勝となります! 鬼束おにづかテンマ選手vs純岡すみおかシト選手! この転生ドライブを制した1人が……日本における異世界転生エグゾドライブのトップ2に名を連ねることとなります!」

「「「ワアアアアアアーッ!!」」」


 観客の熱狂の声が、地を揺らすかのようであった。

 今の純岡すみおかシトは、その振動を知覚することができる――黒木田くろきだレイと戦った第二回戦の彼は、恐らくそれどころではなかったのだと、遅れて自覚する。


 圧倒にして正確無比な転生ドライブによって世界ごと対戦相手を蹂躙する、鬼束おにづかテンマ。

 緻密な構築で敵の戦術の綻びを撃ち抜き鮮やかな勝利を重ねてきた、純岡すみおかシト。


 彼らはまた、関東地区予選トーナメント決勝にて鍔競り合った因縁の2名でもあり、シトはその時に一度、無惨な敗北を喫している。


「こうして転生レーンに並ぶのは、あの時以来か。純岡すみおかシト」

「……アンチクトン。俺は貴様らを理解したわけではない。理想とやらで何を目指しているのかも、知ったことではない」


 問うべきことは異世界転生エグゾドライブで問う。

 故にそれは、転生者ドライバーとしてではない、純岡すみおかシトの個人的な疑問であった。


「何を楽しむ。鬼束おにづかテンマ」

「……無意味な問いだな」

「貴様が救うのは、人類の敵対者。魔族だけだ。俺達が本来救うべき人類からは、怨嗟の声しか受けることはないだろう。そういう転生ドライブを貴様はしている」

「そのことに虚しさを感じることはないのか、と君は聞いているわけか」


 哲人の如き硬質な表情のままで、テンマは遠く、転生トラックのヘッドライトを見つめた。


「私に世界救世の達成感は、ない。ならば何故こうして戦い続けることができているのか。ふむ。言われてみれば確かに……言語化して考えてみたことも、久しくなかった。恐らくは単純なことだが――」


 人造転生者ドライバーとして生まれて以来、彼が持ち得たものはひどく少なかった。

 黒木田くろきだレイが人間に近すぎた人造転生者ドライバーであったのだとしたら、恐らくは彼はその正反対に位置する……まさしくドクター日下部くさかべが求めた兵器であったのだろう。


「この現実に縛られることなく、対等な敵と闘争できるからなのだろう。……血が滾る闘争を。この私にとっては世界救世ではなく、勝負こそが異世界転生エグゾドライブの本質なのだ。それだけで、私は生きた実感を得ることができる」

「……対等な敵か」

「私は異世界転生エグゾドライブが好きだ。理由があるとすれば、その一つだ」


 冷たい無表情のままの言葉だったとしても、真実の心で言っていると分かった。

 強い。シトは今より、そのような転生者ドライバーと戦わなければならない。


鬼束おにづかテンマ。この俺にも、ようやく分かった。俺も異世界転生エグゾドライブが好きだ。故に俺は俺の方法でそれに向き合わなければならない。他の誰の転生ドライブスタイルでもなく」

「そうなのだろうな。ならば君はどうする」

「……戦う。だからこそ戦うのだ。黒木田くろきだもそうしていた! 世界を変えるほどの自我を貫くために!」

「ああ、そうだ。それでいい。……それこそがいい」


 クラウチングスタートの姿勢で、鬼束おにづかテンマはトラックを待ち構えた。

 シトもまた転生レーンの前方を見据えている。


「さあ、全日本大会準決勝のレギュレーションは、『単純暴力S+』! 間もなく始まる転生ドライブは、極めて高難易度の救世となります! 両者、オープンスロット三本の提示をどうぞ!」


 横に立つ対戦相手に目を向けることなく、両者は宣言した。


「私は……【超絶成長ハイパーグロウス】。【絶対探知フラグサーチ】。【魔王転生ダークネス・ドライブ】」

「【超絶成長ハイパーグロウス】。【絶対探知フラグサーチ】……【後付設定サプライズ】」


 沸騰するような空気の中にあってカウントは冷たく進み、転生レーンに待ち受ける二台のトラックは、同時にエンジン音を響かせた。

 3。2。1。そして。


「レディ!」

「……レディ!」


 互いの叫びを合図にして、彼らは走り出す。

 2tトラックが少年を轢殺する轟音が、そのまま壮絶なる転生ドライブの狼煙と化す!


「「エントリィィ――ッ!!!」」

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